ベルリン便り 最終回 ~卒業試験【本番編】~

2017年も半分が過ぎました。こちらの大学は学期が4月・9月始まりで、日本と年次感覚がずれていますし、音楽家という生業をしていると、コンサートシーズンは9月に始まり7月に終わるので、だんだんと年月の感覚が薄くなってきます(笑)。音大生の夏は各地の講習会に行ったり、コンクールをやったりしていることが多く、私もこれまでは比較的あちこち行っていたのですが、少し歳をとってきたのと(笑)、先日無事に卒業試験を終えたので、今年の8月は久しぶりに一ヶ月日本に滞在する予定です。

さて、その卒業試験、今回はいよいよ【本番編】です。まだお読みになっていない方は、まずは前回の【準備編】をどうぞ!

▶︎ベルリン便り Vol.15 ~卒業試験【準備編】~

恐れてきたモノ、論文…。

ベルリン芸術大学修士課程のヴィオラ科には、10~15ページの論文を提出するという課題があります。ちなみに、器楽専攻でこれだけ書かせるのはヴィオラ科のみで、他の弦楽器はプログラムと2、3ページの解説で良いそうです。

しっかり表紙ページもつけて製本した論文

“論文”といっても、プログラムについて分析や解説を書くだけでよく、形式も全く指定されていないので、その点は私たち外国人にとって親切だと言えるのですが、それでもドイツ語で10~ 15ページ書くというのは大きな壁です。私が入学した当時のベルリン芸術大学のカリキュラムは、修士課程では講義を受けなくて良いことになっていたので(現在は少し改定されています)、音楽理論をドイツ語で習う機会はありませんでした。私はあらかじめ中高生向けの楽典の本を買って少し自習していたのですが、それでも語彙の乏しさのために苦戦したのは言うまでもありません。

また、ドイツで論文やレポートを書く際には語調や形式など気を付けることがたくさんあります。それらを書いた経験もなかったので、たとえ論文形式が決まっていなくてもなるべくきちんとしたものを書きたいと思った私は、このときに備えて、一度書き方についてのワークショップに行ったほどでした。

結局、どうしても練習の方に時間を割いてしまって、ドイツ語の資料を読む暇もなく(やっていたらどれだけ時間がかかったことか)、日本語の資料から訳したり自分の考えをひたすら書いて行ったりしました。実際に書き始めたらあっという間に15ページに到達したのですが、書き始めるまでの壁が高く、いつも相当気合を入れてから一気に書きあげるようにしていました…!

書きあがってから忘れてはならないのが、ネイティブの人のチェック。こういう言い回しはしないとか、音楽をやっていない人にはこの説明ではわからないとか、形式が違う(!)など、送った原本はいつも真っ赤になって返ってきました…。それをそのまま貼り付けるだけでは勉強にならないと思い、訂正と原本を毎回見比べて打ち直していたので、校正にもかなりの時間がかかりました。

論文、中身はこんな感じ

こうして出来上がった論文は、試験数日前にコピーショップで綺麗に印刷&製本をして、無事に提出することができたのでした。“形式は自由” でしたし、最終的に主に評価されるのはもちろん演奏の方なので、ここまでしなくても良かったかもしれませんが、無駄なプライドが働いたということで…(笑)。

90分ぶっつづけの公開演奏会!

試験当日の様子。うちの大学の試験では、女性陣はみんな派手なドレスを着ずに、シンプルに黒かシックなドレスでした

数々のレッスンを受け、ピアニストを困らせるくらいリハーサルをし、初めて自分で仕切る弦楽四重奏 ・チェンバロとのを合奏リハーサルして、いよいよ迎えた試験当日。試験は午後だったのでゆっくり寝(た結果少し寝違えてしまったのですが)、まずはコピーショップに行って前夜に作ったプログラムを印刷するところから始まりました(笑)。試験は一般公開なので、来てくださったお客様にもどんな曲を演奏しているのかがわかるように、短い解説などを入れた両面刷りのプログラムを作ります。この両面刷りにコピーショップの店員さんが手間取り、思ったよりも時間を取られてしまったのはまさかの事態でしたが(苦笑)。

その日試験をするのは私のみだったので、ホールで直前までリハーサルをして、たいした休憩も挟まずにバタバタと始まったリサイタル試験。学生として最後の本番だったのでたくさんの方をご招待することができ、試験ながらも小さなホールにとてもあたたかな空気が流れていました。その日の気温がものすごく高くてホールが非常に暑かったこととは関係なく(笑)。教授陣も、一列に並ばずに、あちこちに散らばってまるで一聴衆かのように座っていらしたので、本当にソロコンサートさながらでした。

