卑弥呼のバッハ探究19「無伴奏ソナタ第2番 アンダンテ」

こんにちは、ヴァイオリン弾きの原田真帆です。ついに師走ですね。平成最後というフレーズの多用は好きではないのですが、それでも自分が生まれた元号が終わるというのはいくらか感慨深いです。平成最後の年末、みなさまがつつがなくお過ごしになれますようお祈りいたします。

さて、本日取り上げるのは、無伴奏ソナタ第2番 アンダンテです。

たくさんの声部

 

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この曲はホモフォニーといって、主となる旋律と伴奏のパートとで成り立っています。旋律楽器であるヴァイオリンにとって、ホモフォニーの音楽というのはとても馴染み深いものですが、この曲ではひとりで伴奏も担うわけで、ヴァイオリンひとりでここまでたくさん伴奏の音を奏でる曲も珍しいのではないかと思います。

一見美しくてゆったりしていて毒がなさそうな曲ですが、そんな伴奏パートのせいで複数の弦を絶妙にあやつる技術が求められ、これが『太鼓の達人』でいうところの鬼。鬼中の鬼。いっそフーガのように要所要所で和音をじゃらんと鳴らせるほうが楽なんですけれども…!

とりわけ難しいのが、複数の弦を鳴らしながら、その音量のバランスをとること。主旋律を邪魔せず、うまくアシストできるように和音を鳴らすために、弓の角度や重さのかけ方で慎重に調整します。

この曲の特別感

 

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6つのバッハの無伴奏ヴァイオリン作品の中で、この曲が一番好きだと言う方も少なくなく、一方でこの曲が一番難しいとおっしゃる方もいます。いずれも “この曲は特別だ” という思いから生まれてくる言葉だと思うのですが、ではこの曲の特別さってなんだろうと考えます。

その個性を見出すために、またここでほかのソナタに登場してもらいましょう。ソナタ第1番の緩徐楽章は “シシリアーナ”、ソナタ第3番は “ラルゴ” です。3つ並べてみると、個人的な印象ですが、このアンダンテだけ雰囲気が異なる気がします。

内向的というか、内省的というか…でも何かとても慈愛に満ちた響きを感じますけれど、確かにそんな音を作るのって簡単ではないので「この曲が一番難しい」というのもうなずけます。

掛留音(けいりゅうおん)の美しさ

 

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この曲の美しさを語る上で欠かせないのが、掛留音のことでしょう。後半に多く登場する手法で、前の拍から伸びている音に、新しい拍の音をあえてぶつけて不協和音を作ります。一瞬すれば前の拍から伸びる音が別の音に移って不協和の状態は解消されるのですが、だからこそそのほんの一瞬の濁りが何とも美しいのです。

美学という学問の考え方によると、人は本当に完璧で歪みのない美には惹かれないそうで、少しだけ歪みのあるものに魅せられるそうです。完璧な黄金比を持つ顔立ちは印象に残らない、という話はまさにこのことに通じています。

バッハは不協和音の使い方が上手で、それは黄金比を絶妙に崩すことに長けているということだと言えます。ちょっと胸がきゅっと痛む感覚にも似た掛留音をもっとも楽しめるのは、このヴァイオリンのための曲集の中だったら間違いなくアンダンテでしょう。

つかの間の休息

短調のソナタだと3楽章の緩徐楽章が長調なのがすてきですよね。もちろん全部長調なソナタ3番も美しいのですが、短調と長調が並ぶと、フェルメールの絵画のような光と影の陰影を感じます。

さて、次回はソナタ2番の終曲、アレグロの回です。今年中に終えられそうですね! またお会いいたしましょう。