こんにちは! ヴァイオリニストの卑弥呼こと原田真帆です。
本日取り上げるのは、パルティータ第1番の終曲「テンポ・ディ・ボレア」です。この曲のタイトルを日本語に訳すと、「ボレアのテンポで」。つまりボレアではないのです。一体どういうこと? 早速、本編にまいりましょう。
「ボレアのテンポで」とは?
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まずはボレアが何たるかを見ていきます。ボレアとはブーレのことで、ブーレはフランス発祥の踊りです。ガヴォットにも似て、2拍子系で快活なテンポをもちます。ブーレはこれまでにこの連載に登場したでしょうか? 答えはイエス、パルティータ第3番に登場しました(▷卑弥呼のバッハ探究5「無伴奏パルティータ第3番 ブーレ、ジーグ」)。しかもパルティータ3番にはガヴォットも登場しています。
なぜバッハはこの曲を「ボレア!」と書ききらなかったのでしょうか。正確な理由は今日には伝えられていないため、このタイトルの意味は人々の憶測にゆだねられることとなりました。
たとえばバロックヴァイオリン奏者の寺神戸亮さんのCDリーフレットには、寺神戸さんの推測するタイトルの由来がつづられています。氏いわく、この曲は和音がゴージャスに含まれていて本当のブーレのテンポで弾くのは技術的に実質無理な話だとか。つまり、ブーレを名乗るにはちょっぴり体が重いようですが、だからこそ “ブーレの雰囲気がほしくて” このような書き方をしたのではないか、とのこと。
バッハの楽曲に取り組むと、たびたびこういったミステリーに遭遇します。あなたはどんなストーリーを想像しますか? 歴史に思いをはせるのって、ちょっとわくわくしますよね。
和音とリズム感の両立
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というわけで正式にはブーレを名乗りきれないこの曲が、それでもブーレたる所以(ゆえん)は、2分の2拍子で四分音符の弱起、つまり半拍分のアウフタクトをもっているところ。単音の四分音符で始まるこの曲は、次の拍に前半では四和音、後半では三和音をもっています。
単音と和音のバランスをとることがこの曲の何よりの難しさで、極端に和音ばかりが重たいと旋律がぎこちなく響きます。一方で、和音で弓をたっぷり使ったあとで、次の裏拍の単音に同じ熱量で弓を使うと、裏拍ばかりが目立ってしまうのも学習途中にありがちな現象です。
そんなときはまず旋律を持つ声部だけを取り出して、どんな音楽を作りたいか考えてみます。最近つくづく思いますが、その曲を弾き慣れてきた頃にも、この作業に立ち返るべきです。自分が弾いている音楽と理想の音楽が一致しているかどうか、常に見直して音楽をアップデートしていく必要があるなと、ひさしぶりに師匠のレッスンを受けながら考えました。
華麗な変奏曲
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このパルティータ第1番の最後を飾るのが、テンポ・ディ・ボレアのドゥーブルです。3つの八分音符で始まるのがなんとも洒落ていますが、3/4拍分のアウフタクトは呼吸をうまくとって入らないと、聴いている人に拍の表裏を伝えるのが難しいのもまた事実。
本体は和音をたっぷりと含んでゴージャスだった分アレンジする甲斐性も高く、上から下から、音域をかなり幅広く行き来してアルペジオを散らしていく様は、大変華やかな変奏です。
前曲サラバンドのドゥーブルの冒頭と音が重なるなど、両曲には似た音型があって少し惑わされますが、それもバッハの遊び心だろうなと思ったり。暗譜する側にしてみれば「勘弁してくれ!」案件ではありますが、曲のキャラクターの違いを音型と結びつけていけば、道に迷いにくくなると思います。
ゆかしく美しい舞曲たち
パルティータ第1番、これにて終結です。6つの無伴奏作品の中だと一番マイナーな曲と言えるでしょうか。加えてその落ち着いた雰囲気や常にドゥーブルを伴った楽曲構成もあり、取り出して演奏される機会がいくらか少なく、ほかの派手な曲のほうがどうしても目立つかもしれません。
もしこれまであまり1番のパルティータは聴いたことがなかったよ、という方は、この機会にぜひお友達になってください。弾くほどにしみじみと美しさを感じる曲です。
次回からはついに最後の曲、ソナタ第3番をお送りいたします! どうぞお楽しみに。
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