卑弥呼のバッハ探究15「無伴奏パルティータ第2番 シャコンヌ 分析編」

こんにちは、ヴァイオリン弾きの卑弥呼こと原田真帆です。

本日はいよいよ皆さまお待ちかねのシャコンヌです。実はこの曲、譜面にはイタリア語表記でチャコナと書いてあるんですよね(でもとっさにチャコナと言ってもあまり通じなそう…)。言わずもがな名の知れた楽曲です。

かなり緻密に書かれたこの楽曲、まず弾く前に楽曲分析をすることが演奏の助けになると考えたわたくしはこの度、この連載の禁じ手とも言えるデモ演奏なしの回を敢行しようと思います!(逃げたな)

アナリーゼをしましょう

まずシャコンヌという舞曲についての基礎知識を押さえましょう。シャコンヌ(または伊:チャコナ)とは16世紀のスペインを端に発した3拍子の舞曲で、大元の由来は中米説があり、この点ではサラバンドによく似ていますね。

たっぷりとした衣装で踊るのが当時のスタイル

今日ではパッサカリアもほぼ同義とされます。ただバッハやヘンデルは明確にシャコンヌとパッサカリアを分けて考えていたようです。またバロック時代にはフォリアという変奏曲の形式もあります。この3つはどれもスペインで発展を見せ、ゆったりとした3拍子の舞曲という点でもよく似ていますので、ここで違いを押さえましょう。

シャコンヌの特徴は、冒頭に示した和声進行を楽曲全体を通じて繰り返し続けること。一方パッサカリアは冒頭に打ち出したベースライン、つまり一種の旋律を繰り返し、その上に重ねるパートで変奏していきます。

そしてフォリアはパッサカリアによく似ていますが、フォリアには決まったベースラインが存在していて、これを用いて変奏をおこなうとフォリアになります。変奏曲というのは作曲の腕をふるうにはうってつけの題材なので、いずれの楽曲も舞曲から器楽曲の一形式へと発展しました。

このことを踏まえた上で、本日の主役であるチャコナを見てみますと…冒頭の不完全小節を含め、最初の8小節がこの曲のテーマです。そしてこの曲は、テーマを実に30通りに変奏するのです。

このシャコンヌはその知名度ゆえに、高すぎて頂の見えない峰のように感じる人も多いと思うのですが、まずはシンプルに分解してみると、少しは弾いてみるor聴いてみる勇気が出てきませんか? そうです、テーマを約30回繰り返せばいいんですよ!(それだけじゃ済まないから大変なんだってば…)

シャコンヌってどんな踊り?

ところでシャコンヌってどんな踊りなんだろう、という疑問を抱いていたところ、偶然こんな動画を発見しました。こちらはフォリアですが、シャコンヌも似たような雰囲気をもつことが推測されます。ちなみにこの楽曲はヴァイオリンおけいこにすとには定番の、コレッリ『ラ・フォリア』ですね。

歩くくらいの、けれども決して遅すぎないステップに、手の動きがなんとも甘美です。またこの動画の後半で、騎士(ナイト)が登場して剣を交えるシーンが出てきます。わたしは見ながら「これは何か物語があるということか!」と気づいて慌てて初めから見返した次第です。

同じ団体の動画で、パッサカリアもあったのでご紹介したいと思います。

こちらは結構跳びます。テンポは比較的軽快ですね。どちらの動画も、このふわっとしたスカートが印象的な衣装に魅せられます。この当時の衣装は機能面で不便そうに思える部分もたくさんありますが、踊ったときに衣装が生む効果に、不便の理由を見た気がします。

定番のステップにアレンジを加えていくという点で、踊りと変奏曲って相性がいいなぁ、としみじみ思いました(バロックダンスの動画をひとつ見始めると止まらなくて、今困っています)。

シャコンヌを数字で見てみる

さて、バッハの楽曲に話を戻しましょう。シャコンヌはそのスケールの大きさもしばしば語られますが、実際にそんなに規模が大きいのでしょうか。小節数を見てみますと257小節、これはソナタ第2番のフーガが289小節、ソナタ第3番のフーガが354小節であることを考えると、極端に大きな数字には感じられません。まあ弾けば15分ほどかかるんですけどね

