運命に導かれたどり着いた、ピアノで生きるという道。PTNA特級グランプリ角野隼斗のこれから

2018年度ピティナ・ピアノコンペティション特級グランプリに選ばれた、東大大学院1年の角野 隼斗(すみの はやと)さんにインタビューしています。

前編では、勉学と音楽という(少なくとも)2つの才に恵まれた角野さんが、どのように進路を考え、PTNA特級へ挑もうと思い至ったのかという経緯をうかがいました。

▶前編「東大に通いながらPTNA特級に挑戦! 2018グランプリ角野隼斗の、コンクールまでの珍道中

今回は、クラシック音楽との向き合い方についてや、現在留学中であるパリでの暮らしについてもお話しいただきます。


角野 隼斗(すみの はやと)

1995年生まれ。現在、東京大学大学院1年生。2000〜2005年、ピティナピアノコンペティション全国大会にて、A2級優秀賞、B級銀賞、C級銀賞、D級銀賞受賞、Jr.G 級金賞受賞ほか受賞歴多数。2018年、ピティナピアノコンペティション特級グランプリ、及び文部科学大臣賞、スタインウェイ賞受賞。金子勝子、吉田友昭の各氏に師事。2018年9月より半年間、ソルボンヌ大学在籍、フランス音響音楽研究所 (IRCAM)にて音楽情報処理の研究に従事。フランス留学中にクレール・テゼール氏に師事。


「作りこまれたクラシック音楽」を愉しむ

物心ついたときからピアノに親しんできた角野さん

―幼少期からクラシック音楽を勉強され、中学からはロック、大学からはジャズにも触れるようになったという角野さん。幅広く音楽に触れてきたからこそ感じる、クラシック音楽の魅力とはなんなのでしょうか。

「クラシック音楽は、とにかく作品がよく作り込まれているので、そもそも作品が美しいという魅力があります。そして、作りこまれてはいるのですが、その作品をどう表現するのかというところには奏者が工夫する余地がしっかりあるから、演奏自体もおもしろいです。他ジャンルに比べて特にダイナミクスが大事なので、その指示の背景に何があるのかを考えて表現する、というところが楽しいですね」

―人によっては、クラシック音楽は指示が多いので窮屈だと感じる場合もあるかと思うのですが。

「うーん、僕としては、曲想指示は『制約』ではなく『考えつくされた結果』ですから、窮屈と感じたことはないですね。もし演奏者が、確固たる考えがあって『自分は楽譜通りじゃなくてこう弾くんだ!』とかいうのがあるなら、それはそれでよいと思います。ですが、やはり作曲者が考えをめぐらせて指定している指示なので、自分も同じようにしっかりと考えていくと、結局楽譜通りに弾くのが一番よいなという結論に至っています」

PTNAセミファイナルでの一コマ(©️平舘 平)

―譜読みの段階で、「こんな感じかな? とフォルテで弾こうとしたら指示はピアノだった!」ということはないですか?(笑)

「(笑)。ありますけど、じゃあなんでここはピアノの指示なんだろうと楽曲分析を進めていくと、『ああやっぱりここはピアノだな』って納得できる。その過程が、おもしろいんですよね」

―好きな作曲家や、相性がよいと感じる作曲家を教えてください。

「好きなのは、ラフマニノフです。メロディやハーモニーの作り方がエモーショナルなので、弾きながら感動できるというか、感情移入しやすいと感じます。僕は割と直感的というか、感情的に弾くことが多いので。

相性がよいと思うのは、リスト。テクニックが求められるので、弾いていて純粋におもしろいです」

▼リスト:「伝説」より「波を渡るパオラの聖フランチェスコ」

―逆に苦手だなと感じるのは?

「単純にこれまで勉強する機会が少なかったというのが大きいですが、ベートーヴェンはあまり得意でないですね。たとえばモーツァルトやハイドンは比較的軽い感じなのですが、ベートーヴェンにはある種の “重み” が必要で…。かといってロマン派的な表現を使うわけにもいかないので、そこをどう表現するかというのは難しく感じますね。あとはシューベルトのような、じっくり歌う必要のあるような曲も得意ではないです」

短時間でも、ロジカルに練習する

学業と両立しながら音楽でも結果を出してきた角野さん。効率的に時間を使っているのであろうことは容易に想像ができますが、実際どれくらいピアノに触れている時間があるのでしょうか。

―時期によって違うと思いますが、練習は一日何時間ほどおこなうのですか?

