バレエが繋いだ英国とのご縁。ピアニスト細田詩織の伴奏科留学へのステップ

クラシック音楽において、多くの楽器は “伴奏” という「共演者」を必要とします。伴奏は主にピアノが請け負うわけですが、海外では多くの音楽学校でプロの伴奏者を育てる専門の課程があります。

今回お話をうかがう細田詩織さんも、イギリス・ロンドンにある英国王立音楽院の伴奏科に学ぶピアニスト。ヨーロッパ各地で、声楽やさまざまな楽器とのアンサンブルをおこなっています。

日本ではそもそも伴奏科自体がまだあまりメジャーではなく、かつ伴奏科というとどうしてもフランスに留学される方が多いイメージが強くある中で、細田さんはどのようにして伴奏科での学びを選び、またどのようにしてロンドンにたどり着いたのでしょうか。


細田 詩織(ほそだ しおり)

山梨県出身。3歳よりピアノを始める。
桐朋学園大学音楽科ピアノ専攻を経て、洗足学園音楽大学大学院ピアノ専攻を修了。現在、英国王立音楽院(RAM)修士課程ピアノ伴奏科に在学中。
2018年 Richard Lewis/Jean Shanks コンクール 伴奏部門 Brenda Webb Award for Accompaniment 優勝。
RAMによる歌曲プロジェクト(Song Circle)のメンバーに抜擢され、バッキンガム宮殿での演奏会等にて伴奏を務める。声楽以外にも器楽との共演、連弾や二台ピアノ、作曲家の初演演奏など多岐に渡る活動を積極的におこなっている。


踊るピアニストになりたかった子供時代

―現在英国王立音楽院のピアノ伴奏科で学んでらっしゃる詩織さん。まずは音楽を始められたきっかけをうかがいたいです。

3月下旬、ロンドン市内のティールームにて

物心がついた頃から歌うことが好きで、また家にあるピアノを自発的に触って音を奏でたりしていたので、3歳の頃、ピアノ教師をしている母から「明日からレッスンをしてみる?」と聞かれ、最初の音楽の手ほどきを受けました。

一方、4歳になったあたりからバレエも始めました。バレエは家の近所に教室があったことと、母自身が習ってみたかったけれどできなかったという経験から勧められ、通うようになりました。当時はバレエは楽しいけれど、ピアノは練習がイヤ、と思っていましたね。

でもピアノもバレエも、両方プロになりたいという思いがあり、小学生時代には “おどるピアニストになりたい” と言っていました。学校で将来の夢について絵と文章でつづった機会に、絵を描く枠を真ん中でふたつに分けて「バレリーナとして踊る自分」と「ピアノを弾く自分」の両方を描いたことをよく覚えています。

おどるピアニストの夢は幼少期から

小学校低学年の頃は母にソルフェージュも教えてもらっていて、座卓のような小さめのテーブルの足を支えに180度開脚をしながら、聴音をしていました。開脚をした体勢のほうが集中できる気がして(笑)。

―それは踊るピアニストを象徴するエピソードですね(笑)。でも、両立に苦労されたのではありませんか?

小学5年生のとき、初めてバレエのコンクールに出場することになり、そのために毎日レッスンへ通いました。しかし、当時ピアノのレッスンはほぼ週に一回、実家の山梨から東京まで通っていて、またバレエのコンクールと前後してピアノの本番も重なり、かなり大変でした。

その様子を見かねた母から「やめなさいとは言わないけれど、どちらか優先順位をつけたら」と提案され、小学5年生頃からピアノに重きを置くようになりました。

―そこでピアノを選んだのはなぜでしょう。

バレエの教室やコンクール会場ですごく上手な人たちを目の当たりにする中で、自分の能力を客観的に見て、自分の適性はどちらかというとピアノにあるんじゃないかと思ったんです。当時の自分なりにすごく考えたのだと思います。

それでもバレエは中学2年生の3月まで続けました。高校受験をしなければならないこと、また思春期になって体型に変化があったことも受けてやめるという選択をしましたが、そのときは「10年続けたな…!」と自分なりにやりきった思いでした。

ただバレエが好きな気持ちに変わりはないので、今では「歌って踊るピアニスト」を自分のテーマとして掲げています。「歌」もずっと変わらず好きなもののひとつです。子供の頃はNHKのEテレが大好きで、「おかあさんといっしょ」の歌は今でもかなり歌えます。また小学2年生から合唱の伴奏をやっていた、というのもあります。私の小学校では毎週全校合唱がおこなわれていて、そこでピアノを担当していました。高校でも合唱部に入って歌ったり、ときに伴奏したりしていました。

―高校は普通科ですか?

