暗譜の仕方を科学して、演奏をもっと自由に! 暗譜に役立つ12のポイントを紹介

突然ですが、皆さんは曲を暗譜をする際、どのように暗譜に取りかかっていますか。ひとまず練習を始めて、とにかく弾き込んで、感覚的に暗譜していく……という人も多いのではないでしょうか。

なかなか曲を暗譜できない……
本番でよく暗譜が飛んでしまう……

音楽家のメンタルのサポートをする中でも、こういった悩みをよく聞きます。今日は、暗譜をするためのコツやポイントについてご紹介いたします。

聴覚、視覚、身体感覚、感情をフルに使おう

ドイツの故チェリスト・音楽教育者のゲアハルト・マンテルは、自身の著書の中で、曲を暗譜するには次の5つの記憶が大切だと述べています。

  1. 身体的記憶
  2. 認知的記憶
  3. 構造記憶
  4. 内容・構成記憶
  5. 感情記憶

同じ動きを繰り返すことによって身体が記憶していた、というのがひとつめの身体的記憶。「何度も何度も通して弾いていたらいつのまにか暗譜できてた」ってありますよね。この身体的記憶は、暗譜をする際に使う脳のチャンネルの大部分を占めます。

言い換えれば、暗譜の記憶の多くは身体の記憶に頼っている、ということ。ただ、これだけに頼りすぎると、舞台であがってしまったときなどに、ふと暗譜が飛んでしまうことにもなりかねるので危険です。

認知的記憶というのは、音名・音程・楽譜を情報として覚えることです。音名で歌ったり、「ここで長7度の跳躍!」などと音程を意識したり、楽譜をビジュアルで覚えたり、楽譜にさまざまな書き込みをすることによって、さらにこの記憶を高めることができます。

構造記憶というのは、曲の構造を理解することによって記憶を促すことです。また、途中にあるものはおざなりにされやすいため、曲を分解して曲の中で新たな「スタート地点」を決めることでこの記憶力が高まります。

音楽の小要素を「言葉」で表して理解を深めるのが、内容・構成記憶。この方法は、ピアニストのライマー、ギーゼキングも共著「現代ピアノ演奏法」で述べている方法です。

人間は、感情を使うことで記憶力が高まります。絵、メタファー、小話などを挟むことで記憶に残りやすくなったという経験はないでしょうか。この感情記憶は音楽にも応用できます。

また、アメリカの音楽教育者ジェラルド・クリックスタインは「成功する音楽家の新習慣」の中で、暗譜の仕方について述べています。彼によると、私たちが音楽をする際に使う記憶法には、

  1. 聴覚的記憶
  2. 視覚的記憶
  3. 触覚的記憶
  4. 運動感覚の記憶
  5. 概念的記憶

の5つの記憶があるとのこと。

クリックスタインの5つの記憶区分はマンテルの5つの記憶よりもクリアでわかりやすいので、説明はいらないかなと思います(またこれに関しては過去連載「音楽家のためのメンタルトレーニング」の『音楽家のためのメンタルスキル⑧「練習力」』の中でも少し触れています)。

マンテルとクリックスタイン両氏それぞれの5つの記憶は、分け方は異なるものの、被っている部分も多くあります。両者が共通して言っていることは、曲をしっかりと暗譜するには、こういったさまざまな記憶を駆使して暗譜を確かなものにしていく作業が大切ということです。

暗譜に役立つ! 12のポイント

これらの記憶に関する基本を踏まえて、暗譜に役立つ12のポイントをご紹介します。

  1. 曲の全体像をつかむ
  2. 曲をセクションに分ける
  3. 和声分析する
  4. 鍵盤と手の形をビジュアルで頭に入れる
  5. 各声部ごと覚える
  6. 声に出す
  7. 感情を動かす
  8. メンタル練習法でイメージを使った練習
  9. 目を瞑って弾いてみる
  10. とてもゆっくり弾いてみる
  11. 休憩をしっかりとる
  12. 練習時間以外に頭の中で曲をさらってみる

一つひとつ確認していきましょう。

1. 曲の全体像をつかむ

まずは、曲の全体像をつかみましょう。すぐに楽器を使って練習を始めるのではなく、楽譜を見て全体の流れを読み解きます

2. 曲をセクションに分ける

次に、曲をセクションに分けていきます。このときセクションに番号を振っておくと練習するのに役立ちます。

私がよくやるのは、ある程度曲を弾き込んだら、後ろのセクションから練習していくという方法。こうすると、曲が進むにしたがってどんどん安定するような感覚にもなるし、たくさん曲の最初から練習して後ろの方はおざなりに……なんてことが防げますね!

3. 和声分析する

和声分析は、「一回やったらおしまい♪」ではなくて、弾くときに和声を意識する練習もしておくとよいかと思います。緊張のしすぎなどで暗譜が飛んだ際など、和声がしっかりしていれば修正しやすくなるし、いざ本当にわからなくなっても即興しやすいです(笑)。

4. 鍵盤と手の形をビジュアルで頭に入れる

これはピアノなど鍵盤楽器に限られてしまいますが、和音を鍵盤の上の手の形で覚えるという手もあります。視覚記憶を使った方法ですね。

5. 各声部ごと覚える

声部を一つずつ暗譜したりそれらを組み合わせたりすることで、暗譜がより確かなものとなります。たとえば、4声中2声だけ抜き出して弾いてみたり、1声は弾き、もう1声は実際に声を使って歌ってみたり、という方法もありますね。