「コンクール直前は、平日は6時間程度、休日はもっと弾いていましたが、平常時は1〜2時間とかですね。それも、クラシック音楽とは限らず、ピアノに触っている時間がそれくらいという意味です。もちろんグランプリをいただいたことで、これからはより本格的に音楽にも打ち込みたいですし、当然練習時間も増えていきますが」

セミファイナルでの演奏(©️平舘 平)

―よく1日練習をさぼると3日分劣化するなんて言いますが。

「2週間くらい弾かないでいると、さすがに鈍ったなと感じるのですが、一日でどうこうなるとは思っていないですね。とはいえ、毎日練習した方が効率がよいのは確かです。特に新しい曲を覚えるような局面では、毎日練習した方が当然、定着しますね」

―練習にも要領があると思うのですが、角野さんの考える練習法論のようなものがあれば教えてください。

「そうですね、たとえば週末に3時間まとめて練習するよりは、毎日30分ずつ練習した方がよいと思っているので、少しの時間でも毎日触れることは心がけています。

あとは暗譜の効率化でしょうか。曲には構造があるので、まずは和声と旋律から覚えていき、そのあと細かい部分を覚えていく、というふうに段階的に暗譜しています。暗譜を確実なものにするために、後ろの小節から弾いていくという方法があります。これがなかなか難しいのですが、しっかり定着しますよ」

―いやそれ相当難しいですね…。私はハープを習っているのですが、「一小節ごとに手を膝において、流れが切れても次の小節の頭からちゃんと弾けるか確かめる」というのを教わりました。ところで、いわゆる「集中できない日」なども練習は通常通りおこなっていますか?

「ピアノ自体を弾きたくないと思うことはめったにないのですが、音楽的に作りこむにあたって集中できる日とできない日はありますね。そういうときは、テクニック的な練習に特化しています。頭を使わなくてよくて、単純に指を動かすだけなので。あとはもう、クラシック音楽の気分じゃないときはジャズを弾いたりとか、自由ですね」

▼The Tom and Jerry Show Medley by かてぃん(角野隼斗)

―クラシック音楽だけではない、というのが角野さんにとってよいバランスなんですね。これまでに音楽的に影響を受けた師匠や演奏家がいれば教えてください。

「どういうふうに音を出すか、という “弾き方” の部分について、3年前から師事している吉田友昭先生に熱心に指導していただきました。手で弾くのではなく、手の重みで弾く、というような。それで音はかなり変わったと感じます。同じような頃、佐藤彦大さんのリサイタルでラヴェルのパヴァーヌを聴いたら、本当に音が美しくて。音の出し方の大切さを実感しました。

あとジャズでは、上原ひろみさんが好きです。勢いや瞬発力があって…演奏にバイタリティがあふれています。こんなふうに弾けるようになりたいなあとずっと目標にしています」


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音楽の道で覚悟を決める

―これまで、就職・研究・音楽とさまざまな選択肢をもちながら進路を模索していたと思うのですが、グランプリを獲得して今後のビジョンはどのように変化しましたか?

「自分の中で、音楽が趣味ではなくなったというのが大きいですね。少なくとも、音楽とまったく関係のない仕事で生きていくという道は絶たれたのかなと思っています。これまでの利点としては、単純にひとつのことを突き詰めてやるよりも、2つのことをやっていた方が、どちらかが煮詰まったときにもう一方の方で気晴らしができるため、精神的によいというのがありました。今後も、完全に音楽一本! とはならないかもしれません」

PTNAファイナルにて(©️平舘 平)

―現在取り組まれている研究も、音楽との関連性は大きい分野だと思うのですが、少し解説していただけますか。

「音楽情報処理の研究をしています。少し前までは、複数の楽器で演奏された音楽を一つひとつの楽器に分離するという研究をおこなっていて、最近では人間がメロディーやハーモニーをどう認識しているか、そしてそれをどう機械で再現するかというような研究をしています。

ピアノは打楽器なので、出音は打鍵のスピードと重さですべてが決まります。けれども、それぞれのピアニストにそれぞれの音色の特徴がある。それがおもしろいなあと感じていて、そんな疑問も今の研究につながっています」

―9月から半年間、研究のためにパリに留学されているわけですが、どのような生活ですか?

