【後編】満足できるものを、一本ずつ。ヴァイオリン職人、松上一平の仕事論

地元・山梨に工房を構えるヴァイオリン職人、松上一平(まつかみ・いっぺい)さんにインタビューしています。前編では、ヴァイオリン職人を志したきっかけや、専門学校でどのようなことを学んだのかということを伺いました。

▶︎「【前編】どうやって作られる? ヴァイオリン職人、松上一平インタビュー

後編ではもっと踏み込んで、松上さんの目指すヴァイオリンとはなにか、どのような仕事観を持っているのかというところまで伺っていきます。

工房で過ごす日々

独立することを決め、地元の山梨に戻ってからは年間で6本ほど作品を製作しているそうです。

−木材を買い付けるところから、ご自身でされるんですか?

「そうですね。 日本の業者から買いますが、たまに海外で良いものに出会うとそこで買い付けることもあります。でも暗いところで見た木材などは、後から見て『あれっ、イメージと違ったな…』なんてこともありますよ(笑)。とは言え、自分の好みも変わっていくものですし、捨てたりはせずとっておきます」

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ラックに並べられた木材

−木材って、台形で売られてるんですね…!

「木の幹が丸いので、切り分けていくとこうなります。でもこれもうまくできているなあと思うところなんですよ。ヴァイオリンを作るときは、こうして木を合わせて作るのですが、ヴァイオリンは膨らみを帯びているものなので、形としてぴったりなんです」

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−本当だ…! ヴァイオリンの膨らみの部分は、やっぱり特に難しい工程なんでしょうか?

「膨らみは毎回悩む部分です。要所要所で何ミリの厚さというのを決めていても、それと美しい曲線を出せるかどうかは別なので。作業中は『(綺麗な曲線が)出てこい、出てこい』と探りながら木を削っています」

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豆カンナで精密にカーブを削り出す

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厚みを精密に測定できる道具

ヴァイオリンの“あるべき姿”とは

ヴァイオリンは、ひとつひとつ職人が手作りしているものなので、同じものは生まれません。松上さんがいろいろなヴァイオリンの図録を見せてくれます。

「ね、どれも全然違うでしょう」

−すいません、素人目にはなかなか難しいです…。

「え、全部似て見えます?」

−というか、同じに見えます…。

「あれ〜!? そうかそういうものか…。僕たちが見たら、それぞれ全然違うんですけどね。でもこれを見てください。実は、ストラディバリのような名器と呼ばれているものは、アメリカの研究チームがX線・CTスキャン検査をして各寸法が資料になっているんです。たとえばこれは『 f 字孔』と呼ばれている穴の部分の寸法なんですが、ものによってどれだけ違いがあるのか一目瞭然ですよ」

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−なるほど…。松上さんのヴァイオリンの“松上さんらしさ”はどんなところなんですか?

「僕のヴァイオリンは、『あっさりした作り』と言われますね。といっても、コテコテした部分とあっさりした部分があって…って、これもピンと来ない感じですよね?」

−聞いておいて、すみません…(笑)

「そうですよね(笑)。職人同士だと通じちゃうようなところなんですが」

−でも、名器の寸法もわかっていて、さまざまな研究も進んでいる今、松上さんが目指している「良い楽器」ってなんなんでしょうか?

「そうですね…語弊を恐れず言うならば、造形の美しさを備えた楽器でしょうか。ヴァイオリン作りというと、“良い音の出るヴァイオリン”を追い求めていると思われがちですが、そもそも『良い音ってなんだろう』というのもあって。そういった曖昧な理想を掲げるというよりは、作りの良さや、スタイルにこだわることが、楽器の弾きやすさや将来性、そして音の良さにつながっていくと考えています。

ストラディバリのような、名器と呼ばれる数々の楽器も、奇をてらっているようなものではなく、自然な美しさがありますよね。それはある意味、“究極の普通”とも言えるかもしれませんが、僕もそういう『普通』を目指しています」

そして2012年。クレモナ・トリエンナーレで松上さんのヴィオラが7位に入賞。さらに、若手(30歳以下)最優秀賞である「サッコーニ賞」を受賞したのです。それまでの取り組みが評価された瞬間でした。

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授賞式の様子

−受賞当時、どんな気持ちだったのでしょう。

「本当に驚きの気持ちと嬉しい気持ちでいっぱいでした。それと同時に、自分の中ではまだまだ課題山積だなとも」

−コンクールにはずっと挑戦し続けたいですか?

