音楽家のためのメンタルスキル②-1「リラクセーション・アクティベーション」前編

こんにちは。ドイツ、ハレ在住のピアニスト・ピアノ教育者の大木美穂です。

本日は、「音楽家のための8つのメンタルスキル」の2つ目にあたる「リラクセーション・アクティベーション」についてお話します。

1つ目のスキル「目標設定」は前回記事(▶音楽家のためのメンタルスキル①「目標設定」)をご参照ください。

リラクセーションとアクティベーション

演奏本番に際する悩みとして、「本番となるとあがってしまって思うように弾けない」というもののほかに、少し稀ではあるものの、「本番にも関わらず緊張感がもてない」というお話や、「本番を目の前にして、弾きたくなくなってしまう」といったお話も耳にします。

「弾きたい!」という気持ちをもって舞台にあがるために、どんな方法があるのでしょうか。

逆U字曲線とフロー状態の関係

心理学では、「ヤーキーズ・ドットソンの法則」と呼ばれるものがあります。法則を発見した心理学者のヤーキーズとドットソンからこのように呼ばれており、特にスポーツ心理学でよく用いられます。

これは、適切なリラックス状態(覚醒レベル)とパフォーマンスの質の関係をグラフで示したもので、その形から逆U字曲線とも呼ばれています。

要は、リラックスしすぎていると注意力が散漫になってミスが目立ち、よいパフォーマンスが発揮できない。反対に、緊張や興奮が高すぎると、頭が真っ白になって力が出せなくなったり、緊張して動きがガチガチになったりして、やはりよいパフォーマンスは発揮できないということです。

その中間である適度な緊張感があると、連載第3回目でお話しした「フロー状態」に入りやすくなります。

つまり、覚醒レベル(緊張・興奮/リラックス)をうまくコントロールすることで、最良のパフォーマンスを得ることができるのです。

この逆U字曲線には、個人差があり、またスポーツでは種目によっても差があります。

音楽でももちろん個人差はあり、また、演奏する場の違いや曲目によっても差があるため、まずは自分の、そしてその場に合った、ほどよい緊張状態を見つけ出すことが大切です。

そして、次にフロー状態に入りやすくなるほどよい覚醒状態を作り出す練習が必要となります。

リラクセーション

まずは、傾向として本番でよくあがってしまう人がリラックスするために有効な、リラクセーションの方法をいくつかご紹介します。

心と体は密接に関係しており、心が緊張していれば体も強張るし、逆に、意識してゆっくり体を動かすことで心を落ち着かせることができます。このことを意識し、心からと体からのアプローチを見ていきましょう。

心からのアプローチ

心からアプローチを取る方法として、たとえば、次の2つのものがあります。

  • 瞑想(坐禅、メディテーション)
  • 自律訓練法

1つ目の瞑想に関しては、最近はその効果を実証する研究も数多くあります。

瞑想を療法として、クリニックで初めて取り入れたフランスのクリストフ・アンドレ博士は、「定期的な瞑想をすることで身体に影響を及ぼし、臓器全体に効果を見ることができる」と話しています。また博士は、瞑想はうつ病やその他慢性の病気にも効果が大きいと話しています。

坐禅、瞑想に関する文献も最近はさまざまなものが出ていますが、私が坐禅を学ぶ際に参考にしたものをこちらに紹介しておきます。

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2つ目の自律訓練法(独・Autogenes Training)は、1930年代にドイツの精神科医シュルツ博士によって創始された自己催眠法です。

彼のアイディアと内容を簡単にまとめると、深いリラックス中は手足が重く暖かい感じがすることから、逆に手足の重さ、温かさを考えることで、深いリラックス状態に導くというものです。

自律訓練法の中心となる標準訓練には、次の7つのステップがあります。

  1. 心が穏やかで落ち着いている
  2. 手足が重い
  3. 手足が暖かい
  4. 呼吸が落ち着いている
  5. 心臓が静かに打っている
  6. お腹が暖かい
  7. 頭がすっきりしている