「朝はピアノを練習して、昼は研究、夜はいろいろなことをしています。先日、ジャズセッションに参加して、フランス語はまだ全然わからないのですが、音楽でつながれた感覚がとても楽しかったですね。


パリに来られたことは音楽的にもすごくよくて。パリ音楽院のクレール・テゼール教授のレッスンを受ける予定もありますし、コンサートへ行きやすいのでいろいろ聴こうと思っています。研究半分、音楽半分で過ごせたら理想ですね。ただ、まだパリへ来て日も浅いのですが、既に日本食、特に白米が恋しいです…(笑)」

―既に行かれたコンサートはありますか?

「フィルハーモニー・ド・パリで、ボストン交響楽団とパリ管弦楽団の演奏を聴きました。学生だと、破格ですごくよい席がとれるんですよ! 先日ウィーンに小旅行した際にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団も聴いたのですが、フォルテの響きが本当にきれいだし、ダイナミクスの繊細さに衝撃を受けました。帰国後に演奏活動の予定も多く入っているので、引き出しを増やして帰りたいと思っています」

ボストン交響楽団の演奏

およそ4万5千人がエントリーするというピティナ・ピアノコンペティションで頂点にたったピアニスト。実際にお話ししてみると、ご自身の実績や多才ぶりを一切鼻にかけない大変フレンドリーなお人柄で、ますます魅了されてしまいました。

そしてお話しをうかがう中でもっとも印象に残ったことは、角野さんは現実主義ながらも柔軟な思考の持ち主であるということ。なるべく多くのカードをもちながら、ここぞという局面ではしっかりと取捨選択するという生き方を、ぜひ見習いたいと思いました。

コンサート告知

来年からはいよいよ、角野さんのコンサートが次々と開催されます。出演時間などの情報は追って公開される予定ですので、ぜひ今後の告知をお見逃しなく!

2019年2月19日(火)東京/Hakuju Hall1階
「Hakuju ベーゼンドルファー・サロンコンサート」

3月3日(日)福井/ハーモニーホール福井(小)
「福井支部入賞者記念コンサート」ゲスト出演

3月16日(土)大阪/ヤマハグランドサロン大阪
「YAMAHA Salon Concert in Osaka」

3月17日(日)名古屋/ヤマハグランドサロン名古屋
「YAMAHA Salon Concert in Nagoya」

3月24日(日)東京/第一生命ホール
「第42回ピティナ・ピアノコンペティション受賞者記念コンサート」

4月予定 東京/カワイ表参道コンサートサロン「パウゼ」
「Kawai Salon Concert in Omotesando」

4月16日(火)オーストリア/ウィーン国立音楽大学フランツ・リスト・ホール
「PTNA Klavierabend der Grand Prix」

5月5日(土)東京/上野学園 石橋メモリアルホール
「ピティナ・ピアノステップ上野コンチェルト」

7月15日(日)~27日(金)ポーランド/ポーランド国際音楽祭 in ナウンチェフ
「リサイタル&コンチェルト」

日程未定 東京/スタインウェイ&サンズ東京
「特級スペシャルコンサート」


角野さんの演奏はまだYouTubeでしか聴いたことがないのですが、なんてキラキラと、生き生きとした音色なんだろう! と驚き、すっかりファンになってしまいました。ついに生音で拝聴できると思うと、今からとても楽しみです。

ABOUTこの記事をかいた人

ノリコ・ニョキニョキ

COSMUSICA発起人/編集長。1989年生。ハープ勉強中。東邦大学医学部医学科中退、東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科卒業。広告代理店にてコピーライター、フリーランスのライター/編集を経て、現在は教育業界にてインハウスライター。SEO記事やWebメディアでの執筆経験多数。記名/無記名、単発/継続問わず、執筆のお仕事随時受け付けておりますのでお気軽にご連絡ください。