音楽家のためのメンタルスキル③ 「イメージトレーニング」

こんにちは。ドイツ、ハレ在住のピアニスト・ピアノ教育者の大木美穂です。

連載「音楽家のためのメンタルトレーニング」も第9回目となりました。今回は、音楽における8つのメンタルスキル3つ目、「イメージトレーニング」についてです。

イメージトレーニングとは

イメージトレーニングは、スポーツ心理学でも頻繁に使われる手法です。「イメトレ」という名前で聞いたことのある人も多いでしょう。

ドイツでは、メンタルトレーニング=イメトレとしている研究者もいるくらい、メンタルトレーニングの中でも重要な手法のひとつです(特にドイツでは、イメトレをメンタルトレーニングとする研究者と、イメトレの他のさまざまなメンタルスキルを含めて広義にメンタルトレーニングにする研究者とで、分かれています)。

それでは、音楽のイメージトレーニングにおいて「イメージする対象になるもの」にはどんなものがあるか、シチュエーション別に見ていきましょう。

曲の学習におけるイメージトレーニング

まずは新しい曲を勉強する際に、次のようにイメージトレーニングを取り入れることができます。

  • 実際に楽器を使って新しい曲を学ぶ前に、楽譜を読んで、楽曲分析と曲のイメージをする
  • 難しいパッセージをやみくもに練習する代わりに、一度楽譜を見ながら動きのイメージを確認する
  • 弾けるようになってきた曲の楽譜全体をもう一度見渡し、部分ごとの音楽上の性格のイメージや全体のイメージをする
  • 電車や飛行機での移動中など楽器を使えない場面で、頭の中で曲をさらう
  • 暗譜を確認するために、寝る前に頭の中で曲を通してみる

このようなイメージを使った練習は、意識せずに日頃からおこなっている音楽家も多いと思います。

曲を新たに学ぶ際曲を暗譜する際暗譜した曲の音楽的な部分を確認するためなどに、イメージトレーニングが有効です。ある研究によると(楽器なしで)イメージのみで行う練習でも、楽器ありで行う練習の60%〜70%ほどの練習効果が出るとのこと。

イメージトレーニングをする際、次の3つのことが大切です。

  • イメージのみの練習と楽器を使った練習を組み合わせる

もちろんイメトレだけでなく、楽器を使った練習もしましょう。

  • 頭の中で曲のある部分を練習したあとで楽器を実際に使い練習するときは、イメージしたテンポと同じテンポで演奏する

イメージでは高速なのに実際にはゆっくり弾くのでは、効果が半減してしまいます。実際に弾けるテンポでイメージをしましょう。

  • 身体感覚もイメージする

イメトレの際は、頭の中で音楽を聴くだけではなく、体のどこを使うか、どのような動きをするかなど、できるだけ具体的な動きを想像しましょう。

それでは、ワークを通して実際にイメージトレーニングを使った暗譜方法を試してみましょう。

ワーク

  1. 楽器の前に座り(もしくは楽器を持って)リラックスする
  2. 暗譜する1フレーズもしくは2〜4小節(経験によって、一箇所の長さを決める)を、とてもゆっくりのテンポで実際に楽器を使って演奏する
  3. 深呼吸して、もう一度リラックスする
  4. 次に、楽譜を見ながら楽器なしで、同じ箇所をゆっくり弾くのをイメージする
  5. リラックスする
  6. 目を閉じて、同じ箇所をゆっくり弾くのをイメージする
  7. 楽器を使って、次の順序で同じ箇所を実際に弾く:楽譜を見て、楽譜を見ずに目をつむって、楽譜を見ずに目を開けて
  8. リラックスする
  9. 2〜7を数回繰り返す
  10. 次の箇所に移る前に、5分ほど休憩を挟む

このワークには高い集中力を要しますが、暗譜のしにくい場所を確実に暗譜したいときにおすすめなので、ぜひお試しを。

本番に向けたイメージトレーニング

次に、本番に向けたイメージトレーニングをしてみましょう。

本番でうまく演奏できている想像をしてみてください。

舞台裏で、これからする演奏を楽しみにしている様子。堂々と舞台へ上がっていく様子。舞台で、やりたいことがわかっていて、演奏にフォーカスができている様子。

それらを、第三者として自分を見ている視点と、自分の中からの視点から、見つめてみてください。

どのような印象を受けますか。また、どのように感じますか。

このような頭の中でのリハーサルを休憩の時や夜寝る前など定期的におこなうことで、本番の日も、この本番が初めてではないような気持ちになります。

また、ベストケースシナリオだけではなく、ワーストケースシナリオも準備しておくことが大事。

どういうことかというと、本番で予期せぬ事態が起きたときに、冷静に対応してまたフォーカスを音楽に戻す練習を頭の中でもしておくのです。

もし間違えたら? もし聴衆の物音が気になったら? 誰かの携帯が鳴ってしまったら? もし途中で誰かが入ってきたら?

それでもパニックにならず、邪魔に感じず、フォーカスを音楽に当てたままうまくいくようなイメージの練習をしておきましょう。

本番のイメージをしている最中にもしもうまくいかないイメージが浮かんでくる場合には、同じように、ポジティブなイメージに変えていくようにしてください。それがうまくいかない場合は、心の中で「ストップ」と言い、ネガティブなイメージを止めるようにしてください。

本番に向けたイメージトレーニングは、本番の日を丸ごとイメージしてもよいですし、本番の前後を含めたイメージでもよいですし、本番の一部をイメージしたショートバージョンでも構いません。なるべくバリエーションに富んだイメージを試してみましょう。

イメージトレーニングは場所を選ばない

イメージトレーニングの魅力的なところは、場所を選ばずいつでもどこでもできることです。

慣れないうちはなるべく静かで落ち着いたところを選んで、ゆったりと座るか横になるなどして、目を閉じておこなうとやりやすいでしょう。練習して慣れてしまえば、場所や時を選ばず実施することができます。

イメージトレーニングの前には、前回の記事でお話しした呼吸法やリラクセーションを使って、一度リラックスしてからおこなうと効果大です。

イメージトレーニング後には急に目を開けて動くのではなく、目を開ける前に、消去動作と呼ばれる、腕の曲げ伸ばしや手のグーパー、深呼吸などをおこない、ゆっくりと「いま・ここ」に戻ってきてください。

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栃木県出身。3歳からピアノを始める。2010年、横浜国立大学音楽教育課程在学中に日本政府より奨学金給付を受け、ドイツ、エアフルト大学に一年間留学。2013年よりドイツ、ハレ在住。2017年、マルティン・ルター大学ハレ・ヴィッテンベルク器楽教育ピアノ修士課程を最高得点で修了。2019年よりエアフルト大学にて音楽教育科にてピアノとアンサンブルの授業を受けもち、後進の指導をしている。現在、ザクセン・アンハルト州より研究奨学金を受け、ハレ大学博士課程にて、スポーツ心理学を応用した音楽家のためのメンタルトレーニングについて研究中。ピアノ演奏、研究、ピアノ指導のかたわら、ドイツ語翻訳及び通訳、メンタルトレーニングコンサルタントをおこなっている。