こんにちは、ヴァイオリン弾きの卑弥呼こと原田真帆です。長い長い夏休みをいただいて、やっとCOSMUSICAに帰ってきました。そう、新しい連載を持ってね…!
6月に「進め! ヴァイオリンおけいこ道」という毎週水曜日の連載を終えました。そして「おけいこ道」を必ずやパワーアップさせて帰ってきたいと考えていたのですが、このたびやっとアイデアが降ってきました。
これからの「おけいこ道」はより「ヴァイオリン」に特化していきたいと考えています。そしてヴァイオリンといえば…バッハの無伴奏作品。バッハの6つの無伴奏作品は、ヴァイオリニストとは切っても切れない縁でつながっています。一生かかっても登りきれない高い高い峰です。
一方で、その年齢ごとに違った表現が出てくるのもまたバッハの魅力。ヴァイオリン弾きである以上は、暮らしのそばに常にバッハを置いて、その深遠なる世界と向き合っていたいものです。わたし自身は無伴奏作品全般に関心が高く、また弾くことに喜びを感じます。
そこで、これからの「おけいこ道」では、この「バッハ」に向き合っていけないだろうか、と考えました。
わたしはいかんせんまだまだ修行中の身で、決して人様に講義できるほどバッハに精通しているとは言えません。しかし講義でなく、これはあくまで20代のわたしがバッハに向き合う記録として、「おけいこ道」を歩む上で考えるヒントになればいいなと考えました。
この連載はあくまで提案です。正解ではありません。わたし自身もバッハの海をさまよいながらの文章になりますが、向き合う中で生まれる疑問や悩みを等身大に記していくことで、ひとつ読み物としてお楽しみいただければ幸いです。
目標は全曲制覇。わたしのレパートリーとしては、現状まだソナタ第3番を勉強中、かつパルティータ第2番のサラバンドとシャコンヌを残していますが、それさえ弾けばコンプリートという状況です。連載が終わるまでにはコンプリートを目指して、長い旅路を歩んでいこうではありませんか!
パルティータ第3番 BWV1006「プレリュード」
さて、この連載では楽曲順ではなく「低年齢であたりがち」順に取り上げていきたいと思います。まずは圧倒的にこの曲から始めることの多い「パルティータ第3番」、ホ長調。今回は第1曲目の「プレリュード」です。
プレリュードとは、ご存じの通り「前奏曲」の意味。ホ長調の高らかな雰囲気が、まるで天使のファンファーレを思わせます。
冒頭の「ファンファーレ」
この曲の難しいポイントとしては、無窮動的な16分音符でハーモニーを描いていくことですが、それを冒頭から始められないのもまた難しいのですよねぇ。というのも、最初の2小節がどうにも決まらない。
まず最初が休符。そしてこの2小節は8分音符がメインなせいで、3小節目以降とテンポが分離しがち。非常にやりづらいのです。ましてこの曲がコンクールの課題曲になることが多いものだから…。始めの分散和音さえうまく弾ければむしろそのあとはどうにでもなる気がしてきます(だからこそ課題曲にはうってつけなのです…)。
わたしのイメージでは完全に「天使のラッパ」ですが、つい力んだりするとこれが天使にならない。また変なところにアクセントがついたり、つんのめったり。技術的には均等な8分音符のストロークを紡げるかどうかが鍵となってきます。
もうこの曲は何回も弾いていますし本番も何度か踏んでいますが、おさらいしなおすたびに、冒頭で悩むことになります。確固たるものがまだ自分の中でつかめていません。イメージはあるのに。
そしてここからどういった具合に本編に入っていくか。コンクールなんかでたくさんの人の演奏を聴くと、差異が見えて興味深いですよね。おもいっきり間を取ってしまいがちな部分でありますが、ここはホ長調のⅠ度同士なので、わたしはさらりといくのが好きです。もとい、昔は意味もなく間を開けていました。おそらく1拍に近いほど。
難易度の高いアルペジオ
そして弾き進めると、この曲の魅力でもあるアルペジオにあっという間に到達します。このアルペジオは独特ですよね。昔から思っていたのですが、しばらく弾かずに時間がたつと、腕がこの動きに対応できなかったりします。これがいつでも弾けるような奏者でありたいと願い、近年は定期的にさらうようにしているのですが、それでもムラのない美しいアルペジオはやっぱり難しいですね。
このアルペジオはしばしば “移弦における肘の位置” の教材として世界各地のレッスンで取りあげられていることでしょう。実際にこれはいい練習ですよね。ただわたしはしばしば、フィジカルの動きばかり考えてしまって和声感を置いてきぼりにしてしまうので、毎度反省です。
ただ難しいといえど、この曲で一番好きなのもこの部分。前半のDAE線はもちろん明るくていいけれど、後半で出てくる際のG線の響きはうっとりします。
中学卒業前の学級活動の時間でこの曲を披露したことがありました。弾きながらクラスメイトの反応を見ていたら、興味深いことにこのアルペジオに入ったら男の子たちが一斉にピクリと動いたのです。演奏自体にはみんな初めから関心を持って耳を傾けていてくれたのですが、女の子はわりとメロディアスな曲のほうが印象に残ったようで、思いがけない現象でした。
プレリュードあるある
そしてこのプレリュードあるあるとして訴えたいのが最後のコード。ここでテンポ失いがち。プレリュードあるあるある。
コードの小節で突然速度が半減してしまう演奏もありますね、子供のうちは。ええ、ええ、ここはテンポどおりに行くのは難しいのです。自分の中でカウントが取れなくなり、また右手が細かいストロークから和音を弾く動きに順応できなくて、テンポが下がっちゃうんです。
わたしは現状 “ほぼインテンポ” で弾くというのが自分の見解です。完全なインテンポはちょっと無茶。いえ、そう弾く方もいますしそうあるべきと思うのですが、自分の頭と心と腕がついていくギリギリのラインが “ほぼインテンポ” なのです。子供の頃に1/2倍速で弾いていたせいかもしれない…。
いずれにしろ最後はすっと春風が吹くように終わりたいですね。最後の上行音形で減速しちゃうのはカッコ悪いです。でもポジション移動が大変なので遅くなりがち。これもプレリュードあるあるです。
地味に暗譜が飛ぶ場所がある
というわけで初回はパルティータ第3番より、プレリュードからお送りしました。子供の頃に運動神経に任せて弾いてしまうことも多いプレリュードを、大人になってからまた弾こうとすると、思考回路から組み替えないといけなくて難しいと思うことがあります。その意味で、2度目に取り組んだときは初めてのときよりも難しく感じました。
そしてわたしが幼少期についた先生は、コンクールでこの曲の暗譜が飛んで、5分かかるはずのものが3分で終わってしまい、あとで先生にこっぴどく怒られたんだとか。ベーレンライター版の楽譜でいうと2ページ目の下半分から4ページ目の下半分に飛ぶ感じです。同じパッセージがあるので、きれいにつながるのです。
曲への冒涜ですが、わたしは先生に伝授してもらったこの「暗譜ぶっ飛びカット」を、3分しか弾けないステージに活用したことがあります。バッハ先生、ごめんなさい。
次回は2曲目、「ルール」にいたしましょう。ああ難しい。
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