【前編】「ハノンをアップデートせよ!」楽譜を音楽的に読む方法

日本でピアノを学ぶ人なら誰もが通る「ハノンピアノ教本」。実は2019年は、ハノン生誕200周年という記念すべき年なんです。

そこで、ピアニストである佐野 主聞(さの しもん)さんにハノンにまつわるコラムをご寄稿いただきました。前後編に分かれているうち、本記事は前編です。佐野さんならではの鋭い視点で語られる「ハノン」をぜひお楽しみください。(COSMUSICA編集部)


こんにちは。ピアニストの佐野 主聞です。

ハノンには苦しめられた人が多いのではないでしょうか? また、「とにかくつまらない!」という感想を持っている方も多いと思います。今日はそんなピアニストピアノの先生にぜひ読んでいただきたい記事です。

結論から言うと、「ハノンは、危険性を理解して使えば為になる教本となる」です。

この記事を読むメリット

・ハノンの危険性についてわかる
・楽譜の音楽的な読み方がわかる
・危険性を理解した上での練習方法がわかる
・実はつまらない曲など世の中に存在しないことがわかる

それではハノンと音楽を考える旅に出発しましょう!

※この記事はクラシックピアノの学習者向けの記事です。
※ハノンはフランス人のため、本当は「シャルル=ルイ・“ア”ノン」と“H”を発音しないのが正しいですが、日本ではハノンとして広まったため記事の中でも「ハノン」で統一します。


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ハノンの危険性

今は科学の進歩によって人間の身体の構造がわかり身体の使い方やピアノの奏法も確立されてきました。

そんな中、1873年に出版されたハノンピアノ教本に書かれていることを鵜呑みにしてしまうと変な身体のくせがついてしまい、直すのに時間がかかるだけではなく、音楽的にピアノを弾くことを阻害してしまう原因にもなります。

理由としては、ハノンの時代のピアノと現代のピアノの構造的な違いや、日本で出版された当時から最近まで「ハイフィンガー奏法」という、指を高く上げて下ろすという奏法が流行っていたこと(完全に手を痛める奏法)。そして、「気合いと根性でなんとかしろ!」という時代でもあったためだと個人的には考えています。

ハノンに苦しめられた過去をもつピアニスト、もしくはハノンのつまらなさによってピアノをやめてしまった人たちも少なくないのではないでしょうか。

ハノンは必要か

「ピアノをやっていく上でハノンは必要か」と聞かれたら、私は「ある程度は必要で身になるけど、正しく使わないと害になる」と答えます。

その理由はひとつ!

ハノンピアノ教本には、「指に関すること」しか書いていないから。

そもそもピアノを弾くためには、頭・体・耳を3つを統合する必要があるのですが、ハノンは頭と耳を排除した上で、体についても指に特化した形で書いてしまっているため音楽的ではないと思われても仕方ありません。書いていることがたりなすぎるのです。

ピアノの先生としては、排除された部分を補った形でレッスンをする必要があります(そうしないと生徒さんがまたあなたと同じ苦しみを味わうことになります)。

たとえば、ハノンピアノ教本第1部には

どの指も

  1. すばやく動く
  2. 1本ずつ独立させる
  3. 力強くなる
  4. つぶをそろえる

ための練習。

と書かれています。この言葉だけを見せられたら、指への意識だけが高くなってしまうのも無理はないです。

しかし! こう書かれていたらどうでしょう?

  1. 自分が歌えるテンポの中ですばやく動く
  2. 体全体への意識を持ちながら1本ずつ独立させる
  3. 頭で考えて、気持ちを込めた上で力強くタッチできるようになる
  4. 耳を使ってつぶをそろえる

ための練習。

上記でも「すばやく動く」や「力強く」という言葉には違和感が残りますが、だいぶ印象が変わる……というか複雑になりましたね(笑)。

私が言いたいのは、

  • ピアノを弾くというのは指を動かせばよいってもんじゃない!
  • 頭、体、耳を総動員して弾くものだ!

