「1 日練習を休むと自分には分かる。2 日休むと批評家に分かる。3 日休むと聴衆に分かる」
ポーランドの音楽家イグナツィ・パデレフスキーが残したこの言葉は、音楽家に限らず多くの方が耳にしたことがあるのではないでしょうか。何とも耳が痛くなる言葉ですが、みなさんは、練習など自分が必死になってやってきたことを本気で休んでみたことがありますか?
今回は、ひょんなことから 1カ月間、楽器を離れた私のお話を、あくまで個人的な体験談としてご紹介したいと思います。
初めての「夏休み」
きっかけは、日本への1カ月間の一時帰国でした。これまで、夏休みといえば大体、コンクールを受けたり講習会に行ったりしていたのですが、今年は6月に大学院の卒業試験があったために、準備に追われて申し込み期間を逃したり、探す時間と気力がなかったりしたので、久しぶりに長期間日本に滞在することになったのです。
1カ月も日本で過ごすのは、 3 年半前に留学に出て以来初めてのこと。久しぶりに友達に会ったり、先生方へご挨拶に伺ったりするのでスケジュールはあっという間にいっぱいになりました。また、今回は特に演奏の予定もなかった上、試験後の燃え尽き症候群を軽くこじらせていたことも相まって、ヴィオラを日本に持ち帰ったものの実際に触ったのは 5 回もありませんでした。楽器を始めて以来、こんなに楽器に触らなかったのは初めてのことでした。
1カ月の休みがもたらしたもの
1 週間に 1 回程度楽器を触って感触を確認していたものの、時間が過ぎるにつれて「練習をしていない」という罪悪感が少しずつ高まっていきました。しかし同時に、「楽器を弾きたい」「練習をしたい」という気持ちも少しずつ出てきたので、9 月にドイツに帰ってからは楽器を触る習慣に無事に戻ることができました。
1カ月も休むといろいろなことが変わってくるものです。嬉しい変化としては、これまでの数カ月、あるいは数年分の溜まりきった疲れが抜け、楽器を弾くという単一な運動によって偏っていた筋肉のクセもとれたように感じました。そのおかげで、疲れや精神的な思い込みから普段動かしにくくなっていた体を一度リセットできたり、新たに良い弾き方を教え込むことができたりしました。また、弦楽器特有ではありますが、左指についていた深い弦の跡が完全に取れ、久しぶりに綺麗な指の腹を拝むことができた…だけでなく、弦を押さえる部分も新しく試すことができました。
良いことがあれば悪いこともあるもので、トレーニングをしないともちろん筋肉は衰えてしまいます。指が前のように速く動かなかったり、以前のように開かなかったりしたのには非常に困りました。戻さねばと思うあまり無理をしてしまって、若干腱鞘炎を起こしかけましたが、同時に、これまでどれだけ無理をして開いていたのかということにも気づき、弾き方を見直すきっかけにもなりました。
また、驚いたことに(よく考えれば当然のことでもあるのですが)、右指の皮膚も柔らかくなっていたようで、ピチカート奏法(弦をはじくこと)への耐性がなくなり、しばらくはじくたびに痛くて苦労する羽目になりました(笑)。その他にも、座奏時に背中とお腹で上手く支えられなくなっていたり、耳がたくさんの音を聞き分けることに慣れていなかったり、1カ月休んだ影響をさまざまなところで思い知らされると同時に、普段どれだけのことをしていたかに気付かされたのでした。
ヨーロッパではよくあること?
留学してから出会ったヨーロッパの人たちはよく、今回の私のように、2 週間から 1カ月程度楽器を持たずに休みを取るといいます。中には 3 週間休んで旅行に出て、残りの 1 週間で元に戻す、という風にしっかりと計画を立てている人もいました。また、ドイツのオーケストラは年間 45 日程度休暇を取ることが義務付けられており、休暇の際はメンテナンスのために楽器を楽器屋さんに預けて出る、なんてこともよくあるようです。そんな話を聞くたびに、「そんなに長く楽器に触らずに、弾けなくなったらどうするんだ」と思っていたのですが、今回休んでみて、きちんと自分なりの戻し方を持っていれば、むしろ良い効果すらあるのかも知れないと考えるようになりました。
なかなか休むことには勇気が要りますが、少し休んでみると、生活が変わったり楽器と向き合い直すきっかけになったりするものです。1カ月とは言わずとも、1 週間程度楽器を持たずに旅行に出たり、週に一度全く楽器に触らない日を作ってみたりしてはいかがでしょうか?
※この記事はあくまで筆者の個人的な体験談に基づくものです。
あきこ@シュトゥットガルト
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