音楽家のためのメンタルスキル⑧「練習力」

こんにちは。ドイツ、ハレ在住のピアニスト・ピアノ教育者の大木美穂です。7月から始まった連載「音楽のためのメンタルトレーニング」も、いよいよ最終回となりました。

今日は音楽のための8つのメンタルスキルの最後、8つ目の「練習力」についてです。

練習力って?

練習の目的にも色々個人差はありますが、多くの場合、人前で演奏するための準備をすることが、大きな目的のひとつでしょう。

練習は時間をかければかけるほどよいというわけではなく、その質が大事です。

たくさん練習しているのに本番になるとうまくいかない、という人は、練習の目的をもう一度はっきりさせ、質を上げる方法を見ていきましょう。

練習計画を立てる・練習日誌をつける

まず初めに、練習の目的を明確化して質を上げるために、練習計画を立てること。

プランがあるかどうかで、練習の質に差が出てきます。

数カ月後に控えた本番に向けての大まかなプラン(長期的なプラン)と併せて、今月はどの曲をどのように練習するのか(中期的なプラン)、そして今週、どのように時間配分をしてどの曲をどのように練習するか(短期的なプラン)といった計画を立てていきます。

練習計画について、詳しくは音楽家のためのメンタルスキル①「目標設定」をご覧ください。

また、練習スケジュールの組み方として、『成功する音楽家の新習慣』の著者ジェラルド・クリックスタインは、次の5つの指針を挙げています。

  1. 規則正しく練習する
  2. 短めの練習を何度かおこなう
  3. 休憩をとる
  4. 少しずつ時間を増やす
  5. バランスのとれた生活を送る

毎日の練習量はなるべく一定にして、体力の限界を超えないように気をつけましょう。そうでないと、前回の記事でお話しした「身体的ストレス」がかかりすぎてしまうことも。もちろん、一日として同じ日がないのと同じで、私たちも調子のよし悪しや、気分が日によって異なります。あまりストイックにはなりすぎずに。

また、可能であれば、数回に分けて練習する方が、効率も上がり、疲れをためずに深く練習することができます。練習室や仕事などでそれが難しい場合も、疲れきる前に、途中で休憩を取りながら練習をするように心がけましょう。

練習時間を増やす場合、急に何時間も増やすのではなく、少しずつ増やす方が、演奏に必要なスタミナをつけるのにも、やる気を保つためにも重要です。

そして最後に、音楽以外でも運動する時間をとるとか、栄養のあるものを食べるといった、バランスのとれた生活を。

この5つの指針は、私自身トライ&エラーを繰り返す中で、とても大切だなと感じています。私も一時期、練習に相当の時間をかけ無理をしていた時期がありますが、無理のしすぎは長くはもたないとつくづく感じます。

もちろん大切な本番前や、いろいろと重なって少しスケジュールを詰めないといけないときもありますが、基本的には長い目で見て、自分にあった練習サイクルを探していくことをおすすめします。

ここでご紹介した5つの指針を挙げている本『成功する音楽家の新習慣』(ジェラルド・クリックスタイン著・古屋晋一監修(第Ⅲ部)・藤村奈緒美訳)は、ヤマハミュージックメディアさんより2018年9月より発売されています。


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曲のアナリューゼ

新曲に取り組む前に曲のアナリューゼ(楽曲分析)をすることは、練習プランを立てる上でも大事です。

一言にアナリューゼといっても、その内容にはいろいろあります。たとえば、

  • 曲の背景を調べる
  • 曲の全体像をつかむ
  • 楽譜に書かれている外国語でわからないものがあれば、調べておく
  • 曲をセクションに分ける

そうすることで、練習のプランも立てやすくなりますし、暗譜をするときの助けにもなります。まずは大きなセクションに分け、練習の際には更に細かいセクションに分けるのもありです。

  • 難しい箇所を見つける

難しい箇所を見つけたら、なるべく早めに取り掛かります。必要な場合は難点に合わせた練習法を考えるとよいでしょう。

  • 最終的なテンポを決める

もちろん初めはゆっくりとしたテンポで練習を始めるとしても、初めのうちに最終的な大体のテンポを決めておくことが大切です。なぜなら、テンポによって指使いが変わってくるからです。