6. 声に出す

声に出すことで、身体的そして聴覚の記憶を強めることができます。上で述べたような方法で歌うのもあり。ほかにも、左手だけ弾いてメロディーを歌ったり、たとえばピアノだったら練習中にゆっくり弾きながら和声進行を同時に声に出して言ったり、という方法もおすすめです。

7. 感情を動かす

記憶を確かなものにするためには、感じることが大事。たとえば、ここはどんな感情なのか、場面なのか……と想像力を駆使します。そのほか、音の質感を表す具体的なイメージがあると記憶にも残りやすいです。

場合によっては「匂い」や「味」などのイメージに結びつけることもできます。

8. メンタル練習法でイメージを使った練習

メンタル練習法というのは、「イメージトレーニング」もしくは「ビジュアリゼーション」と呼ばれる手法を使って練習する方法です。

簡単に要約すると、楽器を使って演奏をする前に、練習するパッセージやセクション(響きと動き)を一度頭の中でイメージしてから弾く、というシステマティックな方法です。

情報量が多くなるのでここでは全部は説明しきれませんが、メンタル練習法は私が定期的におこなっている音楽家のためのメンタルトレーニングワークショップやメンタルトレーニングレッスンでも実践しているので、もっと知りたい! やってみたい! という方は、詳しくは筆者のホームページ(外部リンク)などからお問い合わせください。

9. 目を瞑って弾いてみる

目を瞑って弾くと、手元や鍵盤が見えないぶん、身体的記憶や聴覚も研ぎ澄まされます

10. とてもゆっくり弾いてみる

とてもゆっくりと弾くすると、ひとつひとつのハーモニーもよく聴くことができるし、触覚的記憶を研ぎ澄ますことができます。

私の知り合いのロシア人ピアニストは、かつて練習の際、外から聴いていると何の曲を練習しているのかわからないくらいゆっくりとスローモーションで練習をしていました。そんな彼の演奏は常に安定していました。

11. 休憩をしっかりとる

集中力を持続させ、記憶力を高めるには、しっかりと休憩をとることが大切です。

みなさんは、ポモドーロ・テクニックを知っていますか? よくタイムマネジメントの話で出てくるテクニックですが、このテクニックのように25分ごとに3〜5分の休憩をし、4回目のあとに長めの休憩をする、という方法もありです。もしくはタイマーをかけて45分ごとに休憩をするとか、ひとつの課題が終わったら休憩するというのもよいですね。いろいろと試してみて、自分に合った方法を見つけてください。

ここに休憩例の一部をご紹介します。

  • 横になる
  • ストレッチする
  • 果物を食べる
  • コーヒーブレイクをとる(これは科学的な根拠はなく、私がコーヒーが好きだからです笑)
  • 瞑想・ヨガをする
  • 散歩をする
  • 自律訓練法などのリラクセーション方法を使う

このとき、なるべく頭を空っぽにして休みましょう。

12. 練習時間以外に頭の中で曲をさらってみる

これはきっと無意識でやっている人も多いかと思います。散歩中、移動中、もしくは夜寝る前など、練習時間以外にも頭の中で曲をさらってみましょう。

一つひとつ音を確かめるように。もしくは曲全体をイメージするように。それか曲の新しい解釈を探すのもよいですね。このようにバリエーションをつけることをおすすめします。

暗譜に自信がつけば、演奏はもっと楽しくなる!

私もかつて舞台上で不安やあがりに悩まされていました。その頃の私は、「指が覚えているまで弾きこむ!」といった運動感覚と根性論に頼っていたと思います。暗譜に悩んでいる皆さん、人間の記憶の仕組みをよく理解した上で、ぜひ今回紹介した方法を使って暗譜にトライしてみてください。

また、音楽を暗譜するにはできる限り音楽を「深く理解する力」が大切となります。このモチーフにはどんな意味が隠れているのか、作曲の背景は、この作曲家の同時代の曲はどんなか…調べられることは調べて、調べられないことは想像力をフルに働かせましょう。

ひとつの曲の情報を覚えるのは大変な作業ではありますが、システマティックに暗譜を進めることで、舞台上でのあがりや演奏恐怖を防ぎ、より演奏を楽しむことにもつながります。こうして覚えた情報は、いざ舞台にあがったとき、今度は頭だけで考えすぎず、身体全体で体感するようにします。

本番は、コツコツ積み重ねた作業を解放する瞬間。そうして作曲家の想いや記憶や感情などがひっくるめてひとつとなって音となり、身体や楽器を通して空間に響き、聴衆とシェアできる瞬間。

たとえコンサート前に不安を感じたり舞台上であがってしまっても、こういう瞬間があるから、音楽を続ける原動力にもなりますよね。私も今もなお、そんな音楽のもつパワーに惹かれ続けています。

みなさんの音楽生活がより豊かなものになりますように!

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栃木県出身。3歳からピアノを始める。2010年、横浜国立大学音楽教育課程在学中に日本政府より奨学金給付を受け、ドイツ、エアフルト大学に一年間留学。2013年よりドイツ、ハレ在住。2017年、マルティン・ルター大学ハレ・ヴィッテンベルク器楽教育ピアノ修士課程を最高得点で修了。2019年よりエアフルト大学にて音楽教育科にてピアノとアンサンブルの授業を受けもち、後進の指導をしている。現在、ザクセン・アンハルト州より研究奨学金を受け、ハレ大学博士課程にて、スポーツ心理学を応用した音楽家のためのメンタルトレーニングについて研究中。ピアノ演奏、研究、ピアノ指導のかたわら、ドイツ語翻訳及び通訳、メンタルトレーニングコンサルタントをおこなっている。