これらの文(公式)を、実際に感じられるまで心の中で繰り返します。

最初は少し時間がかかりますが、毎日練習をして慣れてくると、これらすべての公式を唱えて最後に消却動作と呼ばれるもの(深呼吸し、グーパーグーパーをして、首などを回して、ゆっくりと目を開ける)をして終えるまでに、約5分間程度でできるようになります。

これを日常的におこなっているスポーツ選手などは、心の中で「AT」(ドイツ語の自律訓練法の頭文字)と唱えるだけで、一瞬にしてリラックスできるそう。そうなるまでには、日頃の練習が大切です。

体からのアプローチ

体からのアプローチ方法には、次のようなものがあります。

  • 漸進的筋弛緩法
  • ヨガ
  • 呼吸法
  • フェルデンクライス
  • アレクサンダーテクニーク

これらの方法も、100%体からのアプローチとは捉えきれず、たとえば最後のアレクサンダーテクニークは特に、体の長さや方向性を考えたりするなど、大部分は心からのアプローチとも言えます。

私も現在、約1年半アレクサンダーテクニークの個人レッスンを受けてきた中で、身体の動かし方や使い方の悪いくせを直すだけでなく、生き方に対する姿勢など、数多くのことを学んでいます。

ちなみに私のドイツのアレクサンダーテクニークの先生は、ヨガに対してあまりよく思っていないのですが、私はヨガもほぼ毎朝やるようにしています。

とは言っても、直感的にこれは効きそう、今身体が必要としている気がすると思ったヨガのポーズをいくつか、呼吸に意識しながらゆっくりやるというものですが。

呼吸法と組み合わせて、ゆっくりとした動きに気持ちを集中させることは、どこか瞑想にも似ている気がしています。

アクティベーション

今度は、覚醒レベルが下がりすぎているときに有効なアクティベーションについてです。スポーツ心理学の場合、アクティベーションには次のようなものがあります。

  • 体を動かしながら簡単な遊び(あっち向いてホイなど)をする
  • ノリノリな音楽を聴く
  • 吠える(こちらは音楽家が舞台袖でおこなうには、少々無理がありますよね笑)
  • 円陣を組む
  • 体を叩く、なでる など

今年4月に都内で「音楽をする人のためのワークショップ」をした際に、参加者からは次のようなアクティベーションの例がありました。

  • その場でジャンプする
  • ストレッチをする
  • 「負けない」という宣言をする
  • ホールに堂々と入る など

数名のピアニストに対するインタビューでは、次のような回答もありました。

  • ラジオ体操をする(ベルリン芸大在学の学生さんより)
  • 速いテンポで呼吸をする(教授、ピアニスト)

呼吸のテンポは、舞台に出る直前まで調節可能で、場合によっては舞台に出てからも調節を続けることもあるとのことでした。

他にも、

  • 笑う
  • 笑顔を作る
  • リズミカルに動く
  • 体を動かす
  • 成功をイメージする
  • 「〇〇ならできる!」「よし!」などのセルフトーク

も効果があります。

覚醒レベルをコントロールしよう

上記の内容をすぐにマスターすることは簡単ではないと思いますが、取り入れられるものから少しずつおこなってみましょう。

リラクセーションにしてもアクティベーションにしても、呼吸を意識することは大切な鍵となります。方法は色々あるので、まずは試してみて、自分に合った方法を見つけてください。

次回は、今回の記事では紹介しきれなかった、「簡単にできるリラクセーション方法」をいくつか紹介させていただきます。

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栃木県出身。3歳からピアノを始める。2010年、横浜国立大学音楽教育課程在学中に日本政府より奨学金給付を受け、ドイツ、エアフルト大学に一年間留学。2013年よりドイツ、ハレ在住。2017年、マルティン・ルター大学ハレ・ヴィッテンベルク器楽教育ピアノ修士課程を最高得点で修了。2019年よりエアフルト大学にて音楽教育科にてピアノとアンサンブルの授業を受けもち、後進の指導をしている。現在、ザクセン・アンハルト州より研究奨学金を受け、ハレ大学博士課程にて、スポーツ心理学を応用した音楽家のためのメンタルトレーニングについて研究中。ピアノ演奏、研究、ピアノ指導のかたわら、ドイツ語翻訳及び通訳、メンタルトレーニングコンサルタントをおこなっている。