  • 曲の形式を分析する
  • 和声分析をする

などです。

イメージトレーニングを使った練習

音楽家のためのメンタルスキル③としてご紹介した「イメージトレーニング」は、日々の練習にも取り入れることをおすすめします。

イメージトレーニングは、曲を新たに学ぶ段階から、暗譜をする際にも、曲を深めるためにも、また本番の練習としても使うことができます。

イメージトレーニングに関しての詳しいお話は、音楽家のためのメンタルスキル③「イメージトレーニング」の記事に書いているのでここでは省きますが、大事なことは、イメージトレーニングをする前に、リラックスした状態を作り出すこと。その際、呼吸法や自律訓練法をやるのもおすすめです。また、イメージトレーニングには集中力を要するため、こまめに休憩を挟むことを心がけてください。

ドイツには、イメージトレーニングを使った練習方法に関して参考にできる文献が比較的数多くあります。たとえば、Tatjana Orloff-Tschekorsky著『Mentales Training in der musikalischen Ausbildung(音楽教育におけるメンタルトレーニング)』(第2版/2001)や、Linda Langeheine著『Üben mit Köpfchen(頭を使った練習法)』(第5版/2011)などで、これらの本は音楽の練習におけるイメージトレーニングの具体的な方法を教示しています。残念ながら、私の知る限りでは現在のところ日本ではまだこれらの訳書が出ていません。

これらは私も研究の参考にしている文献の一部です。ドイツでの研究がまとまってきたら、いずれ日本でこのような文献を翻訳をするか、これらのメソードをわかりやすくまとめた本を出版して、日本の皆さんにも読んでいただくというのが、今のささやかな夢です。

暗譜法

皆さんは曲を暗譜をする際、どのように暗譜に取りかかっていますか。

ひとまず練習を始めて、とにかく弾き込んで、感覚的に暗譜していく…といった方法でこれまでうまくいっていた方も多いかもしれませんが、それだと万が一、本番で暗譜が飛んでしまった際に修正が難しいかもしれません。

また、「指が覚えている」といった運動感覚の記憶だけだと、これもまたどこか不確かで、不安やあがりの要素ともなり得ます。

暗譜をするための練習スキルについて、いくつかご紹介いたします。

  • 色々な記憶法を使う

私たちが音楽をする際に使う記憶法には、聴覚的記憶、視覚的記憶、触覚的記憶、運動感覚の記憶、概念的記憶があります。

聴覚的記憶を定着させるためには、とてもゆっくりと練習することがおすすめです。また、練習するパッセージやセクションを一度頭の中でイメージしてから弾くのも効果的です。

視覚的記憶には、そのパッセージが楽譜上でどう見えるかのほかに、ある和音を弾く際の手の形で弾く和音を覚える、という音楽家もいます。

触覚的記憶を研ぎ澄ますには、これもまたとてもゆっくりと練習することがおすすめ。私の知り合いのロシア人で、練習の際、外から聴いていると何の曲を練習しているのかわからないくらいゆっくりとスローモーションで練習をするピアニストがいます。そのおかげか、彼の演奏はすばらしくとても安定しています。

概念的記憶というのは、音名や音程を覚えたり、楽曲分析によって概念として記憶する方法です。緊張のしすぎなどで暗譜が飛んだ際など、これがしっかりしていれば修正しやすくなります。

  • 曲を後ろから練習する
  • 曲の構造や形式をよく理解する
  • 細部と全体に分けた練習をする
  • 意識を移す練習をする
  • イメージトレーニングを使う

他にもまだまだありますし、本当は一つひとつ掘りさげて説明をしたいところですが、とても長くなってしまいますので、詳しい説明はここでは省かせていただきます。

ライマー&ギーゼキングの共著『現代ピアノ演奏法』でも暗譜に関してたくさんのことを学ぶことができます。

本番を想定した練習

最後に、本番を想定した練習を日頃から取り入れていくことで、練習力ひいては「本番力」を高めていきましょう。

例として、次のような方法があります。

  • 録音をする
  • 本番で弾くことイメージトレーニングをしてプログラムを通す
  • 小さなグループで試奏会をするなど、発表の機会を作る
  • ハプニングを故意的に起こしてみる

