日に日に存在感を増し、あれよあれよと世界的な脅威となってしまった新型コロナウィルス。コンサートは次々と中止が発表され、エンターテイメントに触れる機会を失ってしまったと同時に、音楽家にとっては生活の基盤を揺るがされる事態に発展しています。
そんな中、「新型コロナウィルスで疲れ気味の世界を、音楽で少しでも元気づけたい」と奮起し、2週間にもおよぶオンラインコンサートを企画した方がいます。それは、電子楽譜アプリ「Piascore」を配信するPiascore株式会社の、代表取締役社長である小池宏幸さん。
今回は小池さんに、現在まさに開催中である『On Line / On Live 2020』の企画概要と、その舞台裏についてお話を伺います。
小池 宏幸(こいけ ひろゆき)プロフィール
Piascore(ピアスコア)株式会社代表取締役社長。「楽器を弾く世界の人々に、最高の演奏環境を提供する」をミッションに、2010年5月に会社創設。スマート電子楽譜アプリPiascoreや楽器チューナーなど手がけた音楽アプリは、世界で1,000万人以上の方に使われ、プロの音楽家やミュージシャンに愛用されている。2011年国際ビジネス大賞(International Business Awards)のコンシューマエンターテイメント / 情報部門において奨励賞(Distinguished Honoree)、2012年第4回SF NewTech Japan Night において優勝、IVS 2012 Spring Launch Padでファイナリストに選出。
自粛モードを吹き飛ばせ! 音楽界を盛り上げる無料オンラインコンサート
-まず、『On Line / On Live (OLOL)』についてご紹介ください。
「『On Line / On Live (OLOL) 』は、2週間毎夜開催の無観客オンラインコンサートです。3月20日が初日だったのですが、4月2日まで毎日配信が予定されています。19時開演、20時開演の2部制で、全てのコンサートは、完全無料にて視聴いただけます。
日本No.1ライブ配信アプリで著名ライバーとして活躍する若手サックス奏者から、日本を代表するピアノコンクールで第1位のピアニストまで、総勢28組のアーティストが参加しています。幅広いジャンル・楽器のアーティストに集まっていただいたので、毎日ご覧いただいても飽きないと思います」
-なかなか大掛かりな取り組みのように思えますが、着想から実施まで10日間で実現されたのですよね……? そもそものきっかけはなんだったのですか?
「私は音楽が大好きなので、コロナウィルスによって次々とコンサートが中止になり、世の中から音楽の灯火が消えかかっているような状況をとても悲しく思い、なんとかしたいという思いを抱いていました。
そんなとき、3月8日のことですが、東京交響楽団がコンサート『名曲全集 第155回 ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団』を無観客で開催し、ニコニコ動画で配信したのを見ました。これがすばらしくて。弊社は音楽×ITを主軸に事業を展開しているので、ぜひうちも新しい形のオンラインコンサートに取り組みたいと思ったのです」
-“新しい形のオンラインコンサート” とは具体的にはどのようなものでしょうか。
「オーケストラがコンサートをオンライン配信したときに、多くの方は『これはこの団体だからできたことで、個人的に実現するのは無理だろう』と思うのではないでしょうか。しかし私は、個人が気軽に、しかもテレビ並みの品質でオンラインコンサートを実現できるような未来も遠くないと思っています。そしてその第一歩を踏み出すのは、ほかでもない弊社がやるべきことだと思ったのです。
演出面に関しても、たとえば楽曲に合わせてプロジェクションマッピングや映像効果を組み合わせるなど、動画ならではの可能性を模索していきたいです。また、やはり奏者と観客の双方向コミュニケーションは興味深く、いろいろな企画につなげられるでしょう。まだ配信という取り組みを始めたばかりなので、現状はトライアンドエラーの繰り返しですが、安定してきたら次のステージについても検討していきたいです」
-企画から実施にかけて、もっとも苦労されたことはなんですか?