普通科です。音楽高校の受験も考えたけれど、将来のさまざまな選択肢を見据え、一般的な教養を身に付けたいと考えたので。

とはいえ私の高校は単位制だったので、ある程度受験科目に合わせた授業選択が叶う環境でした。特に担任の先生の理解があったことや、希望者が複数人いないと開設されない音楽の授業を、幸い私以外にも希望者がいて履修できたことは幸運だったと思います。音楽の授業ではクラリネットを吹く子や歌う子などがいて、一緒に演奏する機会もありました。

音大生になり、バレエと再会

―卒業後は上京して、桐朋学園大学音楽学部へ進学されます。

大学に入って、あるとき学校の近くにバレエ教室を見つけて、運動のためにバレエを再開しようと思い立ちました。はじめは自分自身が踊っていたのですが、あるときお教室の先生から「バレエピアニストに興味がないか」とお誘いを受け、週に1〜2回弾きに行くようになりました。

―バレエピアニストとはどんなことをするのですか?

レッスンに合わせて曲を演奏するのですが、指定の楽曲があるわけではなく、その日のレッスン内容に合わせてピアニストが臨機応変に対応します。

レッスンに使える曲集なども販売されているので買いそろえたりしましたが、最終的には即興演奏で対応するようになりました。当時は自己流で探り探りやっていましたが、プロのバレエピアニストの方もだいたい、ある程度曲のストックをご自分の中に持った状態で、即興で演奏したりするそうです。

実は中学2年生でバレエ教室をやめた際に、先生から「バレエピアニストという職業もあるから、将来また何らかの形でバレエに携われたらすてきよね」というお話をしていただいたんです。だから大学生になってふと巡り合ったご縁に、点と点がつながったような思いでした。

学部時代の演奏会より

―レッスンに合わせて即興で弾くというのは、そう簡単にできることではないように思います。

自分自身がバレエを学んでいたから、レッスンの流れがわかる点では有利だったと思います。レッスンは大体、その場で先生が動きのお手本を見せたのち、生徒さんが実際に曲に乗せて体を動かすというのが基本の流れです。先生が生徒さんにお手本を示すときには私も一緒に見て覚え、適切な曲調や長さを考えて演奏します。

たまに先生から「タンゴっぽい曲で」「ポロネーズっぽい感じで」なんてリクエストがあるので、ある程度リズムのボキャブラリーも必要でした。特にその先生はアメリカで学ばれて、生のピアノでレッスンをすることにこだわりがある先生でした。

レッスンが終わってから生徒さんに、たとえば「バーレッスンのグランバトマンのときの曲はなんて曲ですか」と聞かれることもあったのですが、なにせ即興なので、私も「わかりません」としか答えようがなくて(笑)。「好きな曲に似ていた気がして…!」と言われて「ああきっとそれは私がなんとなく聴き覚えがあったものを無意識に弾いていたんだと思います〜!」なんて会話をしたこともありました。

―まさにバレリーナを志したこともある詩織さんだからこそできることだと思います。そして、それが英国王立音楽院への留学を志すきっかけのひとつにもなったのですよね。

大学4年生のときに英国ロイヤルバレエ団の来日公演を観に行き、非常に感動しました。

そのとき会場で、ロイヤルバレエ団のメンバーによるワークショップのフライヤーを見つけ、よく見るとロイヤルバレエ団の音楽監督も講師を務めるバレエピアニストのためのワークショップもあると知ったのです。ずっと自己流で演奏していて、ぜひ一度指導を受けたいと思っていただけに、「行かねば!」という思いで参加しました。

ロイヤルバレエ団の拠点である、ロイヤルオペラハウス前で

夏休みにおこなわれたそのワークショップはすばらしく、非常に貴重な経験でした。実際に『ロミオとジュリエット』の中の1曲を弾いてみたりしながら、たとえどんなに弾くのが難しくても音を止めてはいけないことや、いいタイミングで音を奏でることでバレリーナの動きをアシストできることなどを教わりました。

休み明け、大学でピアノの先生にそのワークショップでの感動を伝えたところ、先生が「英国王立音楽院の伴奏科って知っている? 今度日本で入学説明会があるよ、詳細を伝えようか?」とおっしゃるので「ぜひ教えてください」と。聞けばなんと説明会場が当時の自宅から自転車で5分の場所で。

「これは運命かもしれない! 行こう」と説明会へ行ってみると、説明会自体の雰囲気も和やかですし、なんだか楽しそうだなと思って、「これは受験してみよう!」と思い至り、日本で開催される入学オーディションに臨みました。

―まさに運命的な経緯ですね! でも実際に留学されたのは、日本で修士を出られたあとかと思うのですが…?