最後の「ハプニングを故意的に起こしてみる」に関して説明を付け加えると、本番というのは何が起こるか分かりませんよね。

もしかしたら曲が始まってから誰かがホールに入ってくるかもしれないし、誰かの携帯が鳴るかもしれないし(もちろんこれは避けていただくにこしたことはありませんが)、プログラムを開くカサカサという音が気になったりするかもしれません。

そういうことに気が散らないように、また散ってもすぐにフォーカスを音楽にもっていけるように、たとえば練習の際に誰かに頼んでわざと物音を立ててもらうのも、ひとつの方法です。

音楽家のためのメンタルトレーニングワークショップのお知らせ

最後に、実践を目的としたメンタルトレーニングワークショップ、メンタルトレーニングの個別セッションのお知らせです。

音楽をする人のためのメンタルトレーニングワークショップ in 東京

2017年4月に東京で開催した「音楽をする人のためのメンタルトレーニングワークショップ」がおかげさまで好評だったため、2019年に第2回を開催させていただきます。

2019年2月16日(土)に東京都内で定員約20名ほどで開催予定です。

こちらは詳細が決まり次第Facebookにてお知らせさせていただくので、宜しければFacebookページをフォローいただけると幸いです。

前回、東京音楽院にて開催させていただいた「音楽をする人のためのメンタルトレーニング」についての東京音楽院のブログも併せてご覧ください。

ピアニストのためのメンタルトレーニングプチワークショップ in レーゲンスブルク(ドイツ)

2019年7月にドイツ世界遺産の街レーゲンスブルクにて、第4回目となる、ヨッヘン・ケーラー教授のピアノマスタークラスが開催されます。

これまで私も企画・通訳としてお手伝いをしていましたが、今回、マスタークラス中にメンタルトレーニングプチセミナーをおこないます。

ドイツの自然に囲まれた古城内でレッスンを受けながら、一緒にメンタルトレーニングをしませんか。

ピアノマスタークラスについての詳細は、こちらのマスタークラスのページをご覧ください。

ピアノの方のみ、最小催行人数4名、最大6名の限定枠となります。お申し込みは既に始まっているので、お早めにどうぞ!

音楽家のためのメンタルトレーニング個別セッション

あがり症で悩んでいる、本番でうまくいかない、メンタルを強くしたい、という音楽家の方へ。

2019年1〜2月頃(予定)より、メンタルトレーニング個別セッションを始めさせていただきます(ドイツ在住のため、スカイプでのセッションとなります)。

プロ・アマは問いません。

また、今回COSMUSICA読者の方/先着5名様限定で、60分×4回で19500円の個別セッションを、15000円にお値引きさせていただきます。

個別セッションに関するお申し込み、お問い合わせは、私のホームページ内のコンタクトフォームよりお願いいたします。

まとめ

全15回に渡る連載「音楽家のためのメンタルトレーニング」は、以上でひとまず終了となります。

音楽家のためのメンタルトレーニング、既に無意識にやっているという人もきっと多いのではないかと思います。こうしたことを改めて意識して日頃の練習や本番に向けた準備に取り入れていくことで、メンタル面の強化をさらに図っていきましょう。

読んでくれた皆さんが、充実した音楽生活を送れますように!

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大木 美穂
栃木県出身。3歳からピアノを始める。2010年、横浜国立大学音楽教育課程在学中に日本政府より奨学金給付を受け、ドイツ、エアフルト大学に一年間留学。2013年よりドイツ、ハレ在住。2017年、マルティン・ルター大学ハレ・ヴィッテンベルク器楽教育ピアノ修士課程を最高得点で修了。2019年よりエアフルト大学にて音楽教育科にてピアノとアンサンブルの授業を受けもち、後進の指導をしている。現在、ザクセン・アンハルト州より研究奨学金を受け、ハレ大学博士課程にて、スポーツ心理学を応用した音楽家のためのメンタルトレーニングについて研究中。ピアノ演奏、研究、ピアノ指導のかたわら、ドイツ語翻訳及び通訳、メンタルトレーニングコンサルタントをおこなっている。