W.A.モーツァルトが演奏旅行で訪れた土地を巡り、そこで造られる美味しいワインをご紹介する「モーツァルトとワイン旅行」。イタリア(当時オーストリアの統治下)を旅行中の父レオポルトと息子ヴォルフガング、今回はヴェローナを出てミラノへと向かいます。
マントヴァからボッツォロ、クレモナへ
イタリア北部の街ヴェローナを出発した2人は、その南西にあるマントヴァの街に立ち寄ります。マントヴァは、12世紀に造られた人工湖に三方を囲まれた「水の街」で、のちにヴェルディのオペラ《リゴレット》の舞台にもなりました。この街で開かれた演奏会で、ヴォルフガングは自作の交響曲の演奏やチェンバロの即興演奏をおこなったほか、その場で渡された歌詞に即座に曲をつけて、自ら伴奏しながら歌うという芸を披露したそうです。
その後は、ボッツォロに一泊したあと、すぐれた弦楽器製作者が集まることで有名なクレモナに滞在。オペラを観劇するなど、それぞれの街で豊かな経験を積み重ねていきました。
すばらしい体験ができる反面、イタリア滞在にはお金がかさんだようです。レオポルトは自宅に残した妻と娘に「おまえたちを家に残してきたことをたびたび神に感謝しています」と書き送っています。手紙にはその理由として、女性たちがイタリアの寒さに耐えられないだろうという気遣いも書かれているのですが、やはり、夕食代・部屋代・薪代などがかなり高額になっていることが大きかったようです。
物価の高さにグチをこぼしたくなるのはわかりますが、楽しい経験を手紙のなかで山ほど報告しておきながら、わざわざこんなことを言うのはひどくない!? と、筆者はつい女性たちに感情移入してしまいました。
オペラの街、ミラノにて
2人はクレモナを出発し、1770年1月23日、今回の旅の目的地のひとつであるミラノに到着しました。
ヴォルフガングの充実した日々
当時からオペラの街として世界でも名高かったミラノで、2人は充実した日々を過ごします。その様子は、ヴォルフガングからナンネル宛の手紙において生き生きと描かれています。
ぼくらはオペラと、それからヴィーンのようにオペラのあとに始まる舞踏会に、たしかに6回か7回は行ったと思います。(中略)ファッキナータやキッケラータも見ました。ファッキナータというのは、大勢の人たちが荷担ぎや召使いに扮するので、見るも壮観な仮装行列です。そこには一艘の小舟があって、人がいっぱい乗ったり、また、歩いたりしていました。それから4組か6組のトランペットとティンパニ、そして数組のヴァイオリンや他の楽器もありました。キッケラータも仮装行列の一種で、今日もぼくらは見に行きます。(中略)彼らはそこでみんな馬にまたがり、ほんとうに素晴らしい光景でした。
(1770年3月3日、レオポルトからマリーア・アンナ宛の書簡における姉への追伸より)
ファッキナータ、キッケラータは、謝肉祭中に街を練り歩く仮装行列です。謝肉祭といえばヴェネツィアの仮面舞踏会が有名ですが、イタリアでは各地で、それぞれのスタイルで仮装パレードがおこなわれるのです。これらの仮装行列については、レオポルトも妻への手紙で「ちょっとした見もの」だと書いています。「みんな街に出ているか、窓から顔を出している」光景は、本当に華やかなものだったのでしょう。
いっぽうで別の手紙では、ヴォルフガングが作曲などの仕事に追われて多忙だったことも伝わってきます。
仕事にかかりきりで、すっかり混乱しています。もうこれ以上書けません。
(1770年2月27日、レオポルトからマリーア・アンナ宛の書簡における姉への追伸)
フィルミアン伯爵のはからい
ミラノでの活動がスムーズに進み、ヴォルフガングが仕事で忙しくなったのは、ロンバルディア総督カール・ヨーゼフ・フォン・フィルミアン伯爵によるサポートのおかげでした。このフィルミアン伯爵は、ザルツブルク宮廷楽団の総監督を務めていた人物の弟です。
たとえばフィルミアン伯爵の招きによって、モデナ大公一行がヴォルフガングの演奏を聴くためだけにミラノを訪れました。ヴォルフガングは伯爵邸においてモデナ大公の前で演奏したほか、大公を含む150人以上の有力貴族たちが列席する大音楽会のために、アリアを3曲とヴァイオリン伴奏付きのレチタティーヴォを1曲作曲しました。3つのアリアのうちの1つが、以下の《はげしい息切れとときめきのうちに》(K.88/73c)です(04:53:25〜)。
