1763年 3年半におよぶ大旅行の幕開け&ブルゴーニュに匹敵するドイツのピノ・ノワール

こんにちは、瀬良 万葉(せら まよ)です。新型コロナウイルスの影響で、クラシック音楽のイベントも次々と中止・延期となっていますね。厳しい状況が続きますが、今できることに全力で取り組みながら、なんとか乗り切りたいところです。

さて、W.A.モーツァルトが演奏旅行で訪れた土地を巡り、そこで造られる美味しいワインをご紹介する「モーツァルトとワイン旅行」。第2回となる今回は、なんと3年半にわたる大旅行に出発しますよ!

西方大旅行のはじまり

ドイツの田園風景。Photo by apfel on 写真AC

シリーズ第1回では、ヴォルフガングにとって初めての旅行先であるミュンヒェン、そして2度目の旅行先であるヴィーンを巡りました。一家がヴィーンからザルツブルクに帰国したのは1763年1月5日。この帰国直後、ヴォルフガングは体調を崩してしまいます。まだ6歳の彼にとって、2連続の旅行は大きな負担だったのかもしれません。

さすがにここはゆっくり休ませてあげるのかと思いきや、父レオポルトはなんと、またもや演奏旅行を計画。帰国の5か月後である1763年6月9日、モーツァルト一家は従僕のゼバスティアン・ヴィンターを伴ってザルツブルクを出発します。今回も、父と母、娘と息子の4人旅。このときヴォルフガングは7歳、姉のナンネルは12歳を迎える直前でした。

家族の移動手段は、自家用にレンタルした馬車でした。初夏の美しい田園風景を眺めながら目的地に向かいます。求める宿はいつも、ベッドが2台ある大きな部屋。ひとつのベッドにレオポルトとヴォルフガングが、もうひとつにはマリーア・アンナとナンネルが共に眠ったそうです。

3年半に及ぶことになるこの西方大旅行は、モーツァルト親子にとって最大規模の旅となりました。

ミュンヒェン〜アウクスブルク

一家が最初に到着したのはミュンヒェン。最初の旅行でも訪れた土地です。選帝侯マクシミリアン3世ヨーゼフの前で、約1年5か月ぶりに御前演奏をおこないました。前回のミュンヒェン訪問時は、ナンネルとヴォルフガングが「ペア」で扱われていたはずですが、今回は少し様子が異なったようです。ナンネルが演奏できたのは、モーツァルトの演奏が周囲からの注目を集めた日の2日後のこと。選帝侯がナンネルの演奏を所望してくれたおかげで、彼女はやっと演奏できたのです。

このときナンネルはどんな気持ちだったのでしょうか。ずっと一緒に音楽を楽しんできた愛する弟が、いつのまにか自分を追い抜いて遠くに行ってしまう――ナンネルの心情を想像すると、今すぐそこに行って彼女を抱きしめてあげたくなります。

ミュンヒェンを出た一家が続いて向かったのは、レオポルトの故郷であるアウクスブルク。この街にはレオポルトの母親、つまりナンネルとヴォルフガングにとっての祖母が住んでいましたが、3回開かれた姉弟の演奏会に、彼女はたった一度も顔を出しませんでした。これは、レオポルトとその母親との間に長年の確執があったためです。母親は、息子レオポルトの音楽家としての生き方を一切認めていなかったのです。

シュヴェッツィンゲン

モーツァルト一家が次にめざしたのは、シュヴェッツィンゲンでした。現在のドイツ南西部、ライン川の近くにある街です。

マンハイム宮廷楽団による一流の演奏

テオドール選帝侯の夏の居城、シュヴェッツィンゲン城。Photo by Berthold Werner on Wikimeia Commons

シュヴェッツィンゲンには、プファルツ選帝侯カール・テオドールの夏の居城がありました。夏の間だけ本拠地マンハイムを離れ、シュヴェッツィンゲンに滞在する習慣があったのです。

この選帝侯は、音楽愛好家として有名でした。そして、そんな彼の楽団として、ヨーロッパじゅうにその名を轟かせていたのが「マンハイム宮廷楽団」です。マンハイム宮廷楽団には優秀な音楽家が多数在籍していて、その演奏の魅力はドイツの詩人・音楽著述家のダニエル・シューバルト(1739-1791)によって次のように語られています。

そのフォルテは雷鳴であり、そのクレッシェンドは奔流であり、そのディミヌエンドは――はるかかなたへと遠くささやかな音を立てて流れ去る水晶のごとく透明な流れであり、そのピアノは春の息吹である

(海老澤敏訳。西川尚生『作曲家 人と作品:モーツァルト』より引用)

このとき、選帝侯とともに宮廷楽団もまたシュヴェッツィンゲンに滞在していました。ナンネルとヴォルフガングが出演した宮廷音楽会にはマンハイム宮廷楽団の音楽家も出演していたので、モーツァルト親子は、一流の歌手や器楽奏者たちの演奏を聴くことができました。

おもしろいのは、レオポルトがマンハイム宮廷楽団について「酔っ払いもいなければ、賭け事をやるものもいないし、ふしだらなやくざ者もいない」と述べながら褒め称えていることです。もしかして、地元のザルツブルク宮廷楽団と比較したのでしょうか!? 当時の一般的なオーケストラを、ちょっと覗いてみたくなりますね。

