こんにちは! ヴァイオリン弾き卑弥呼こと、原田真帆です。
前回のコラムで「ロンドンはまだウールのコートが手放せなくて…」などと書いたら、その翌日に突然の29度を記録、なんと4月に29度を記録したのは1949年以来のことなんだとか。いく日か夏日を記録したのち、現在は本来の5月らしい気候に戻りました。
さて、本日はソナタ1番の終曲、プレストです。
教会ソナタの終曲は速い
さて、このバッハのヴァイオリンのための無伴奏ソナタは教会ソナタの形式で書かれていることは、第6回でお話ししたと思います。教会ソナタは緩-急-緩-急といった具合に、ゆったりした楽章に始まり、速いテンポの曲で終わりますので、このソナタ第1番も名前の通り「プレスト(急速に)」な楽章で締められます。
バッハの速い楽章というのは、鍵盤楽器の音楽を大いに連想させる音型が出てきます。そのため、弦楽器にとってはいささか演奏が難しい箇所も出てきます。この壁を突破するためには、ひたすらゆっくり練習することを強くおすすめしたいです。
ゆっくり練習するときは、下半弓のみを用いることで右手に強めの負荷をかけると、弓の重心をより感じることができます。そのためどのように弓をコントロールすべきなのか学ぶにはこの方法が最適です。ゆっくり練習って弾いている最中はとてもジリジリするのですが、わたしの先生は「速く50回弾くよりも、遅く1回弾いたほうがよっぽど早く習得できる」といつも言います。
ゼクエンツで波を作る
さて、ゆっくり練習が済んだら…本来の速度、解禁です!
6つの無伴奏ヴァイオリン曲の中でも、このプレストの疾走感は特筆に値します。その度合いはおそらく、無伴奏パルティータ第1番のコレンテと一、二を争うでしょう。
この手の速い楽曲で大切にしたいのは、音型で波を描くこと。音価が細かい分、音程の高低差がかなりの急展開で繰り出されます。そのジェットコースターのような動きを楽しむことが、速い楽章を “ただの無窮動” に終わらせないポイントかなぁと思います。
音の波を特に作りやすいのが、ゼクエンツと呼ばれる反復進行の部分。ある音型を、キーを変え二度三度…と繰り返し奏でていく箇所です。キーが変わるごとに「色を変えて」とはよく言われることですが、なにか表情をつけていけたらよいですよね。
リズムで遊ぶ
ゼクエンツが面で音楽を描くものだとしたら、リズムは線や点で音を魅せるものだと言えるかもしれません。このプレストのように同じ音価が続く曲において、リズムを作るのはアーティキュレーションです。
アーティキュレーションとは、スラーや強弱や音の切り方やら何やら…音の個性を作ることです。試しにウィキペディアをのぞいてみたら「音の形を整え、音と音のつながりに様々な強弱や表情をつけることで旋律などを区分すること」というすてきな定義が載っていました。
この曲はスラーや音型でいろいろなリズムの図形を生み出しています。それはときに小節を越え、2小節またいで大きな3拍子を歌う “ヘミオラ” というリズムも用いられます。こうした “遊び” を奏者自身が楽しむことで、音楽は生き生きとしたものになるはずです。
バッハはこの速い楽章で、リズムを工夫することで突出して聞こえる音を配置し、まるで対位法で書かれた曲のように聞こえるという耳の錯覚を仕掛けています。譜面上はポリフォニーの音楽には見えませんけれど、もしかして一度対位法を使って音楽を書いたあとに、音を省いていって暗号のような音楽にしたのかなぁ…なんて想像したこともあるのですが、真相は彼のみぞ知る、ですね。
ソナタの旅を終えて
これにてソナタ第1番は終わります。以前も書きましたが、わたし自身はこの曲としばらく距離を置いていました。改めて4つの楽章を眺めながら、かつては見えなかった美しさや均整のとれた構造に魅せられます。最初に勉強したときは難解に感じて、「嫌いではないけれど、好きになることが少し難しい曲かもしれないな」などと思ったものでしたが、今弾いてみると当時は見えなかったチャーミングな一面も知った気がします。
次回からはパルティータ第2番を取り上げようと思います。こちらはかのシャコンヌを含む組曲。少し大変な道のりになりそうですが、まずは冒頭のアルマンドからじっくりいきましょう。それではまた次回!
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