卑弥呼のバッハ探究5「無伴奏パルティータ第3番 ブーレ、ジーグ」

こんにちは! ヴァイオリニストの卑弥呼ことはらだまほです。

今日はパルティータ第3番より、ブーレとジーグを。つまり今日でパルティータ3番が終わりです(やったね)。終始ホ長調に徹するこの組曲、明るさはそのままに、さわやかに締めましょう!

2拍子の踊り、ブーレ

ブーレとは、2拍子系で速めのテンポを持つ舞曲です。2拍子系の舞曲というとガヴォットが記憶に新しいですが、ブーレとガヴォット、最大の違いは始まり方。ガヴォットは1拍分のアウフタクトがあるのに対し、ブーレは半拍分の弱起を持ちます。

「アウフタクトの長さが違う」ということは、どういう効果を生むと思いますか? 両方弾いてみると、弱起の短いブーレの方が、勢いがあると思いませんか?

アウフタクトというものは、その前にあるはずなのにない拍を感じて弾いてこそ効いてきます。弓矢を想像してください。矢を引き弓をしならせる時間が長いほど、速くて鋭い矢が飛びます。たとえばこのブーレなら、四分音符3つ分の “ため” があるから、実際に音が鳴ったときにスタートダッシュを切れるわけです。

このブーレは基本的に明るく元気に弾ければよいと思いますが、5小節目や21小節目などは、弓の配分に少し頭を使いますね。これも、前回のメヌエットに同じくゆっくり練習で自分が快適に弓を運べるポイントを探すのが有効でしょう。

このジーグも2拍子系だけど

終曲ジーグもブーレと同じく2拍子系の踊りではありますが、こちらは8分の6拍子なのが特長です。ちなみに8分の9拍子や8分の12拍子のジーグもあります。そう、むしろ2拍子系というより複合拍子系です。

一見単音だらけで簡単そうと思われるかもしれませんが…実はこう見えて複数の声部の存在をにおわせるのが、バッハのにくいところ…!

たとえばこの後半がわかりやすいですね。ひとりで単旋律を弾いているのに、多声音楽のように複数のパートが感じられます。そんなシーンに遭遇すると、わたしはいつも卒業式の呼びかけを思い出します。

「いつもわたしたちを」
「あたたかく見守ってくださった」
「先輩方!」
「ご卒業、おめでとうございます」
「これからも、夢に向かって」
「まっすぐ、がんばってください!」

…といった類のセリフをいくつかに分けて、複数の人の声で文章をつないでいきますよね。ちょうどこのジーグも、いくつもの声部にまたがって旋律が紡がれていきます。旋律が文章なら、呼びかけの担当者は、文が途切れないように絶妙なタイミングでセリフを読んでいかねばなりません!

我々はひとりで全ての音を弾いているわけなので、誰かがセリフを言い始めるタイミングが遅くなって文章が途切れる、なんてことは起こらないのですが、反対に、あたかも何人もの声を使っているように弾いていくことで、多声音楽のように聴かせることができると思います。

全体のバランスとは

5回にわたって、プレリュードからジーグにわたる6つの舞曲をたどってきました。ここでこの組曲全体を見渡してみましょう。

  • プレリュード:急
  • ルール:緩
  • ガヴォット:急
  • メヌエット:緩
  • ブーレ:急
  • ジーグ:急

わりと軽快な性格の舞曲が4つ、そして穏やかな性格の舞曲が2つ。こう並べてみると、軽快なほうの舞曲の中でもジーグがもっとも速くて、4つの中ではガヴォットが比較的落ち着いたテンポであることや、けれどもそんなガヴォットはもっともゆったりとしたルールのすぐあとに位置すること…などなど、相関関係が見えてきますね。

この組曲が持つ、ほかのパルティータにない特色は、まず序曲(プレリュード)があること、長調であること。そして最大の特長は…各舞曲のタイトルに隠されています。

楽譜を開いてみてください。このパルティータ第3番は、すべての曲のタイトルがフランス語で統一されています。これが意味すること、それはどれもフランス王宮で愛された舞曲だということです。

あえてイマドキっぽい言葉で言うと、このパルティータは「バッハがフランスっぽい舞曲をまとめてみた!」といったところ。実はほかのパルティータに関してもきっちり言語を書き分けているので、ぜひ比べてみてください!

以上、パルティータ第3番でした。次回からはソナタ第1番に参りたいと思います。またすぐにお会いいたしましょう。みなさま良いお年を…!

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栃木県出身。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校、同大学器楽科卒業、同声会賞を受賞。英国王立音楽院修士課程修了、ディプロマ・オブ・ロイヤルアカデミー、ドリス・フォークナー賞を受賞。2018年9月より同音楽院博士課程に進学。第12回大阪国際音楽コンクール弦楽器部門Age-H第1位。第10回現代音楽演奏コンクール“競楽X”審査委員特別奨励賞。弦楽器情報サイト「アッコルド」、日本現代音楽協会HPにてコラムを連載。