音楽家のためのメンタルスキル⑥「セルフトーク」

こんにちは。ドイツ、ハレ在住のピアニスト・ピアノ教育者の大木美穂です。

本連載では、音楽をする人にとってなぜメンタルトレーニングが有効なのかというお話に始まり、現在は「音楽家のための8つのメンタルスキル」について一つずつクローズアップしてご紹介しています。

今回はメンタルスキルの6つ目、「セルフトーク」についてです。

セルフトークとは

前回の記事(▷音楽家のためのメンタルスキル⑤「プラス思考」)でも少しお話しした通り、セルフトークとは自分自身との会話のことです。

心の中で自分に対して言い聞かせたり、実際に声に出して言い聞かせることで、自己暗示をかけていく方法です。一流のスポーツ選手や音楽家ほど、日頃からポジティブなセルフトークをしています。

セルフトーク自体はみなさん、経験があるかと思います。普段の生活の中、練習の時、そして本番前や本番中、どんなセルフトークをしているか、振り返ってみてください。

参考に、それぞれの場面でのネガティブなセルフトークの例とポジティブなセルフトークの例を見て行きましょう。

普段の生活の中でのセルフトークの例

ネガティブなセルフトークの例

  • 「自分には実力や才能がない」
  • 「自分にはできない」
  • 「やる気がない」

ポジティブなセルフトークの例

  • 「自分の力を信じている」
  • 「自分ならきっとできる」
  • 「やれることはやろう」
  • 「せっかくなら楽しもう」

練習のときのセルフトークの例

ネガティブなセルフトークの例

  • 「こんな難しいパッセージ…どんなに頑張っても無理だ」
  • 「どうせできないし、練習したくない」

ポジティブなセルフトークの例

  • 「きっとできる」
  • 「難しいけれど、解決策はあるはず。あとはその解決策を探すだけ」
  • 「練習が楽しい」

本番前・本番中のセルフトークの例

ネガティブなセルフトークの例

  • 「間違えたらどうしよう」
  • 「みんなにどう思われるかな」
  • 「弾きたくないな」
  • 「間違える気がするな」
  • 「できないんじゃないかな」
  • 「もっと練習しておけばよかったな」

ポジティブなセルフトークの例

  • 「自分ならできる」
  • 「間違えても修正はきく」
  • 「誰がどう思おうと、自分は自分の力を出し切るだけ」
  • 「何が起きても大丈夫」
  • 「こんなに練習したんだけら、きっと大丈夫」

いかがでしょうか。

客観的に見てみると、思っていた以上にネガティブなセルフトークをしていたと気付く方も多いのではないでしょうか。もしそう気付いたなら、今からでも大丈夫。日頃からポジティブな言葉を使うように心がけていきましょう。

エミール・クーエの自己暗示文

言葉の力に気付き、自己暗示法による診療を始めたというフランスの薬剤師エミール・クーエ(1857-1926)は、次のような文を自己暗示に使いました。

「日々、あらゆる面で、私はますますよくなっていく」

これを、寝る前と起床時に数回声に出して繰り返すだけで、無意識に脳に働きかけることができるのです。

キューワード

セルフトークには、適した場面ですぐに働きかける効果のある、短いものも存在します。これは、スポーツ心理学で「キューワード」とも呼ばれます。

キューワードには、次のようなものが挙げられます。

  • 「よし!」
  • 「歌って!」
  • 「聴いて!」

これら3つは、私自身、コンサートのときなどに集中力が一瞬切れそうになったときなどに使います。別の場所に行きそうになったフォーカスを、今自分がフォーカスを当てたいところに瞬時に戻したいときに、最適です。

音楽的キューワード

キューワードは、音楽の演奏の中に応用していくこともできます。たとえば、暗譜をする際に

  • 「短三度下へ!」
  • 「オクターブ!」
  • 「上へ跳躍!」

などと「音楽的キューワード」を使うことで、なんとなく覚えるのではなく、“意識的に暗譜をする” 助けになります。

他にも音楽的に気をつけたい箇所で

  • 「ここは歌って!」
  • 「真ん中の声部!」

といったキューワードを使ってみたり、時間をとりたいところでシンプルに、

  • 「時間!」

と言ってみたり。ここはもっと軽やかに弾きたいというところでは、

  • 「軽やかに」

つい体が強張ってしまうような難しい箇所の前で、

  • 「力を抜いて」

などなど、曲を弾いている最中にもキューワードは効果的です。

ポイントは、自分が自分をレッスンするつもりでキューワードを使うこと。練習のときには実際に声を出して言うと、耳を通して情報が入ってくるため、さらに効果が期待できます。

セルフトークが自信をもたらす

自信をつけるためのポジティブなセルフトークを使うときは、自信のある態度、動作、表情で言うように心がけてみてください。

本番前には、鏡の前で笑顔。これだけでも効果が期待できます。

そこに「よし! 楽しもう」などと声に出すことで、アクティベートすることもできます(アクティベーションに関してはこちらの記事をご覧ください)。

ポジティブなセルフトークを使って、モチベーションと自信を上げていきましょう。

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栃木県出身。3歳からピアノを始める。2010年、横浜国立大学音楽教育課程在学中に日本政府より奨学金給付を受け、ドイツ、エアフルト大学に一年間留学。2013年よりドイツ、ハレ在住。2017年、マルティン・ルター大学ハレ・ヴィッテンベルク器楽教育ピアノ修士課程を最高得点で修了。2019年よりエアフルト大学にて音楽教育科にてピアノとアンサンブルの授業を受けもち、後進の指導をしている。現在、ザクセン・アンハルト州より研究奨学金を受け、ハレ大学博士課程にて、スポーツ心理学を応用した音楽家のためのメンタルトレーニングについて研究中。ピアノ演奏、研究、ピアノ指導のかたわら、ドイツ語翻訳及び通訳、メンタルトレーニングコンサルタントをおこなっている。