卑弥呼のバッハ探究8「無伴奏ソナタ第1番 フーガ 後編」

こんにちは! ヴァイオリン弾きの卑弥呼こと原田真帆です。

わたしのYouTubeチャンネルにはバッハの無伴奏ソナタ第3番のフーガがアップしてあるのですが、先日まだ会ったことがない方とメールでやりとりをしていたら「あなたのバッハを聴いたよ!」と言ってくださり、嬉しく思いました。 動画をアップロードすることは非常に勇気がいることですが、地道に積み重ねていけば、見てくれる人がいるのだなぁと改めて感じ、この連載のバッハのショートムービーを絶対に完遂させるぞ、とふたたび決意したのでした。

さて、今日は前回に引き続き無伴奏ソナタ第1番のフーガを取り上げます。

アルペジオ、どう弾く?

35小節目からはヴァイオリンという楽器で鳴らすには不可能な和音の書き方がなされています。この楽譜通りに弾くならオルガンを使ったり、複数の楽器で奏でる必要があります。

この箇所においてこの和音はアルペジオにして、つまりは和音をヴァイオリンて弾ける形にして奏することを意味していて、弾き方がいくつかあります。動画では3種類弾いてみました。

1つ目は、常に2音ずつ重ねていく重音アルペジオ。2つ目は、なるべく譜面の記載に近づけた弾き方。そして3つ目は、完全に一音ずつ分散させたアルペジオ。 おそらくもっともメジャーなばらし方は重音アルペジオ方式です。インターナショナル社が出版しているヨアヒム・エディションを見ると、このタイプのばらし方が例として示されています。

手元にある音源を聴き比べてみると、たとえばシェリングは1つ目の弾き方、グリュミオーは2つ目の弾き方をしています。バロック・ヴァイオリンの演奏だと、古楽器によるバッハの録音を世界で初めておこなったルカは2つ目の弾き方、現在日本を代表する古楽器奏者の寺神戸亮さんが3つ目のアルペジオで弾いています。

この和音の弾き方において、絶対的正解はありません。あえて言えば、自分でいろいろ聴いてみて、試してみて、一番自分の理想の音が出る奏法を探していくのが正解なのでしょう。ちなみにわたしは今のところ3つ目の完全アルペジオ式で弾いています。ちょっとニッチな弾き方です。

四重の和音を弾く

このフーガにおけるクライマックスは55小節目からのくだり。ここからひとつずつ声部を重ねて、58小節目では4本の弦全てを使ってテーマを奏でます。ここは技術的に和音を弾くのが難しく、音が潰れやすく、かつ重たくなりがちなのでつらいところです。

音が潰れる原因としては、まず弓の圧力過多の可能性、次いで弓の圧力のわりに動かす速度が速すぎる可能性、そして弓が弦にしっかり着地していないうちに “見切り発車” している可能性が挙げられます。

そして使う弦が増えるということは、弓の軌道のカーブが増すために、物理的に時間がかかります。これに負けるとテンポが遅くなってしまうので、曲の速さは保ちつつも、和音をリッチに鳴らせるポイントを探します。

主唱がベースにいる

さて、74小節目からはストレッタといって、日本語では切迫部という、いわばラストスパートをかける箇所です。これはテーマを歌い切らないうちに別の声部のテーマが奏でられていくことで、だから “切迫” なのです。

このフーガにおいて、82小節目からは主唱が最低音部に出てきます。これは必ず「上から弾くか下から弾くか問題」が発生します。わたしは自分の好みとしては断然「下から弾く派」なのですが、今回は試しに両方弾いてみました。

ところで2018年現在の世界的な主流は、圧倒的に下から弾くバージョン。メジャーな国際コンクールで審査員をしている某先生は「上から弾くのはナンセンス」と発言しているそうで、その教授のいる学校ではどの先生も「下から弾く」指導をするようにしているのだとか。また某ご長寿な巨匠も、あるマスタークラスのときにこの件について「バッハの和音は下から」と言及していたそうで、だから近年の国際コンクールだと上から弾く人はあまりいないでしょうね。

と言っても、ほんの数十年前には「上から弾く派」がそこそこ多かったので、今先生をなさっている世代の方々で「自分の先生が上から弾く派だった」という方も少なからずいらっしゃるはずです。その教えを受け継ぎ、ご自身も上から弾くよう指導される場合もあると思います。

シェリングの録音なんかを聴くと上から弾いていますね。最終的には「美しくてかつテーマが聞こえるなら手段は何でもいい」のだろうなとは思います。

4拍子ということ

2週にわたりフーガを見てまいりました。わたしは前回、曲としてはよっぽど大規模なソナタ2番や3番のフーガの方が、1番よりも弾きやすく感じると書きましたが。これは拍子の影響もあるのだと思います。

ソナタ2番は4分の2拍子、ソナタ3番は2分の2拍子。けれど1番って4分の4拍子なんですよね。「えー、2分の2拍子って4分の4拍子と1小節の長さは一緒やん、何が違うねん」と言われそうですが、手で拍を取ってみてください、純粋に、2拍子より4拍子のが数が多くて疲れませんか。 曲は短いし、テーマの長さだって最小なのに、何となく息切れする感じを覚える理由は、そこにあるのだと思います。

それでも、この連載のために久しぶりに練習してみたら、昔挑戦したときよりもいくらか余裕を持って弾ける気がしました。何だかこの曲も改めて本番で弾きたいなと思いましたね。

次回は美しい美しいシチリアーノをば。どうぞお楽しみに!

ABOUTこの記事をかいた人

原田 真帆

栃木県出身。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校、同大学器楽科卒業、同声会賞を受賞。英国王立音楽院修士課程修了、ディプロマ・オブ・ロイヤルアカデミー、ドリス・フォークナー賞を受賞。2018年9月より同音楽院研究課程に進学。第12回大阪国際音楽コンクール弦楽器部門Age-H第1位。第10回現代音楽演奏コンクール“競楽X”審査委員特別奨励賞。佐々木美子、山﨑貴子、澤和樹、ジェラール・プーレ、小林美恵、ジャック・リーベックの各氏に師事。弦楽器情報サイト「アッコルド」、日本現代音楽協会HPにてコラムを連載。