用意していたプログラムは90分弱。プログラムの長さやホールの熱気もあって、途中5 ~ 10分程度休憩が入るかと思いきや、転換以外全く休憩なしのぶっつづけ…! 聞きなじみのないであろうプログラムでしたし、これにはご招待したお客様に申し訳なくなりました…。また、通常のリサイタルであれば20分ほど休憩をとって、自分や楽器の状態をリセットできるのですが、そういうわけにもいきませんでした。初めてづくしのプログラムや、弾き続ける中で変わっていくコンディションと戦っていくのは未知の体験で、大きなコンサートをしたことがなかった私にとって、非常に大きな経験になりました。

異例尽くしの最終関門!

実は私、滞在ビザの延長のためなど諸事情によりできるだけ早く卒業試験を終えなければならず、試験を当初の試験期間より1週間前倒しなければなりませんでした。私の事情を理解して下さった先生が、どうにか試験ができるようにわざわざホールの予約をしてくださったり、必要最低人数の教授が集まるように方々に連絡をしてくださったりと、最後の最後まで奔走してくださって、どうにか無理やり実現することができました。返事が遅かったりキャンセルが多発したりと、ゆるーいヴィオラ科教授陣には当日まで試験ができるかやきもきさせられましたが…。

そういう事情もあったため、なるべく早くすべてを終わらせられるよう、本来14日後にやるレパートリー試験もリサイタル試験の直後にやることに。90分のリサイタル試験を弾いたあとに大きな協奏曲とオケスタを弾くこと、そして本来ならばレパートリー試験のためだけに14日間の準備期間がとれるところを、全部まとめて準備しなければいけなかったことはかなり大変でした。当日も、2 つの試験の間にほぼ休憩を挟まなかったため、教授陣も疲れていたのかレパートリー試験ではすべてを弾かずに済むという異例の温情つきでしたが、2 時間強ぶっ続けで弾くのはさすがに大変でした。

これで、卒業…?

試験が終了して全員退出したあとは、試験がどうだったか、どう評定をするかなどと、教授陣がすぐに話し合いに入ります。そう、その日のうちに成績が出るのです。

しばらくすると試験部屋に呼ばれ、講評タイム。教授陣が自分の前に並んで座っていたのはその日初めてだったので、試験よりも緊張しました…。試験のプログラムを大変評価していただいたり、弾きとおした耐久力を褒めていただいた反面、こういう改善点があるからこの成績にしました、これからも頑張ってくださいとご講評をいただいて、終わり。あまりにあっさりとしていましたし、後半のレパートリー試験は非公開で、知り合いがいない中寂しく試験をおこなったので、なんだか終わったという実感がなくて呆然としてしまいました(笑)。ベルリン芸術大学には入学式も卒業式もないので、このままなんとなくフェードアウトして卒業です。なんとまああっけないことよ。

そんなこともあろうかと、夜にピアニストや共演者とレストランで打ち上げを計画しておいたので、みんなで少しわいわいやって、私の卒業試験は終わったのでした。

たくさんの方に支えられて、次のステップへ。

3 年間通ったこの校舎ともあっさりお別れ…

この 3 年間の大学生活、本当にいろいろなことがありました。何度も壁にぶち当たり、その度にヴィオラの先生には音楽面のみならず、ドイツ留学生活においても助けていただき、感謝してもしきれません。卒業試験で共演してくれた友人、聴きに来てくださった方々のみならず、ベルリンや日本など、あちこちから応援してくださった方々、そして 3 年間見守り続けてくれた家族…本当にいろいろな方に支えられて、今の自分があるのだと感じました。

さて、連載【ベルリン便り】もこれにて最終回です。かなり不定期ではありましたが、ご覧いただきありがとうございました。

卒業試験を終えた私ですが、ドイツ生活はまだまだ続ける予定で、今は次のステップに向けていろいろと準備中です。お伝えできるようになったらまたこちらでできたらと思いますし、引き続き“いちライター”としてCOSMUSICAに寄稿していきたいと思っていますので、これからもご愛読いただけたら嬉しいです♪

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あきこ@シュトゥットガルト

5歳よりヴァイオリンを、13歳よりヴィオラを始める。東京藝術大学卒業、ベルリン芸術大学修士課程卒業。ベルリン・ドイツオペラのアカデミーを経て、現在はシュトゥットガルト・フィルハーモニー管弦楽団に在籍。