入学オーディションに合格したので、学部卒業後は留学しようと準備を始めた矢先、大学入学以前から習っていた先生に洗足学園音楽大学の修士課程へのお誘いを受けました。考えた末、今伴奏科に進学したらソロの勉強をしなくなってしまうかもしれない、もう少しソロの勉強をしたいという気持ちと、いつか就職などをする際に修士号があるとよいのではないかと思ったのを理由に、王立音楽院の入学は一度辞退して洗足学園に進みました。

結果的に修士に進んだことでソロのレパートリーをより増やすことができましたし、コンチェルトも何曲か取り組むことができたので、苦労もありましたが、修了して良かったなと思います。そのタイミングで「詩(うた)ものがたり」というリサイタルも開催しました。

―詩(うた)ものがたりとは、すてきなネーミングですね。

詩ものがたり第1回より

このときが初めてではなく、学部卒業時にも地元・山梨で開催したのですが、その第1回のときは詩人であるおば(覚和歌子さん)がゲスト出演をしてくれて、朗読とのコラボレーションもおこないました。

リサイタルの名前は、おばがつけてくれたものです。もともと「詩織」という名前が、「詩(うた)を織っていくように人生も紡いでほしい」という両親の願いから付けられたものなので、「詩(うた)のある“ものがたり”を織り重ねていくように、音楽の道も歩んで行きたい」という思いを込めた「詩ものがたり」というタイトルは、私にぴったりだな、と思いました。またリサイタルシリーズとして継続していくことも考えていたので、この名前ならものがたりが続いていくように演奏会も回を重ねていけるな、とも思いました。

ちなみに現在ロンドンで師事している先生には、「私の名前の意味は、ソングタペストリーです」と説明しました(笑)。

「詩ものがたり」第2回は、修士課程修了後すぐでレパートリーもそろっていましたし、そのときには英国王立音楽院の伴奏科への進学が決まっていたので、あえてピアノ・ソロのみでプログラムを組みました。

満を持して留学、ロンドンへ

―修士をとった後はイギリスに、と決めていたのですか?

修了を前にして、一度は就職しようかとも考えていた時期に祖父が亡くなりまして。それをきっかけに「自分が人生の最期を迎えたときには、留学をしていた人生でありたいな」と思い、改めて英国王立音楽院(ロイヤルアカデミー)を受験しました。

―留学前にイギリスを訪れたことはありますか?

修士1年の夏にロンドン近郊でおこなわれた講習会に参加しました。講習会の前後に1日ずつ観光する日を入れて、ひとりでロンドン市内の名所を巡り、すてきな街だなと思いました。そのときに王立音楽院も訪れて、憧れを抱きました。

いつか留学したいという希望は昔からぼんやりとありましたし、せっかくなら英語を話せる人になりたいという気持ちもありました。いろいろな希望を線で繋いでみたら、英国王立音楽院に行きついた形です。

ロンドンらしい建物が立ち並ぶ、コヴェント・ガーデンの一角で

―実際にイギリス来てみてどのように感じましたか?

ひとことで言うと「めっちゃ好き」。ロンドンに来るまでは、東京に似た街なんだろうと思っていましたが、繁華街でも100年以上前に建てられたような、茶色系の壁の建物が立ち並ぶクラシカルな街並みにはグッときました。「食べ物がおいしくない」とはロンドンを形容する際に非常によく聞かれる言葉ですが、全然そんなことはなく、むしろ食も楽しんでいます。

先日もイギリス人の友人が「スコーンを焼いたから正しい食べ方を教えてあげるよ」と言って、ほおばる前にクロテッドクリームといちごジャムをありったけ塗ることがポイントだとレクチャーしてくれました(笑)。

―ロイヤルアカデミーでの学びはいかがですか?

マスター(修士課程)なら伴奏科に限らずどのコースでも言えることだと思いますが、「自分次第でなんでもできる」場所です。けれどその分、自分でやりたいことを明確にしておくことも必要だと思います。

伴奏科の場合で言えば、アカデミーでは学生たちがいつも伴奏者を探しているという状況があり、「弾きたい曲」が「頼まれる曲」に埋もれがちです。それだけ依頼してもらえるのはありがたい反面、気をつけないとタスクに翻弄されてしまいます。

伴奏をした人の知り合いや、演奏を聴いてくれた人が伴奏を依頼してくれたりするケースも多いので、人脈次第では自分がやりたい分野をどんどん広げていける感覚があります。

私はなんと言っても歌が好きなので、現在は信頼するシンガーたちとさまざまなレパートリーを共に作り上げ、いろいろな本番の機会に恵まれて、非常に楽しく学んでいます。

アカデミーの声楽の友人と

―留学を始めて、苦労した場面はありますか?

