山梨県南アルプス市。今回私がこの地を訪れたのは、ヴァイオリン職人である松上一平(まつかみ・いっぺい)さんを訪ねてのこと。
松上さんは、山々に囲まれた甲府盆地の端に静かに佇む自宅の2階で、日々ヴィオラやヴァイオリンを制作しています。2012年には、「アントニオ・ストラディヴァリ国際ヴァイオリン製作コンクール」(イタリア・クレモナ)でヴィオラ部門 7 位の評価を獲得。さらに、大会の若手最優秀賞「サッコーニ賞」(30歳以下最高得点者)も受賞している実力派です。
しかし、ヴァイオリン職人といえば普通はなかなか目指すきっかけに出会わないもの。松上さんは、一体どういう経緯でヴァイオリン職人としての道を歩み始めたのでしょうか。
ものづくりへの興味からヴァイオリン職人へ
幼少期から工作が大好きで、将来はものを作る人になりたいと漠然と思っていた松上さん。ヴァイオリン職人という選択肢を見出したのは、進路を真剣に考え始めた18歳のときでした。
「10歳からヴァイオリンを習っていたんですが、先生から『ヴァイオリン作りの職人がいるよ』と聞いて興味を持ったんです。それで東京にある個人のヴァイオリン工房へ見学に行かせてもらい、ヴァイオリンが作られていく工程を見たら、面白そう! と子供心に思って…。好奇心が湧き上がって、職人になりたいと思いました」
そして松上さんは、東京へ出て専門学校でヴァイオリン製作を学ぶことに決めます。
−ヴァイオリン製作の専門学校って、数も多くないと思うのですが、どんな生徒が集まっているんですか?
「日本でヴァイオリン製作を専門的に学べる学校は、当時は3つほどだったと思います。私のクラスメイトは10人でしたが、現役の人ばかりではなく、社会人を経験してから来ている方もいました。あとは大学のサークルで初めてオーケストラにのって、そこから興味を持って来たという人も少なからずいましたね」
−専門学校に入ると、最初に何を学ぶんですか?
「まずは、道具の使い方ですね。刃物を研いだり、木を平面に削るためのカンナを仕立てたり…ナイフの柄を自分たちで作るんですが、その工程で道具の使い方を身につけていくんです」
機能性と造形美の秘密
道具の使い方を身につけたあとは、いよいよ楽器の製作が始まります。ヴァイオリン作りの工程とは…?
「専門学校では、2年間をかけてじっくりと最初の一台を作るのですが、最初の工程は『型作り』です。ヴァイオリンって、一見どれも同じに見えて、型によって全部全然違うんですよ。もちろん専門学校で最初に作ったものは、非常にオーソドックスなものですが」
型を作ったあとは、そのまわりに巻きつけるように側面部を作ります。さらに背面部まで取り付けたところで中の型は抜いてしまうんだとか。
−表面の淵にある線はなんですか?
「これは3枚の薄い板を合わせた合板を埋め込んでいます。外縁が割れないよう、強度を増すために埋め込むんですよ」
−そうだったんですか…! 描いているのかと思っていました…
「むしろそっちの方が難しいんじゃないですか(笑)」
「ヴァイオリンの構造は、機能性と造形美を兼ね備えたものなんです。たとえば横のくびれている部分。ここは、弓があたってしまわないように細くなっています。また、横板をつなぎ合わせるために、コーナーにはブロックと呼ばれるパーツがあります。このブロックの存在によって、ヴァイオリンの特徴のひとつであるコーナーを作りだすことができると同時に、強度的にも格段にアップするんです」
−なるほど…! そうしたら、この柄のうずまきの部分も意味があるんですか?
「そのうずまきはですね…特に意味はないです(笑)」
−ないのか…(笑)
私もものづくりは大好きなので、ヴァイオリン製作の工程を聞いていたら、なんだかわくわくしてきてしまいました。学生時代の松上さんは暇さえあれば学校に入り浸り、ずっと作業を進めていたと言いますが、その気持ちもなんとなくわかる気がします。
「専門に入って一年くらい経った頃でしょうか、学校と並行して、高校生のときに見学に行った個人工房にも弟子入りさせてもらったんです。工房の上にあるマンションに住んでいたので、家→工房→学校という感じで行き来して、ずっと勉強している毎日でした」
2年という月日をかけて無事に初めてのヴァイオリンを完成させた松上さん。専門学校卒業後はそのままその工房に就職し、2年間修理の仕事に従事した後、独立へと至るのです。
さて、次回後編! 独立して山梨に活動の場を移した松上さんの仕事の様子、コンクールの話、目指す楽器についてなど盛りだくさんです。どうぞ、お楽しみに。
▶︎「【後編】満足できるものを、一本ずつ。ヴァイオリン職人、松上一平の仕事論」
ノリコ・ニョキニョキ
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