卑弥呼のバッハ探究6「無伴奏ソナタ第1番 アダージョ」

新年あけましておめでとうございます。ヴァイオリニストの卑弥呼ことはらだまほです。

新しい年ということで、本日からはこの連載も新しい曲に移ります。パルティータ第3番に続いて取り上げるのはソナタ第1番です。卑弥呼のバッハ探究において初のソナタ。わたし自身、パルティータ第3番の次に学んだのはこのソナタでした。

ソナタとは…?

そもそもなぜこの無伴奏作品にはソナタとパルティータがあるのでしょうか? それを理解するためには、少し音楽史の背景を押さえる必要があります。

バロック音楽の時代には、器楽が非常に発達しました。この時代のソナタとは広く器楽曲のことを意味していて、中でも教会ソナタ室内ソナタというふたつの形式がありました。教会ソナタはその名の通り教会で奏でるための曲で、ゆったり系の曲速い系の曲交互に配置した計4曲を有し、その多くは2曲目にフーガを取り入れました。室内ソナタのほうは、主に室内=宮廷で演奏するための曲で様々な舞曲をまとめた組曲となっていました。これがのちにパルティータと呼ばれるようになります。

さて、もうおわかりですね? つまりバッハの「無伴奏ヴァイオリンのための3つのソナタと3つのパルティータ」は、ソナタが教会ソナタの形式を取っていて、パルティータが室内ソナタのスタイルにのっとっているということです。

当時は音楽というとまだまだ神様あるいは王様への捧げ物。音楽が民のものになるまでには、もう少し時間を要します。

バッハが書いた装飾

さて、話を無伴奏ソナタに戻すと、ソナタ1番と2番は1曲目がよく似ていて、というのはどちらも装飾祭りになっています。

どういうことかと言いますと…どちらも共通で、曲の基礎はコード(和音)で構成されていて、そのコードを装飾でつないでいます。ある意味では、我々が馴染みやすいロマン派の楽曲における旋律(メロディー)のようなものは、ないと言えるかもしれません。

楽譜を見れば一目瞭然ですが、旗がたくさんついた細かい音はすべて装飾音です。和声の構成音だけで話をすれば、これらの装飾音はすべて前後のコードに集約できます。バロック時代の人は、和音だけ書いてあればそれは上手に装飾音を入れることができました。なんせそれを奏でられることこそが音楽能力だったからです。

現代のわたしたちにはありがたいことに、バッハは装飾音をどのように入れるべくか一音一音レベルで全て書き残してくれました。初めてこの曲の譜面を開いたときには、一瞬「譜読みめんどくさい…」と思うかもしれません。しかし実はこの装飾音が書いてないほうがよっぽどめんどくさい、おっと、工夫が必要なんです。

この1番のソナタはト短調という調性を持っていて、これはわりとシリアスさや厳かさを持った調です。アダージョ自体は遅いテンポの中でも比較的リラックスした性格ですが、ト短調のアダージョ、と考えると、ゆったり穏やかというよりは、どっしりシリアスでしょう。シャレではありません。

にしても装飾祭りは拍子感を保つのが難しく感じるはず。どんなにゆったりしたテンポでもあくまで4拍子です。8拍子になってもいけないし、早すぎると軽率な感じになります。もちろん細かい音符たち=装飾音は、あたかも即興で入れたかのような自由な音の流れが必要ですが、まずは正確なテンポを覚えるべくメトロノームにお世話になりましょう。自由に弾くのは、楽譜通りに弾けてから。そうでないとテンポが崩れていく一方なんです…(経験アリ)。

ナポリの6

このアダージョが美しいのは5小節目。ここで使われる和音がすてきなんです。

これはナポリの6度と言いまして、「短調のⅡ度の根音を半音下げると生まれる長三和音の第一転回形」の和音が “ナポリの6度” と名付けられています。

ナポリの6度は、本来の短調なら鳴らないはずの明るい響きを作るので、この和音には神々しさのようなものが宿ります。わたしは “夏でもひんやりとした薄暗い教会の中にふと日差しが入った” 情景を思い浮かべますが、これはみなさんそそれぞれのイメージで、何かしら特別なサウンドを探してみてください(後半にももう一度出てくるので探してくださいね!)。

どのように曲を締めるか

この曲は、二部形式のようにも、のちに生まれるソナタ形式の前身のようにも取れる、とわたしは考えていますが、とにかく、最後の何小節はコーダ、日本語で言う結尾部ということは間違いありません。

とりわけ最後の小節においては、装飾音の処理をどうしたものか、わたしは初めて勉強したときに大いに悩みました。今のところは自分の持っているテンポ感との折り合いがついたのでほとんどストレートな速さのままに終えることにしていますが、もしかしてもっと大人になったときにはまた解釈が変わるかもしれません。

シンプルさゆえの難しさ

以前6つの無伴奏作品の中ではパルティータ3番の「ルール」が最も苦手と書きましたが、次に苦手なものを挙げると実は「ソナタ1番」なんです。高校時代に初めて取り組み、実は以後まともに弾く機会がなく、今回久しぶりに向き合いました。本番でバッハを弾く際はほかの得意なナンバーを選びがちで、ついこのソナタを避けてしまっていたのです。

個人的にはソナタ2番のほうが取り組みやすく感じていて、なぜだろうと考えてみたところ、ソナタ1番のほうがよりシンプルだからではないか、と思いました。曲の規模は2番のが大きく、比べると1番は質素で、だからこそ音楽的要素が集約されていて、ごまかしがきかない感じがします。まぁごまかしがきくバッハなんてないのですが。

ちなみに新年1本目ということで、ちょっとおめかしして動画を撮ってみました。はやりのキャリアウーマンではありませんよ! 本人は永遠の銀幕のスター、オードリーをまねたつもりです。

次回はフーガです! 一生懸命練習しますので少々お待ちくださいね!(汗)それではまた次回。

1 個のコメント

  • […] さて、このバッハのヴァイオリンのための無伴奏ソナタは教会ソナタの形式で書かれていることは、第6回でお話ししたと思います。教会ソナタは緩-急-緩-急といった具合に、ゆったりした楽章に始まり、速いテンポの曲で終わりますので、このソナタ第1番も名前の通り「プレスト(急速に)」な楽章で締められます。 […]

  • ABOUTこの記事をかいた人

    原田 真帆

    栃木県出身。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校、同大学器楽科卒業、同声会賞を受賞。英国王立音楽院修士課程修了、ディプロマ・オブ・ロイヤルアカデミー、ドリス・フォークナー賞を受賞。2018年9月より同音楽院博士課程に進学。第12回大阪国際音楽コンクール弦楽器部門Age-H第1位。第10回現代音楽演奏コンクール“競楽X”審査委員特別奨励賞。佐々木美子、山﨑貴子、澤和樹、ジェラール・プーレ、小林美恵、ジャック・リーベックの各氏に師事。弦楽器情報サイト「アッコルド」、日本現代音楽協会HPにてコラムを連載。