ということです。

そして、どんな音でも楽譜の音楽的な読み方を知っていれば音楽的に弾くことができるのです。

楽譜を音楽的に読むちから

前提として、音楽的な演奏とは何か考えていきましょう。

まず、この世の中で一番人に気持ちを伝えることができる楽器は、「声・歌」です。なぜなら、声は人の中にある楽器だから。体と楽器が一体化していることによって、他の楽器と比べると圧倒的に自由自在に扱えます。

ということは、ピアノを弾くときも自分が歌うときのように弾けたら人に気持ちを伝えやすい、ということになります。

「自分が歌うように弾く」

これがピアノを弾く上でのひとつの理想です。

具体的に言うと、音楽を作る三大要素、「リズム」「メロディー」「ハーモニー」を自分の頭の中で鳴らして、それをそのまま楽器で表現すること。

リズム、メロディー、ハーモニーを言い換えると、

リズム = 音の長さ
メロディー = 音の高さ
ハーモニー = 音の色

となります。この3つを用いて、音のテンションやエネルギーを表現することになるので、さらに細かく見ていきましょう。

リズム

「リズムが変わる」ということは「音の長さが変わる」ということです。

リズムを声に出そうとすると、その音が長ければ長いほど、声に出すために息を吸わなければなりません。ということは、長い音には吸った分の息がエネルギーとして生じるわけです。

長い音ほど歌うときには自然と気持ちが入り、人間の感情の高まりが表現されます。

メロディー

「メロディーが変わる」ということは「音の高さが変わる」ということです。

よくピアノの先生に「メロディーをもっと歌いなさい!」と言われませんか? だけど、歌うとは具体的に何なのか。

「歌う」というのは、「音と音の間(音の幅、音程)を歌う」ということです。歌うとき、音が高くなればなるほど、そこには感情の高まりが生まれます。

ドレミファソファミレド~♪

と実際に歌ってみると、音程が上がれば声も自然と大きくなり、下がれば声が小さくなるはずです。

声に出して歌えない方がいたとしたら、頭の中で鳴らしてみてください。そのときに、「ソ」の音に向けて感情が高まるはずです。感情が高まるから自然と音量も上がっていきます。

ここで大事なのは、音量(強弱)というのは感情と共に自然とついてくるということです。感情がないのに強弱だけで表現することはできません。それは歌っていることにならないからです。なにか気持ちを込めたいから、強弱が変わるのです。

音程を歌うときにかかる時間

さて、「ドレミファソファミレド~♪」というのは、全てが2度の音程の連なりですが、音程(音の幅)が広いほど、歌った時に時間がかかります。

実際に、「ド~レ~♪」と2度の音程を歌って、その後に「ド~ラ~♪」と6度の音程を歌ってみてください。6度の音程の方が自然と時間がかかるはずです。

2度を歌う時と同じテンションやエネルギーでは6度は歌えないことがわかると思います。

よく、どのような音程でも同じようなテンション、同じようなエネルギーで弾いている人がいるのですが、ピアノというのは残念ながら不器用な楽器で、出せる音の最小単位は1/2音(半音)です。

でも実際に人が歌えば、その音程をグラデーションのように無限に出せますよね。ということは、音程をちゃんと歌おうとすると、その分の時間がかかるはずです。

それなのに、ピアノは鍵盤を押せば音が鳴ってしまい、「音楽的に歌ってなくてもピアノだと弾けてしまう」ため、歌うことを考えると非常に不器用な楽器なのです。機械的な演奏が多くなってしまうのもこのためです。

ハーモニー

ハーモニーは一番複雑で、リズムやメロディーでは表現できなかった微妙な心理や色まで表現できるものです。

ただしそれは作曲家によっても、その曲によってもさまざまで、ひとつのハーモニーをひとつの意味や感情に定義することは不可能です。しかし、その代表的な機能を説明することはできます。

T(トニック)
D(ドミナント)
S(サブドミナント)

すっごくザックリ説明すると、ドミナント→トニックは緊張と緩和の関係。サブドミナントも緊張度高い。テンションが高い。緊張感を溜める役割。

……などとよく言われるのですが、そのハーモニーをどう感じるかは知識の部分も多々ありますので、実際に自分でそのハーモニーを弾いて、聴いて、どう感じるかを実験してみてください。

こちらの動画で、ハーモニーのバランスをどうやって感じたらよいかを説明しています。

今回はここまで。ハノン教本を活用することにもつながる「楽譜を音楽的に読む方法」を解説させていただきました。

次回は実際にハノン教本を効果的に練習する方法をご紹介します。


佐野 主聞(さの しもん)

東京藝術大学・学部卒業、修士終了後、2年半の社会人生活を経てイスラエルに留学。 ピアノとぷよぷよと麻雀をこよなく愛する人間。 マクロ管理法と筋トレで10kgの減量に成功したが、今は痩せすぎたので健康的な増量を目指している。 夢は、演奏会ができる猫喫茶を開くこと。猫喫茶の奥には、雀卓とビリヤード台、更にサロンと録音設備も完備…が理想。

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