「そうですね。もちろんコンクールのために楽器を作るわけではないですし、コンクール至上主義になってはいけないのですが、やはり普段ひとりで仕事をしているので、こうして客観的に評価してもらえる機会は貴重です。それに、世界中から素晴らしい楽器が集まってきて、それを身近で見られるわけなので本当に勉強になりますし」

−今ヴィオラを主に製作されているとのことですが、それはこのときヴィオラで入賞したのがきっかけですか?

「それもありますし、そもそも単純にヴィオラの音色が好きということもあります。でも一番の理由は、自分に向いているなと思ったからですね。ヴィオラって、ヴァイオリンに比べて製作時の自由度が高いんですよ。ヴァイオリンは規格がほとんど完成されていて、サイズの誤差も数ミリ単位ですが、ヴィオラは物によって数センチの差があります。さっきも言った“究極の普通”を目指すにあたって、ヴィオラはまだまだ模索の余地がある。それが自分の中で面白みのひとつなんです」

過去と現在と未来

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部屋は暗め。手元を明るくして作業をする

経歴をみれば順風満帆に成長を遂げてきたかのように見える松上さん。これまでに挫折を感じたり仕事をつらいと感じたことはなかったのでしょうか。

「常に挫折していますよ…。妥協ができないので、ある工程で長らく止まってしまったりしますし。今でこそコンクールで受賞した話もできていますが、26歳で初めてコンクールに出品したときは全然思うような順位を取れなくて。それもひとつの大きな挫折でしたね」

−自信を持って出品した作品だったんですか?

「そうです。なので結果を見て、これはどういうわけだと思ってポーランドまで展示会を見に行ったんですよ。そうしたら、自分がそれまで全然知らなかった新作ヴァイオリンの世界があって。入賞作品を見て、実際にこれは良いなと思えたし、もっと勉強して自分の作品に取り入れていきたいなと思えました」

しかし、買い手の満足度やコンクールでの評価という指標があるとはいえ、日々の仕事では自分でしっかり指針を決めていかなくてはなりません。何を目指すのか、どこに満足するのか…そんな自問自答を繰り返す職人の仕事は、非常に内省的でストイックだと感じました。私がそう言うと、松上さんはいたって冷静に、「いつもそのときベストだと思うものを作っていくしかないですよね」と言います。

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−最後に、松上さんにとって、この仕事のやりがいを感じる瞬間はどんなときですか。

「そうですね…今まで出せなかったものを出せたなと思う瞬間でしょうか。『自分にとって自信を持って出せる楽器を作ろう』という意識を常に持って製作しているので、満足できるものを作り続けて、一本一本成長していけたらなと思っています」

−ありがとうございます。……ところで、専門学校時代に初めて作ったヴァイオリンは今どこにあるんですか?

「うちにありますよ」

−見たいです!!

急なお願いにもかかわらず、松上さんは「いいですよ」と立ち上がり、奥の部屋からそのヴァイオリンを持ってきてくれました。

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上品につるりんと光るヴァイオリン。素人目で感想を言うのもはばかられますが、私の目にはなんだか「内気だけれど自分の意見をしっかり持った優等生」のように映りました。

−すごい! しっかりしたヴァイオリンですね。

「ずいぶん久しぶりに見ました。このニスをぴかぴかに仕上げている感じが懐かしいです。今はニスを塗ったあとは磨かず、ほぼ塗りっぱなしで木の表面のぼこぼこを生かすのが好きなんですが、これはこれでやっぱり良さがありますね」

−久しぶりに見て、どうですか?

「頑張ってるなって感じ(笑)。でも、それなりにちゃんと作れていますね。毎日作業したけど、完成は卒業間際までかかりました。懐かしいなあ」

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懐かしいと繰り返し言いながらヴァイオリンを眺める松上さんは、どこかこそばゆい表情。その笑顔に、松上さんがヴァイオリンを作り続ける理由をかいま見た気がした私なのでした。

【2016弦楽器フェア(第59回弦楽器展)】

日本弦楽器製作者協会主催の弦楽器フェア。国内・国外の新作弦楽器、関連品等の展示・販売をおこなう。また、出品作品も含めた弦楽器のコンサートも行う等、初心者から演奏家まで《見て、聴いて、弾いて》楽しめるイベント。

松上さんも出品されます。

開催日時:11月4日(金)〜11月6日(日) 10:00〜18:00
会場:科学技術館(東京都千代田区北の丸公園2−1)
入場料:¥1,000(3日間有効 高校生以下無料)

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ABOUTこの記事をかいた人

ノリコ・ニョキニョキ

COSMUSICA編集長。1989年イギリス生まれ。東邦大学医学部医学科中途退学、東京芸術大学音楽学部音楽環境創造科卒。IT企業、外資広告企業勤務を経て現在フリーのライター、編集。2016年6月にCOSMUSICA立ち上げ。ハープを勉強中。