こんにちは、ヴァイオリン弾きの卑弥呼こと、原田真帆です。
平成が終わり、ついに令和が始まりましたね。このコラムでは本日からソナタ第3番に参ります。いよいよ無伴奏ヴァイオリンのための6つの作品、この連載における最後の曲です。ゴールは目の前…! 最後までていねいに探究していきましょうね。
ハ長調とヴァイオリン
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この曲は圧倒的ハ長調。ところで以前、ヴァイオリンを始めたばかりのお子さんのお母さまから、こんな質問を受けたことがあります。
「ピアノだととりあえずハ長調から始めますよね? でもヴァイオリンって最初からシャープとか付いちゃうんですか? それって難しくないんですか?」
お答えしましょう、ヴァイオリンという楽器は開放弦(弦そのものが持つピッチ、指で何も押さえない状態で鳴る音)に「ド」の音がありません。ハ長調の音程を作るよりも、開放弦にある「ソ」「レ」「ラ」「ミ」がつかさどる調、つまりト長調やニ長調、イ長調、ホ長調のほうが響きを作りやすいのです。今挙げた調はいずれもシャープを使う調性であります。
ちなみにヴィオラとチェロはC線(開放弦がド)を持つので、たとえばアンサンブルをするときには、ヴァイオリンはそれらの楽器に“正しいド”の音程を教えてもらいます。ではこの曲のように助けを得られないときは…? その場合はG線(ソの弦)にがんばってもらいます。開放弦のソにマッチするドの音を作ることで、わたしたちはハ長調を奏でられるのです。
しつこいほどのリズム反復
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この曲はしつこいほどに、付点八分音符と十六分音符のペアを繰り返します(むしろそればかり)。楽譜をご覧ください、一見するだけなら、なんともシンプルでしょう?
でもこの曲に恐れおののくヴァイオリン奏者は少なくないはず。まず同じリズムが反復するときに怖いのは、冗長な音楽になってしまうこと。それでいて、あまりに不均一だとちぐはぐに聞こえてしまいます。加えて、なだらかに弾きたい場面にありながら、ヴァイオリンでは一度に鳴らしきることができない三和音・四和音をこの通り多数抱えております。
この曲、楽譜にしてたったの1ページではありますが、譜読みを始めた瞬間に、皆おそらく3小節目で一度挫折を迎えるはず。一番上の旋律線は何でもない音なのですが、下の和音がささやかに変化していて、こちら、運指にするとヴァイオリンのウィークポイントをガンガン突いてくるのです。でもどうか、挫折しそうになったら一度楽器を置いて、お気に入りのヴァイオリニストの音源をかけながら、この曲の美しさを思い出してください。
“シャコンヌ”のあとで
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ソナタ第3番は、パルティータ第2番の次の作品番号を持っています。つまりもしバッハの無伴奏作品を全て続けて弾いたら、このアダージョはシャコンヌの次に来るのです。
6つの無伴奏作品は、その半数以上の4つが短調で、そしてソナタ3番とパルティータ3番は長調で書かれています。器楽曲のための作品をたくさん書いたと言われる時期にあって、バッハはどういった心境で調を選んだのでしょうか?
かつてわたしが師匠から聞いた話ですが、バロック時代において、調性に色を定義する議論が起こったそうです。その議論では、主音がドの音に近い調性ほど大地の色に近いそうで、つまり自然界のそれぞれのものがどの高度に存在しているかを鑑みて、その高さに音を当てはめていったようです。わたしはつい鍵盤に色鉛筆の配置を重ねてしまうのですが、それも個人的な色彩感覚だったのだと、その話を聞いたときに思ったものです。
ゆえにわたしにとって、ハ長調は色鉛筆のもっとも左側に置かれることが多い「赤」に重なるのですが、この曲だったら赤は赤でも、レンガ色に近いような、温かみのある色を選ぶだろうなと思いました。シャコンヌという“己との闘い”を終えたあとは、きっと暖をとって休みたいだろうという心理もあります。
もっとも長大なフーガへ
そしてこのアダージョはフーガにほぼノンストップで続きます。attacca(続けて弾く)の指示はありませんが、アダージョの終わりの和声がドミナントという機能を持つ和音で作られているのがその理由です。ドミナントはトニック(主音をつかさどる和音)に接続しなくてはならない運命を背負っているので、止まることができないのです。
このドミナントを待ち受けるのは、実はシャコンヌよりも多い小節数を持つフーガ。次回はこの350小節超の怪物を取り上げたいと思います。どうぞお楽しみに!
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