「一カ月先に社会がどんな状況になっているかまったく読めない状況ですし、メイン事業であるPiascoreの開発スケジュールへの影響もありますので、この企画はなるべく早く実現したいと考えました。結果的に準備期間が10日しかなく、この短期間でホール、機材、アーティストを手配するのは本当に大変でした。
そもそもこうした収録や配信などの知識がまったくなかったので、毎日ゼロから勉強しつつ準備を進めるという感じで、2〜3時間睡眠の日々が続きました」
-ゼロスタートからここまで環境を整えるのはかなり大変だったと思います。
「一流のアーティストにご協力いただくことになり、せっかくの演奏をあますことなくお届けしたいと思ったので、映像や音質を妥協するわけにはいかないなと。パソコン一台しかない状態から始めたので、ミキサーや照明など機材をたくさん購入しました。それらが毎日どんどん会社に届くので、かなり慌ただしかったです(笑)」
睡眠時間を削って爆走する、小池氏の強烈な音楽愛
-それにしても2〜3時間の睡眠時間でというのは、かなりの情熱がないとできないことだと思います。一体何がそれほどまでに小池さんを駆り立てるのですか。
「やはり音楽への愛ですね。私は音楽に関する事業をしているので、音楽で得たお金は音楽に還元していきたいと思うのです。また、このような社会情勢の中でも、『インターネットを使えばいくらでも演奏機会は創出できる』ということを伝えたかったというのもあります。
ダーヴィンの進化論でも、『最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残ることができるのは、変化できる者である。』とありますが、このようなときだからこそ、『仕事がなくなった』と嘆くのではなく、『だったらどうするか』ということに思考をシフトしていかなくてはなりません。私自身が率先して、オンライン配信という選択肢を提示したいと思いました」
-配信プラットフォームは、YouTubeチャンネルだけでなく、17 Liveやニコニコ動画へも広がりを見せています。
「企画を始めてみたら、ありがたいことにいろいろな方に注目していただき、こうした提携も実現しました。企画当初は想像もしていなかったことで、取り組みの意義を感じています」
-本企画を通して、小池さんご自身は何を得たのでしょうか。
「普段、Piascore事業は主に私を含めた2人で行っているのですが、今回の企画は多くの方に協力していただかなくては実現できませんでした。いざいろんな人の力を借りてみると、当初よい意味で想定していなかった事態が次々に起きて、気づけばこんなにも大きな企画へと成長してくれました。この経験はお金では買えないものだと感じています」
-みなさん、小池さんの音楽愛や情熱に動かされたのだと思います。最後に、今後の目標や夢を教えてください。
「私はよく『音楽都市 Piascore を作りたい』と言っているのですが、自分の夢の最終形は、音楽漬けの環境で暮らすことです。もはや妄想ですが、音楽都市 Piascore は横浜の港に位置し、音大と2つのホールがあって、世界中の音楽家や愛好家が豪華客船で乗り付けるような街をイメージしています。もちろんIT技術も普及していて、コンサートなどは世界に配信できるようなユートピアです。
リアルな街づくりとなるとさすがに現実的ではないので、自分はまずネット上にバーチャルな音楽都市を、つまりコミュニティですが、作りたいと思っています。現在展開している電子楽譜事業も、“そのコミュニティに必要とされるもの” を作っているという意識で、ユーザーのみなさんはすでに音楽都市 Piascore の市民みたいなものです。今後も音楽を愛する方々に届くようなサービスを作っていきたいと考えています」
−あ、ありがとうございました……!(小池さんの世界観に圧倒される筆者)
このようなときだからこそ、ITの力を使って音楽界を盛り上げていこうという、小池さんの熱い想いがひしひしと伝わってきました。10日間という限られた期間で実際に企画を実現する行動力や求心力もすごいのですが、なんといっても音楽愛が本当に深い。何かをひたむきに愛する尊さのようなものを、図らずも今回の取材を通して考えさせられました。
さて、小池さん渾身の企画『On Line / On Live 2020』はまだまだ始まったばかり! 4月2日まで毎夜配信される豪華オンラインコンサートを、ぜひご視聴ください!
「On Line / On Live 2020」
期間:2020年3月20日〜4月2日
時間:19:00 (1st) / 20:00 (2nd)
参加アーティスト一覧:松橋 朋潤(ピアノ)、稲垣 悠一郎(ヴァイオリン)、大野 紘平(ピアノ)、高木 洋子 (ピアノ)、田中 愛実(ピアノ)、野崎 りいな(ヴァイオリン)、トリオカルディア(フ ルート / ヴァイオリン / ピアノ)、吉田 太郎(ピアノ)、大島 理紗子(ヴァイオリン)、 ひとみんちょ(ピアノ)、村松 海渡(ピアノ)、内田 ゆう子(ピアノ)、細野 よしひこ (ギター)、千野 哲太(サックス)、もえかんと(ボーカル)、ぴあやの(ピアノ)、 Rhythm Trick(ピアノ)、榎本 玲奈(ピアノ)、片桐 由里亜(ピアノ)、荒井 美沙樹 (ピアノ)、齋藤 正樹(ピアノ)、MASH弦楽団(ヴァイオリン / ギター / バンジョー / ベース )、にと まいこ(ピアノ)、三浦 コウ(ピアノ)、ぴっこらなーべ(ピアノ / ソプラノ)、arisa(フルート)、Masaki.(ピアノ)、ピアノデュオpiaNA(ピアノ)、黒岩 航紀(ピアノ)、筒井 一貴(ピアノ)、大澤 明子(フルート)、二宮 佑己子(ピアノ)、 音楽ピクニック楽団(ピアノ / フルート / ファゴット)、夏目恭宏(ピアノ)、松本寛子 (フルート)、翔馬-Shoma-(ピアノ)、角口 圭都(サックス)
プログラムの詳細は特設サイトよりご覧ください!
配信サイトは以下2つです。
■ 協力
JK Arts http://www.jk-arts.net/
渋谷スタジオ&ホール https://www.shibuyahall.com/
なお、現在クラウドファンディングを企画中とのこと。決定次第こちらにも情報を更新いたします。本コンサートをお楽しみくださった方は、ぜひ支援をご検討ください。
ノリコ・ニョキニョキ
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