音楽家・通訳家の大木美穂がレクチャー! 音楽と言語の共通点から考察する上達のポイント

こんにちは。ドイツ在住ピアニスト・研究家・通訳家の大木美穂です。

私は言語の学習がとても好きで、ドイツ語資格 Telc C1 を所持しているほどの言語学習マニアです。自身の経験から、音楽と言語にはたくさんの共通点があると感じています。今回はその共通点について考察しながら、音楽を学ぶ上で役立つポイントを紹介していきたいと思います。

音楽と言語の密接な関係

そもそも、音楽はどこから生まれたのでしょうか。それは諸説あり、小鳥のさえずりなど動物の鳴き声をまねするところから始まった、日常生活で生まれるリズムから始まった、言葉の強弱や高低から生まれた、などと言われています。

音楽学者のクルト・ザックスは、最も原初的な音楽様式として、

  1. 「言語起源的」な様式(抑揚をつけて言葉を唱えることから始まった)
  2. 「感情起源的」な様式(形にとらわれず感情をほとばしらせることから始まった)

を挙げ、やがてこのふたつは混ざり合い、第三の「旋律起源的」な様式(手拍子を伴った可能性も)に発展したと推測しています。おそらく最初の音楽は歌声である、というのが現在の一般的な推測のようです。

ハンガリーの音楽教育者コダーイ・ゾルターンは、

「音楽に向かって子どもを育てることの第一歩が歌であり、子どもが楽器を手にする前に歌いながら楽譜を読むことが必要だ」

とも説いています。歌なきにして音楽あらず、ですね。

声楽には歌詞があるので、音楽と言葉の密接な関係をわかりやすく感じとることができます。しかし声楽でなくとも(楽器の演奏においても)、デュナーミクやアーティキュレーションがあり、言葉のイントネーションやアーティキュレーションと通ずるものがあることに気がつくでしょう。

言語においてはストレス(アクセント)の位置が変わると(言語によっては)意味が変化するのと同じで、音楽の中でもアクセントの位置、強弱の違い、そもそもの音色の違いなどで、伝わってくる音楽も変わってきます。音楽と言葉は、やはりにていると思いませんか?

音楽と言語の共通点から考える、学習ポイント

言語と音楽の共通点は、それぞれを学ぶプロセスにもあるんです。ここでは3つのポイントについて述べていきます。

ポイント1:インプット・アウトプットをバランスよく!

言語の学習において、インプットとアウトプットのバランスが大切なのはおそらく周知のことかと思います。言語学習におけるインプットというのは、読むことと、聞くこと。そして日々新しい語彙や言い回しなどを増やしていくことです。

そしてアウトプットは、書くことと、話すこと。習った文法や単語を駆使して、実際に言語を使ってみることです。どんなに勉強しても、使ってみて気づくことがたくさんあります。また、使うことで会話の中で生きた言語を学んでいくことができます。

音楽においても、やはりインプットとアウトプットのバランスは重要です。インプットというのは、たくさんの音楽を聴き、音楽性や表現力の引き出しを増やすこと。また音楽を聴くときには、例えば「このシンフォニー曲のこのオーボエがソロを吹く部分は、まるで白黒だった映像に一点の赤い花が見えるようだな」というように、想像力を働かせながら音楽を表現するジャルゴンを増やしていくのをおすすめします。

詳しくは岡田暁生さんの『音楽の聴き方』がおすすめです。かつて大学時代の友人がプレゼントしてくれて、とてもおもしろい内容だったのであっという間に読んだのを覚えています。日本に置いてきてしまったので手元になく確認ができませんが、この本の中に、音楽を表現するジャルゴンについてのお話も書かれています。

音楽の聴き方―聴く型と趣味を語る言葉 (中公新書)
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もうひとつ音楽の学習におけるインプットとして大切なのが、音楽に関する良書を読むこと。深い練習の仕方や音楽の本質について書かれた本だと、ピアニストには定番のこちらがオススメです。

ピアノ演奏芸術―ある教育者の手記
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アウトプットというのは、誰かに聴いてもらうこと。レッスンでもいいし、家族や友達に聴いてもらうのでも構いません。コンサートでも、コンクールやピティナのステップを利用するという手もあります。そのほか、演奏ビデオをSNSやYouTubeにアップするのもよいですね。

日時を決めてそれに向けて練習することは、長い学習の中でモチベーションを維持することにも繋がります。そして普段から誰かに聴いてもらうことを前提として練習をすることで、練習の質は格段に上がります。そのため、定期的に誰かに聴いてもらう機会を設けることをお勧めします。

ポイント2:記憶のために感情を動かそう!