宮廷楽師長カンナビヒとの出会い

こちらの《2つのオーケストラのための交響曲》を作曲したクリスティアン・カンナビヒ(1731-1798)は、当時、マンハイム宮廷楽団の楽師長でした。

ヴォルフガングたちは今回のシュヴェッツィンゲン訪問で、マンハイム宮廷楽団の音楽家たちと知り合いました。カンナビヒもその一人です。

「宮廷楽師長」は、「宮廷楽長」「宮廷副楽長」に次ぐ地位です。ヨーロッパ屈指のオーケストラでそのような地位についていたわけですから、もちろんカンナビヒは優れた音楽家でした。彼にはオーケストラを自在に操る才能があり、マンハイム宮廷楽団の統率のとれた演奏は、カンナビヒによって鍛え上げられたものだとされています。

この「西方大旅行」の数年後、ヴォルフガングは母と2人でマンハイムを訪れ、カンナビヒとさらに親交を深めることになります。この1777年の訪問では、ヴォルフガングは毎日のようにカンナビヒの自宅を訪ねて、共に演奏を楽しみます。カンナビヒがヴォルフガングの創作に与えた影響も少なくなかったでしょう。ふたりの親交の始まりが、1773年におけるシュヴェッツィンゲンでの出会いだったのです。

シュヴェッツィンゲンでは、カンナビヒのほかにもマンハイム宮廷楽団の主要メンバーたちと知り合いました。のちにヴォルフガングは、この楽団の名奏者たちのために数々の曲を作っています。

家族はシュヴェッツィンゲンを発ち、ライン川沿いの各都市をめぐります。そしてそのあとは……次回のお楽しみ。旅はまだまだ続きます。

ブルゴーニュを超えた!? ドイツのおいしい赤

それでは、ワイン紹介コーナーです。今回取り上げるのは、モーツァルト一家が訪れたシュヴェッツィンゲンの近くにある産地「バーデン(Baden)」で造られるワインです。

「シュペートブルグンダー」=「ピノ・ノワール」

シュペートブルグンダー(ピノ・ノワール)。Photo by cheetah on 写真AC

バーデンは、ドイツで3番目に大きなワイン産地です。

ドイツワインの中でおそらく一番有名なブドウ品種「リースリング」もたくさん栽培されていますが、最近では、赤ワイン用品種「シュペートブルグンダー」の栽培も盛んです。

「シュペートブルグンダー」は、「ピノ・ノワール」のドイツでの名前です。ピノ・ノワールといえば、ブルゴーニュの高級ワインを作る品種。しかし近年、ドイツにおけるシュペートブルグンダーのクオリティがどんどん上がっており、「ブルゴーニュを超えた」という評価を得るワインも出てきました。

Malterdinger Spätburgunder trocken(生産者:Bernhard Huber)


マルターティンガー シュペートブルグンダー トロッケン [ 2016 ] ベルンハルト フーバー (赤ワイン)
出典:Amazon.co.jp

さて、そんなドイツのシュペートブルグンダーの中でも筆者がぜひ試してほしいのは、ベルンハルト・フーバー醸造所が造る「マルターディンガー・シュペートブルグンダー・トロッケン」です。

このワインは、バーデンにあるマルターディンゲン村のブドウを使用しています。モーツァルトが訪れた街々からライン川を少し南に下った場所にあるマルターディンゲン村は、古くからシュペートブルグンダーの栽培に適した場所として知られていました。しかし、ドイツでは「ワインと言えば甘口の白」という時期が長く続いたため、この産地は忘れ去られてしまっていたのです。

そこを再発見したのが、ベルンハルト・フーバー氏。さらに当時は誰も見向きもしなかった「バリック(オークでできた小さな新樽)」での熟成など新たな手法に積極的にチャレンジ。その結果できあがったフーバー醸造所のシュペートブルグンダーは、非常にエレガントかつ力強い味わいを持ち、品評会でブルゴーニュやカリフォルニアのピノ・ノワールを何度も打ち負かすことになったのです。

グラン・クリュ(特級畑)で作られた樹齢の古いブドウのみを使用しているにも関わらず、このお値段。この記事を書くにあたり、筆者もあらためてこのワインを飲んでみたのですが、あまりの美しさに圧倒されました

樽由来の香ばしい香りから始まり、凝縮感あるドライフルーツ、しおれかけたバラの甘美な香り、そして腐葉土や紅茶、キノコ……複雑で心地よい香りが、次々と立ちのぼります。そして、冷涼なドイツで造られているにも関わらずしっかりとした味わい。酸も苦味もじゅうぶんにあるのですが、非常になめらかに溶け込んでいて、全体としての味わいのバランスが抜群! この「バランス」が、本当に大切なのです。なんだか、上手なオーケストラみたい。一人ひとりの個性が生き生きしていながらも、全体としては統率がとれているのですよね。

1か月に1度、味わいたい。そして、幸福な時間に浸りきりたい――そんなワインです。休日にお気に入りのオーケストラの演奏を聴きながら、ゆっくり味わってみるのはいかがでしょうか?

参考文献

  • 西川尚生『作曲家 人と作品:モーツァルト』音楽之友社、2005年
  • ジェイン・グラヴァー著、中矢一義監修、立石光子訳『モーツァルトと女性たち:家族、友人、音楽』白水社、2015年
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瀬良 万葉
3歳よりピアノを、14歳よりオーボエを始める。京都大学法学部卒業、同大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了。クラシック音楽に対する精神史的・社会学的なアプローチに興味があり、大学院では主にローベルト・シューマンの作品研究を通して19世紀ドイツにおける「教養」概念や宗教のあり方、ナショナル・アイデンティティなどについて考察した。現在はフリーライター兼オーボエ奏者として関西を拠点に活動中。