こんにちは。ヴァイオリン弾きの卑弥呼こと原田真帆です。今年はわたしが今住んでいるロンドンが驚異的な加速度で冬を迎え、すでにウールのコートにマフラーに手袋がないと出かけられないくらいです。去年の今頃はまだかろうじて綿コートで生きていた気がするなぁ…。
ヴァイオリンを弾く前にも、しばし暖を取ってからでないと体が動きません。ちゃんと温めてから動かさないと、体の故障の原因になりますので、みなさまも冷えにはお気をつけください。
さて、本日はソナタ第2番のフーガを見ていきましょう。
フーガの主題の長さ
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フーガといえばソナタ第1番にも登場しましたね(▷卑弥呼のバッハ探究7「無伴奏ソナタ第1番 フーガ 前編 / 後編」)。また今後登場するソナタ3番にもフーガがあります。ここでひとつ、この3つのフーガの主題の長さを比べてみます。
1番のフーガ、テーマは1小節分です。
2番は、2小節分。4分の2拍子なので、音価で数えると実際には1番と同じ長さなのに、小節数だと倍になります。
3番は4小節分です。これまた前のフーガの2倍の小節数ですね。
1番のフーガは全部で94小節の楽曲で、対する2番は289小節、3番は354小節であることから、テーマの拍の数より小節数のほうが楽曲の規模に関係すると見ました。
こう並べてみると、2番ってテーマの長さに対する曲全体の小節数がもっとも大きい値をもっているんだな、と思います。つまり3つのうち、もっとも燃費がよいフーガなのではないでしょうか。
テーマの反行形
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ソナタ1番のフーガに対して、突然の倍の規模を見せるソナタ2番のフーガ。一体何がこのフーガを高燃費たらしめるのでしょうか。
このフーガは曲の中間辺りでテーマの反行形が登場します。1番には見られません。反行形とは、テーマと同じリズムでその前後の音の音程関係を反対に動くようにしたモチーフです。つまり…こういうことです。
反行形は3番のフーガにも用いられていて、そちらはより華々しく展開します。まるで元の単語を別のボキャブラリーで言い換えるようなこの手法を使うと、音楽をさらに膨らませることができるというわけです。
このフーガにひそむ謎
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このフーガにはひとつ特大なミステリーがあります。
ある箇所で理論的には絶対にファの音がなるべきなのに、それがヴァイオリンの最低音よりも低い音のため、代わりにラの音で書かれているのです。でもこのラの音が何だかとってもミステリアスで…色気があるな、と思うんですよね。
にしてもバッハはファがほしかったのか、それともあえてラにしたのか。まさか書いていてうっかり「ああああ音がない!」なんて凡ミス、バッハはしないと思うのですよね。しかも無伴奏チェロ組曲の第5番では、ほしい音響のために調弦の音を変える「スコラダトゥーラ」を指定することを辞さない人です。もしここで本当にファがほしかったら、それくらいのことすると思うのですよね。
あえての、ラ、なのか。うーん、なんともミステリアスですね。
ミステリーはお好き?
わたしだけかもしれないのですが、ソナタ2番のフーガとソナタ3番のフーガで、1カ所すごく似て感じる部分があるんです。うっかりすると、3番を弾いていたのにその部分で2番に飛んでしまったり、あるいはその逆も…暗譜時の思わぬ罠です。
でもそれも、ちょっと意識して、遊びで似せたのではないかなと思うのですが…どうでしょうね。
実はこのフーガ、3つのソナタと3つのパルティータの中でもっとも好きな曲なので、ついついギーク気味に語ってしまいました。次回はアンダンテです。またすぐにお会いいたしましょう。
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