もうひとつ、単語や曲を覚える際に助けとなる大きなポイントは、「感情を動かすこと」。たとえば単語を覚えるとき、ただ単語を丸覚えするのではなく、なるべくイメージと組み合わせて覚えると頭に入りやすく、またアウトプットしやすくなります。

簡単な例だと、「りんご=Apple」と文字面で覚えるよりも、

Apple:

 

 

 

と、具体的なイメージで覚えるほうが記憶しやすいのです。子どもが単語を覚えるときには、こうしたイメージが先行していると言われています。

音楽においても、感情を動かすと記憶力が高まります。「ここが一番好き」という部分は暗譜しやすいし、「ここの部分は、こういう感情かな」とイメージすることで、記憶にも残りやすくなります。「ここで転調する」と機械的に覚えるより、「冬の寒さから春の訪れに変わる……」など情景を描いたほうが、音楽的にもなりますよね。

ポイント3:同時進行で上達スピードアップ

とある文献で、数冊の本を同時進行で読むことは脳の働きを活性化させるという研究を読んだことがあります。ここで言う同時進行とは、一冊の本を途中まで読んで、次の本も少し読んで、次の本も読み始める……という読み進め方のことです。

それって音楽の学習にも同じことが言えそうですよね。音楽の学習において、ハノン、エチュード、その他の曲を数曲、と数曲を同時進行で練習する人は多いかと思います。数曲を同時進行で学習することで実際に脳の働きを活性化させるかはわかりませんが、少なくとも技術面・表現面におけるプラス効果はあるように感じます。

もちろん、試験前で時間がなかったり、今はこの曲を深化させたりから一曲に集中する、という時期があっても構わないとは思います。ですが、数曲を同時進行で練習することを基本として学習を続けていくことで、上達のスピードは上がると確信しています。

音楽や言語はツールに過ぎない

音楽における「音」そのものと、言葉におけるひとつひとつの「単語」というのは、何かを表現するためのツールに過ぎません。ベルリン・シュターツオーパーの指揮者ダニエル・バレンボイムは、著書『Klang ist Leben(響きこそが人生)』の中で

「音楽は響きによって表現をするが、響き自体は、まだ音楽とはいえない。響きはただのメディアに過ぎず、響きを通して、音楽が伝えたいもの、もしくは内容が伝えられるのだ」

と述べています。音楽も言語も、音を磨くだけではなく、語彙を増やすだけでなく、たくさん考えて、感じて、伝えたい中身をもつことが大事だな、とつくづく思うのです。本質を見失うことなく、おうち時間を生かして研さんに励みたいものですね。

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栃木県出身。3歳からピアノを始める。2010年、横浜国立大学音楽教育課程在学中に日本政府より奨学金給付を受け、ドイツ、エアフルト大学に一年間留学。2013年よりドイツ、ハレ在住。2017年、マルティン・ルター大学ハレ・ヴィッテンベルク器楽教育ピアノ修士課程を最高得点で修了。2019年よりエアフルト大学にて音楽教育科にてピアノとアンサンブルの授業を受けもち、後進の指導をしている。現在、ザクセン・アンハルト州より研究奨学金を受け、ハレ大学博士課程にて、スポーツ心理学を応用した音楽家のためのメンタルトレーニングについて研究中。ピアノ演奏、研究、ピアノ指導のかたわら、ドイツ語翻訳及び通訳、メンタルトレーニングコンサルタントをおこなっている。