さらにフィルミアン伯爵は、父子が今後立ち寄る土地の貴族に向けての招待状も書いてくれました。こうした貴族たちのサポートが、イタリアでのヴォルフガングの活躍を支えていました。もちろんこれらのサポートを受けられたのは、レオポルトの人脈と根回しテクニックのおかげです。
「まじめなオペラ」の作曲依頼
ミラノ滞在中、父子にとって最も大きな収穫となったのは、フィルミアン伯爵によるオペラ・セリアの作曲依頼でしょう。オペラ・セリアとは、高貴でまじめな(シリアスな)オペラという意味で、当時のヨーロッパでは支配的なジャンルでした。
ヴォルフガングがオペラ・セリアを書くのはこれが初めてであり、かつイタリア語のオペラとしても、前々回にご紹介した《ラ・フィンタ・センプリチェ》を書いたことがあるのみ。ヴォルフガングにとって、今回の依頼はなかなか重みのあるものだったはずです。
同時に、イタリアでの息子のオペラ上演を熱望していたレオポルトにとっては、嬉しい依頼だったことでしょう。この依頼をとりつける直前に大音楽会で新しいアリアやレチタティーヴォを披露したのは、ヴォルフガングにオペラを書く力量があることの証明という側面もあったかもしれません。
実は、このオペラ・セリア《ポントの王ミトリダーテ》が無事完成・上演にこぎつけるまでには、またまた多くの障害・妨害があったのですが……これらの経緯は、また後の回で触れます。どうぞお楽しみに!
人生の喜びに満ちた泡「フランチャコルタ」
さて今日も、ワインをご紹介する時間がやってまいりました。今回モーツァルト父子が訪れたロンバルディア地方でつくられる、イタリアを代表するスパークリングワイン「フランチャコルタ」をどうぞ!
シャンパーニュと肩を並べる上質さ
フランチャコルタは、シャンパーニュと同じ瓶内二次発酵という製法で造られるスパークリングワインです。
ミラノから車で1時間ほど、イゼオ湖南の温暖な気候と冷涼な風による絶妙な環境のもと、水はけのよい土壌でしっかりと成熟したシャルドネやピノ・ネーロ(=ピノ・ノワール)、ピノ・ビアンコ(=ピノ・ブラン)から造られます。
フランチャコルタはシャンパーニュの1/10と小さな産地。もともとの生産量が少なく、そのほとんどがイタリア国内で消費されることから、世界での知名度はあまり高くありません。しかし、繊細な味わいで和食との相性がよいこともあってか、日本にはたくさん輸入されており、比較的入手しやすいワインです。
フランチャコルタの一番の魅力は、誰もが好きになるような生き生きとした明るい果実味。そのキャラクターは「人生の喜びに満ちている」とも表現されるほどです。
Franciacorta Brut Teatro Alla Scala Edition(Bellavista)
今回ご紹介するフランチャコルタは、「イタリアの奇跡」とも呼ばれる名門ベラヴィスタが、ミラノ・スカラ座に捧げるスペシャル・エディション! ベラヴィスタはスカラ座とパートナーシップを結び、上演プログラムの企画などにも積極的に関わっている生産者です。
6年にもわたる長期熟成を経て、完璧なハーモニーが生み出されています。極めて繊細な美しい泡。白桃や洋梨のコンポート、爽やかな柑橘類、ブリオッシュ、蜂蜜などが織りなす複雑でなんとも気品のある香りと味わい。中盤からはバターナッツのような香ばしさと微かな苦味、スパイスのニュアンスが加わり、長い余韻となって伸びていきます。
通常版と比べて、このワインには確かに「オペラ感」がある! と思わず唸らされたスペシャル・キュヴェ。音楽モチーフをあしらったおしゃれな特別ボックスに入っています(デザインはヴィンテージによって異なります)ので、クラシック音楽を嗜む方へのプレゼントにも最適。コンサートのオンライン配信のおともにしてもよいですね。
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