「オペラやっぱ楽しかったわ。」Nr.8

本コラムは、声楽家・平山 里奈がベルリンで学ぶ中で、オペラの魅力を再発見していく様子を思うままにつづる連載作品です。


忘れがたき『トスカ』

更新がしばらく滞っていた私だが、この間に実は、長いようで短かったベルリンでの生活に終止符をうち、完全帰国を遂げていた。

すでに醤油の香り漂う我が祖国に帰りたち、毎日美味しい白米を涙を流しながら貪っているわけだが、まだまだ皆さんにお伝えしたいベルリンで観たすばらしき公演の数々が私の記憶には刻まれている。これをお届けしないわけにはいかないだろう。

日本に帰国して最初に思い出す、「何よりもまず書いておきたい」と思う公演が、4月22日にベルリンフィルで観た『トスカ』である。

ベルリンフィルとは

Wikipediaより

日本でも多くのファンを魅了し、世界でも随一のオーケストラがベルリンにはある。そう、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団だ。クラシックを聞く人も聞かない人も、一度はベルリンフィルの名前を耳にしたことがあるのではないだろうか。

余談だが、日本ではベルリンフィル・ハーモニー管弦楽団を「ベルリンフィル」という略称で呼ぶことが多いが、ベルリンでそう呼ぶと少しややこしいことになる。というのも実は「ベルリンフィルハーモニー管弦楽団」の本拠地であるホールの名称も「ベルリン・フィルハーモニー」という名前なのだ。つまり人々は「ベルリン・フィルハーモニー」で「ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団」の演奏を聴いているということになる。日本語の会話で「昨日ベルリンフィルに行ってきた」と簡略的に報告しようものなら、ホールに行ってきたのか、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会に行ってきたのか伝わらないというわけだ。

とはいえそこはその場の空気を読み取りつつ、我々日本人は(おそらく多くの人が)ややこしいと思いながらも、現地でもベルリンフィルという略称を用い、ホールのことも管弦楽団のことも、一語で華麗に使い分け会話していた。本コラムにおいては、わかりやすく管弦楽団のことのみを「ベルリンフィル」と呼んでいくこととする。

28年ぶりの名作上演

ベルリンフィル公式HPのスクリーンショット

さて、4月23日の公演はたった一夜限りという特別な公演だった。というのも、この『トスカ』は直前にバーデン=バーデン・イースター音楽祭2017にて上演された演目であり、それを本拠地に持ち帰って公演するというイレギュラーなものだったのである。

イースター音楽祭での公演と一味異なる点は、ベルリンでは、コンサート形式で上演されたということだ。加えて特別に感じさせる理由をもうひとつ挙げるとするなら、なんとベルリンフィルがこの演目を上演するのは1989年以来実に28年ぶり。まさに壁が崩壊してからと同じだけの歳月(もとい私が生まれてからの歳月)、ベルリンフィルはこの公演の上演を待っていたというわけだ。

指揮をとるのは、現在のベルリンフィルの音楽監督であるサイモン・ラトル。彼が振るベルリンフィルの公演は大変人気で、チケットが完売してしまうことも多い。私にとっては帰国も迫ったこの日のこの公演が、彼の指揮するベルリンフィルを聴く初めての機会となった。エネルギッシュな演奏に定評がある彼が、情熱的な『トスカ』の音楽たちをどのように奏でてくれるのか。私は客席で期待と興奮を抑えられず、おそらくいつも以上に落ち着きがなかっただろう。

未だかつてない興奮と感動

ベルリンフィル公式HPのスクリーンショット

劇場内に入ったとき、舞台上を観て驚いた。用意されているオーケストラの座席数の多いこと! コンサート形式なのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、普段オーケストラピットの中にぎゅうぎゅうに押し込められている人数とはわけがちがう。そして最初の曲からその規模を耳でも体感する事になった。

すごい迫力、すごいエネルギーだ。

「音楽の圧」といったらいいのだろうか。とにかく凄まじい迫力で音楽が怒濤のように客席に迫りくる。すごい。こんなオペラ聞いたことがない。これはオペラの伴奏ではない。オーケストラ自体が意志を持ち主張し、生きて表現しているようであった。さまざまな楽器の集合体であり、多くの人間によって構成されるオーケストラが、一人の指揮者に指揮されて、一つの方向に向かってものすごいエネルギーで突き進むのだ。そのエネルギーは観客一人一人にむかって突進してくる。座席の肘かけを掴んでないと、そのまま吹き飛ばされてしまいそうだ。大事なことなのでもう一度言うが、ほんとうに、こんなオペラは聞いたことがない。

世界随一の演奏がここに!!!

世界随一のオーケストラであるベルリンフィルによる、情熱的で激しく、にわかに信じがたいほどに、意志をと生命を持ったような演奏によって奏でられる音楽と豪華で華やかでたぐいまれな歌い手達による本公演は、私のベルリン生活に於いても随一の公演だったと言える。おそらく今後の人生でこれほどの演奏にであえることはなかなかないだろう。

加えてコンサート形式だった事で、視覚的な情報よりも、純粋に、ひたすらにその音楽を堪能することができた。本当に素晴らしい公演だった。あぁ、本当に、日本の皆さんにも聞いていただきたい。こんな感動が誰とも共有できないだなんて、もはや悲劇だ。だってこんなに素晴らしかったのに!

どうか参考動画を観て少しでもその雰囲気を堪能していただければ幸いだ。そしてまんまとベルリンフィルを聞きたくなってしまえ! そうしてたくさんの人がオペラを見に行けばいい! そんでもってオペラのファンがいっぱいいっぱい増えますように!!

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輪湖 里奈

東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。同大学院音楽研究科修士課程独唱専攻卒業。学部卒業時にアカンサス音楽賞、同声会賞を受賞し、同声会新人演奏会に出演。東京藝術大学新卒業生紹介演奏会にて藝大フィルハーモアと共演。2014年夏には松尾葉子指揮によるグノー作曲「レクイエム」に出演。これまでに声楽を千葉道代、三林輝夫、寺谷千枝子、Caren van Oijen各氏に師事。