やはりコミュニケーションだと思います。もともと英語という言語自体は好きで、学校の勉強も嫌いではなかったほうですが、現地に来てから戸惑ったことは多くあります。

たとえばはじめのうちはリハーサルで「もう一度最初からやってみましょう」ということすら言えなかったし、「何ページ目の何小節目から弾きます」も言えなくて。自分の先生にレッスンを受けているときにも「この単語、スペルわかる?」と言われて首を横に振っていたり。

伴奏者は特にリハーサルが多いので、はじめの3〜4カ月は、英語でのリハーサルによるストレスがかなり強くありました。けれども一方で「まぁやるしかないかぁ」という気持ちもあって。もともとポジティヴな性格がかなり手伝ったと思います。大変だしつらいけれど、とは言っても前向きな気持ちで取り組んでいましたね。

―英語でコミュニケーションが取れるようになってきたなぁ、と感じたポイントはありますか?

ロンドンに来て最初の冬休みに、友人を訪ねてドイツのブレーメンに遊びに行きました。渡英後初めてイギリスを出て、初めてネイティヴ・スピーカーではない人たちと英語で会話をした際に、「あれ、もしかして自分も少しは英語を話せるようになったのでは? 聞き取れるようになったのでは?」と感じました。また旅行から帰ってきて冬休み明けのレッスンでも、休み前より先生の話が聞き取れる気がするぞ…と。

でもそういう実感が得られたのは、アカデミーの先生や友人たちが言葉の壁を越えてわたしと向き合ってくれたおかげだと思うんです。英語がうまく話せないからといって馬鹿にしたりすることなく“私”と対話してくれたこと、そうした丁寧なコミュニケーションを積み重ねたことで、だんだんと英語でのやりとりが苦ではなくなっていきました。

実際に「まぁ慣れたかなぁ」という感覚に至ったのは2年目が始まった頃ですね。1年目はとにかく必死に過ごしていて、気がついたら終わっていた、というところです。

詩ものがたりはつづく

―最後に、今後の展望を教えてください。

アカデミーでの勉強を生かした活動をしていければ、とても嬉しいです。伴奏ピアニスト、アンサンブルピアニストとしていろいろな方と演奏していけたらいいなあと思います。

ひとつの夢としては、ロイヤルアカデミーで共に学んだ友人を、日本に招いて演奏会を開くこと、というのがあります。

―それはすてきな夢ですね…! リサイタルシリーズの継続というのも目標として挙げられるでしょうか?

そうですね、「詩ものがたり」は続けていきたいし、そちらでもアカデミーの友人をゲストに呼べたら、すごく嬉しいですね。

「詩ものがたり」の次のプランとしては、「歌しばり」か「アンサンブルしばり」でプログラムを組んでみたいなと思います。そうやっていろいろな音楽家や芸術家とコラボレーションをしながら、リサイタルシリーズをはじめとする音楽活動を続けていけたら、とても幸せです。


親しみやすい笑顔で朗らかな詩織さんは、お話しをしていてとても楽しい方で、イギリスでの生活を前向きに楽しんでいらっしゃる姿勢が印象に残っています。またインタビューの中で一貫して歌とバレエへの愛が感じられて、音楽をピアノからの視点のみならず多方面から捉えているように思いました。

ときに音楽家は自分と楽器だけの世界に閉じこもりがちですが、詩織さんにとっての歌やバレエのような揺るがない愛を注げる分野があると、広い視野と、豊かな芸術性を持てるのではないか―――。そんな感想を抱いた筆者でした。

♪詩織さんのプロフィール詳細や今後の演奏会情報はこちらから♪
▷細田詩織さんのホームページ

ABOUTこの記事をかいた人

原田 真帆

栃木県出身。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校、同大学器楽科卒業、同声会賞を受賞。英国王立音楽院修士課程修了、ディプロマ・オブ・ロイヤルアカデミー、ドリス・フォークナー賞を受賞。2018年9月より同音楽院博士課程に進学。第12回大阪国際音楽コンクール弦楽器部門Age-H第1位。第10回現代音楽演奏コンクール“競楽X”審査委員特別奨励賞。佐々木美子、山﨑貴子、澤和樹、ジェラール・プーレ、小林美恵、ジャック・リーベックの各氏に師事。弦楽器情報サイト「アッコルド」、日本現代音楽協会HPにてコラムを連載。