とはいえページを二度三度とめくらないと弾けないこの曲に向き合うのは、かなりガッツがいることです。ましてどのように音楽を構成していったら良いのかと考えると、譜読みし始めは気が滅入るかもしれませんね。

わたしの譜面です

そこでまずはわたしは8小節ごとに区切って、主題のあとに始まる変奏に1から30までの番号を振ってみました。

すると気付いたのが、ニ短調のこの曲がニ長調転調する場所が、ちょうど真ん中にあたる16回目の変奏が始まるところという事実! この箇所はまるで天使が舞い降りたような神々しい響きをもちますが、これが楽曲の真ん中とはなんと美しいことでしょうか。となれば、これはテーマの番号ごとに山や谷を作っていったら、手っ取り早く譜読みができるぞ…! と卑弥呼は考えたわけです。

そんな卑弥呼は現在絶賛譜読み中です。この曲はより詳しく分析していくと、この手のさまざまな仕掛けが満載なのです。バッハは楽曲の中に数字を埋め込むことを好みまして、旋律やゼクエンツを繰り返す数や、音程を使って数遊びをしています。残念ながらこの問題集には解答冊子がないので、残された人類は全ての仕掛けを知ることはないんだろうなぁ、と思うと、なんとも悔しいです!(笑)

なぜこの曲は有名なのか

なぜこのシャコンヌは、こんなにも有名になったのでしょうか。

まず楽曲の構成が非常にスマートにできています。一曲にこれだけ計算が尽くされているだけでも、ものすごいことです。加えて、ともすれば退屈なものになりかねない同一テーマの繰り返しを、ヴァイオリンの特性を生かした見事な装飾で彩っていくさまは、作曲家としての手腕の高さの証です。

そして何より、この曲が広く世に知られているのは、その “ストーリー” もまた大きな要因のひとつでしょう。

ライプツィヒにあるバッハのブロンズ像

バッハは生涯で2人の夫人がいました。最初の奥さんであったマリア・バルバラはどうも “はとこ” のようです。彼女との間には7人の子を授かり、うち4人は幼いうちになくなりましたが、2人は現代まで功績が残る作曲家となっています。

しかし結婚して10年を過ぎた頃、なんとマリア・バルバラは突然亡くなってしまいます。それは1720年のことで、このシャコンヌが作曲されたのも同じ年です。

マリア・バルバラの死因は不明ですし、はっきりと彼女の死とこの作品の関連性を示す記述があるわけではありませんが、彼女の死の影響が音楽に出ないというほうが不自然ではありませんか。そのあまりに決然としていて神々しい響きは、運命に向き合い受け入れようとする過程で生まれたものなのでしょう。

実はわたしがずっとこの曲を弾いていなかった理由はそこにあります。身近な存在の死を経験したことがないわたしには、まだその音楽が表さんとすることがわからない、だからこれは “死” を知ったときに弾くとしよう、と心に決めていました。あるいは、あまりに人気曲でもあるので、世間の風潮に対する天邪鬼的な気持ちもあったことは否定できません(苦笑)。

しかし、具体的言及は避けますが、数年前にこの曲を弾く準備ができました。でも、その死に向き合うことが恐ろしくて、すぐには弾けなかった自分もいました。でも少し時間がたった今なら気持ちの整理もついて、落ち着いて楽曲に取り組むことができそうな気がします。

さて、分析という名のサボタージュはこのくらいにして、そろそろおさらいをしましょうかね…次回はシャコンヌの実際の演奏と共にお送りすることをお約束します(笑)。それではまた近々お会いいたしましょう!

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栃木県出身。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校、同大学器楽科卒業、同声会賞を受賞。英国王立音楽院修士課程修了、ディプロマ・オブ・ロイヤルアカデミー、ドリス・フォークナー賞を受賞。2018年9月より同音楽院博士課程に進学。第12回大阪国際音楽コンクール弦楽器部門Age-H第1位。第10回現代音楽演奏コンクール“競楽X”審査委員特別奨励賞。弦楽器情報サイト「アッコルド」、日本現代音楽協会HPにてコラムを連載。