本コラムは、声楽家・平山 里奈がベルリンで学ぶ中で、オペラの魅力を再発見していく様子を思うままにつづる連載作品です。
恋の始まりはSNS!?
今日は少しさかのぼって、私が12月に観劇した「コーミッシェオーパー」の『セビリアの理髪師』についてつづりたい。『セビリアの理髪師』は、大オペラ作曲家の一人であるロッシーニの代表的作品のひとつだ。作風の特徴は兎にも角にも超絶技巧で、メロディーはキャッチー、喜劇が多く、ひじょうにエンターテインメント性が高いということが挙げられるだろう。中でも『セビリアの理髪師』は聴き所満載の愉快なオペラである。
そんなただでさえおもしろく、観やすいオペラを、「コーミッシェオーパー」はご丁寧に、さらに観やすく面白いものにしてくれたのだ。「コーミッシェオーパー」はどこまでオペラをおもしろくしていくのか底知れない。その舞台は、現代の欧米のいずれかの国に、ロジーナとアルマヴィーヴァ伯爵の恋を繋ぐのはFacebookとMessengerという、なんとも斬新な冒頭から舞台はそのまま進行していく。
細部までこだわって、こだわり尽くされた演出
序曲の時点でその音楽に合わせた演出で歌い手やオーケストラメンバー、指揮者までもが演技をしていく。舞台上にはプロジェクターでアルマヴィーヴァ伯爵とお付きのフィオレッロの交わすMessenngerが映し出される。「この曲ながくね? いつおわんの?」「もうすぐ終わりますから…」なんて具合だ。既におもしろい。
軽薄でクラッシックなどには興味のない若者ふうをいかにも装っていながら、音楽との絶妙なコンビネーションは、楽曲に対するリスペクトを多分に感じる。今までに見たことのない発想での演出で、あまりに斬新、そのスタンダードな演出とは大きくかけ離れた解釈の展開を見せながらも、そこに矛盾を感じさせないこだわり!
この作品を何度も観たことのある観客にとっては、エンターテインメントとしての面白さに加え、その大胆不敵、なおかつ、一つ一つの細部までこだわり尽くされた演出に、今までにない感動が味わえる。
抱腹絶倒!どこまでも笑わせてくれる公演
物語の重要なキーマンである『セビリアの理髪師』ことフィガロは、有名なカヴァティーナ『街の何でも屋』を歌いながら登場するのだが、この演出ではその登場もびっくり仰天。なんと2階席の後方から登場するのだ。そして客席の間を歌いながら通り抜け(正確には、座席の肘掛けを渡って、観客達を次々またいで行く)楽曲後半までに舞台上に降り立つ。客席おりだなんて、さながら歌謡ショーか、宝塚みたいだ。
舞台上には黙役のダンサー扮する3人のフィガロが待ち受けている。この役柄は台本には描かれていないのだが、その3人のフィガロが歌い手である本物のフィガロのアシスタント的役回りをこなしたり、愉快なパフォーマンスで観客を湧かせたりと、大活躍してくれる。奇妙な動きや不敵な笑みで観客の笑いをあおってくる。
また、一幕でアルマヴィーヴァ伯爵が、ロジーナに偽りの名前を名乗って愛を告白するシーン。普通は彼女の部屋のバルコニーの下から、カンツォーネを歌うという演出が付けられるのだが、この公演ではエレキギター伴奏で、ポップスふうに楽曲を歌い上げ、それをムービーに収めて、ロジーナにメッセンジャーで送信する。
まるで今時のバラード曲を歌手に成りきって歌っているかのようなアルマヴィーヴァ伯爵の演技。クラシックのオペラ歌手のはずなのに、そのポップスふうの歌唱がまためちゃくちゃうまいのだ。オペラ劇場が一瞬にしてコンサート会場へと変わってしまう。観客からはヒューヒューなんて口笛が飛ばされたりして、私は、今までのオペラを観る雰囲気の常識を、180度覆されてしまった。これは私の知っているオペラではない。しかし、サイコーにクールだ。
総合芸術とは…
オペラは総合芸術と呼ばれることがよくある。いわゆる快楽的な商業主義のエンターテインメントとは一線を置くような、それはまるで、高尚で、インテリゲンチャのある分野で、知識や財産や教養のある選ばれた人間のためだけの楽しみのような…。もちろんそういった側面が無い訳ではない。しかしながら、それだけではないのだ。
さまざまな芸術の総合であるからこそ、老若男女、全ての人が楽しめる要素が詰まっているということでもある。まじめな、多くの人がイメージするオペラの形があって、今までとは違う、全く新しいエンターテインメントとしてのオペラの形があって、様々な形態があるから、多くの人は飽きることなくオペラを愛し続けているのだろう。
いろいろな楽しみ方があって、人によって面白いと思う観点が違って、ひとつの作品を何通りもの角度から楽しむことができる。だからいいのだ。恋の始まりがSNSなオペラがあっていいのだ。おもしろければ何だっていいのだ。
輪湖 里奈
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