こんにちは。ドイツ、ハレ在住のピアニスト・ピアノ教育者の大木美穂です。
前回はメンタルスキルのひとつである「集中力」について、理論編をお届けしました。今回は実践編と称し、集中力の高め方について検討していきたいと思います。
集中力のトレーニング
集中力の有無は「もって生まれたもの」というイメージをおもちの方もいるかもしれませんが、実際はある程度トレーニングをすることが可能です。集中力の鍛え方について、スポーツ心理学でおこなわれている例を交えながらお伝えしていきます。
リラクセーションとアクティベーション
まず、音楽におけるメンタルスキルの2つ目として紹介した「リラクセーションとアクティベーション」は、実は集中力を高めるトレーニングとしても活用可能です。
参考:
▶音楽家のためのメンタルスキル②-1「リラクセーション・アクティベーション」前編
▶音楽家のためのメンタルスキル②-2「リラクセーション・アクティベーション」後編
たとえば、
- 呼吸法
- 漸進的筋弛緩法
- 瞑想やヨガ
- 自律訓練法
などのリラクセーション方法は、呼吸に意識を集中したり、体の部位に意識を集中したりと、何か特定のものに集中力を向けることによって心身のリラックスを図っていきます。
特に「瞑想やヨガ」と「自律訓練法」は、集中力を高める方法として個人的にもおすすめです。
瞑想は、呼吸に注意を向けながら、雑念を受容したのち解き放ち、頭の中をからっぽにしてしていくことで、いま・ここに集中力を向ける練習になります。ヨガには、呼吸法と瞑想に動きが加わり、呼吸と、一つひとつのゆっくりとした動きや一連の動きの流れに意識を集中させる練習になります。
自律訓練法においても、「手が温かい」などと心の中で唱えることで手に意識を集中させたり、「心臓がゆっくりと脈を打っている」と唱えることで鼓動に意識を集中させたりと、意識して体の部位に集中力を向ける練習になります。これは、2の漸進的筋弛緩法でも同様です。
その他、アレクサンダーテクニークやフェルデンクライスにおいても、今自分がどんな動きをしているか意識しながらゆっくりとした動作に集中力を向けるため、自然と集中力のトレーニングになり、一石二鳥です。
また、アクティベーションは気持ちを高めることがひとつの目的でしたが、それによって集中力を高めることも可能です。
スポーツ心理学者の高妻教授は、スポーツ選手に「音楽を集中して聴き、口ずさみながら音楽に合わせて手を叩いたりジャンプをしたりする」などのアクティベーション(彼はサイキングアップと呼んでいます)を勧めています。ここには、アクティベーションとしてだけでなく、動的な動きの中で集中力を高めるという意図もあるようです。
集中力のトレーニングとしてのイメージトレーニング
それと同様に、音楽におけるメンタルスキルの2つ目「イメージトレーニング」も集中力のトレーニングとして活用することができます。電車での移動中に曲のイメージトレーニングをすること自体、そのイメージにフォーカスを当てる集中力のトレーニングとなりうるからです。
イメージトレーニングは、目を閉じて横になった状態でも、目を開けて身体を動かしながらでもおこなうことができます。ステージに堂々と出て行く様子や、音楽に集中してしているイメージなど、ポジティブなイメージに集中力を当てていきます。また、起こりうる問題をあらかじめ予測し、イメージトレーニングで対処法を練習しておくことも可能です。
詳しくは、連載第9回目の「イメージトレーニング」をご覧ください。
注意のコントロールを上げるには?
『もっと音楽が好きになる心のトレーニング』の著者である大場ゆかりさんは、その著書の中で、注意をコントロールする力として次の3つを挙げています。
- 注意を集める
- 注意を乱されない
- 注意を持続する
1の「注意を集める」では、意識を向ける対象や視線を固定する練習として、次のような実践例があります。
- 手のひらを30秒〜1分間、じっと見つめる
- 遠方の対象物を、数分間見つめる
- 呼吸法、バランス運動など
2の「注意を乱されない」では、注意を乱す要因に対する準備をおこないます。たとえば、
- ルーティーンを作る(これについては次回「プラス思考」のところでもう少し詳しくお話しします)
- キューワードを使う(こちらも次回以降の「セルフトーク」と「練習力」についての記事で詳しくお話しします)
- 「もうダメだ」などのマイナス思考から、「いける!」「まだまだ!」「自分はできる!」といったプラス思考へ
- ワーストケースシナリオを想定した練習をする(途中でアラームを鳴らすなど)
- 誰かに演奏を聴いてもらうなど、プレッシャーをかけた練習をする
- ミスしてもポーカーフェイスを装う
- 自信をもつように心がけ、自信があるように振る舞う
など、注意を乱されないような練習をおこないます。
3の「注意を持続する」では、前回の記事でお話しした注意の向け方(内的 – 外的)と、注意の幅(狭い – 広い)を切り替える練習をします。その例として、
- 練習中に上記の注意の方向性を意識的に切り替える(バス声部に意識を向ける、身体に意識を向けるなど)
- その他の場面でも、フォーカスする対象を意識的に切り替える練習をする
- 気晴らしをし、楽しいことや嬉しいことに意識を向ける
- 自分が今、すべきことだけを考える
- 目標や夢を再確認する
といったことが挙げられます。
日常から心を安定させ、集中力をあげていこう
一流のスポーツ選手や音楽家は、日常からルーティーンをおこなっていたり、心を安定させる努力をしたりしていることがうかがえます。
たとえば野球のイチロー選手は、朝食にカレーライスを食べ(ちなみに、そのために大量のカレーを作り冷凍させておく、という奥様のインタビューを見たことがあります。周りの協力があると尚心強いですね)、試合の3時間前までに球場へ入り、同じウォーミングアップをし、試合中もバッド回しなどのルーティーンをし、夜は、足のマッサージをする(ある密着取材のビデオでは、ホテルにもマッサージ機を持っていきリラックスしているイチロー選手が紹介されていました)とのこと。自分の行動を安定させることで、自信をつけ、集中力をあげることにもつながるのです。
また、「好き」「楽しい」「おもしろい」という気持ちが、集中力を高める重要なポイントになります。
人間は楽しいと感じたときに自然に集中力が高まるようで、私自身、最終的に「今日は楽しもう」と思って臨むと高い集中力を発揮できることが多かったように思います。
本番や練習を楽しむことで、集中力を高め、成功につなげていきましょう。
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