こんにちは。フランスに留学中のオルガン奏者、阿部翠です。みなさん、オルガンの調律はどのようにおこなうか、想像がつきますか? ピアノ同様、オルガンも調律が必要なのですが、その方法はピアノとは似ても似つきません。
先日、ヴェルサイユ宮殿にあるオルガンの調律のお手伝いに行ってきたので、今回はそのレポートと共に、オルガンの調律について解説したいと思います。
ヴェルサイユ宮殿へ
2018年12月某日、私は今住んでいるパリからヴェルサイユに向かいました。パリ市内からヴェルサイユ宮殿までは電車で30分くらいなので、とても近いです。駅から歩いて5分ほどでヴェルサイユ宮殿に到着。
オルガンがあるのは、「王室礼拝堂」です。手荷物検査を受けたあと、何箇所もの鍵のついた扉を通り、ようやく礼拝堂にたどり着きます。
この礼拝堂は1710年に完成し、ルイ16世とマリー・アントワネットの婚礼もここでおこなわれました。天井には壮大な壁画が広がり、床の大理石には緻密な細工が施されていて、とにかく贅(ぜい)の限りを尽くしたというのが分かります。本当に美しいです。
王室礼拝堂のオルガン
ここのオルガンはフランス古典期(他の国のバロック時代にあたる)の傑作です。ルイ14世が注文し、この時代を代表するオルガン建造家の一家・クリコ(Clicquot)によって作られました。
こちらのオルガン、フランス革命や大戦という時代の流れの中で幾度となく改修が重ねられ*、一時は当初とはまったく違うオルガンに変貌していました。しかし1995年、カチオ社というオルガン製作会社によって “当初のクリコの楽器に近づけよう” というコンセプトのもと再び改修され、今は伝統的なフランス古典期の楽器が再現されています。
*改修をおこなってきたのは、ノートルダム大聖堂のオルガンなどフランス国内に510ものオルガンを建造したカヴァイエ=コル(Cavaillé-Coll)や、カヴァイエ=コルに学び、同じくフランス国内に多くのオルガンを製作したゴンザレス(Gonzalez)などそうそうたるオルガン建造家たち。
ヴェルサイユ宮殿の専属オルガニストになるということは、「宮廷オルガニスト」になるということ。この名誉ある職についた奏者たちは、代々名声を上げています。現在はミシェル・ブヴァール、フランソワ・エスピナス、ジャン=バティスト・ロバン、フレデリク・デザンクロという著名なオルガニスト4名が、礼拝堂専属オルガニストを務めています。
こちらは、彼らによる紹介動画です。ヴェルサイユ宮殿のオルガンの音色をぜひ聴いてみてください。
解説! オルガンの調律
ここからはオルガンの調律について簡単に解説したいと思いますが、まずは今回調律に同行させてくださったオルガン職人さんについてご紹介します。
在仏22年のオルガン職人・関口 格(いたる)さん
今回私がお手伝いさせていただいたオルガン職人さんは、なんと日本の方です! 関口さんは幼少期にフランスに住んでいたことがあり、当時初めてノートルダム大聖堂のオルガンを聴いて以来、すっかりその音色の虜になったそう。
いつか自らノートルダム大聖堂のオルガンを手がけたいという目標を胸に日本のオルガン工房で経験を積んだのち、1996年に渡仏。先述のカチオ社での修行を経て独立し、ついに今年からパリのノートルダム大聖堂の専属職人に就任されました! 子供のころに憧れたオルガンの音色を今はまさにご本人が作られている…とてもすてきですね。
なお、今回は出張という形で、ヴェルサイユ宮殿のオルガンの調律をおこなうとのことです。
まずは状態のチェックから
さて、パイプの調律を始める前に、まずは鍵盤の状態などをチェック、調整します。
「パイプ」の調律
オルガンは鍵盤楽器で、一見するとピアノと似ているようですが、構造や仕組みは完全に別物。もちろん調律の方法も全然違います。
ピアノの場合、鍵盤と連動したハンマーが楽器内にある「弦」をたたくことで音が鳴ります。よって、調律するのはこの弦の部分。一方、オルガンの場合は音の高さや音色を決めるのは「パイプ」ですから、調律のときもそれを調整するわけです。
さて、パイプにはフル―管とリード管という2つの種類があり、発音機構がまったく異なります。
フル―管はリコーダーと同じ原理で、管の長さによって音の高さが決まります。一方リード管はリードを振動させて発音するため、振動させるリードの長さによって音の高さが決まります。したがって調律は、フル―管では管の長さを、リード管では振動させるリードの長さを調整しておこなうことになります。
毎回すべてのパイプを調律するわけではなく、普段は音の狂いやすいリード管のみ調律することが多いです。今回もリード管をフル―管のピッチに合わせて調律しました。
いざ、オルガン内部へ
パイプを調律するためには、オルガン内部へ立ち入る必要があります。オルガン内部ってどこ…? と思われますよね。実はオルガンの後ろの扉を開け、ハシゴをのぼると….オルガンの内部につながっているんです!
パイプの横から飛び出ている細い棒(調律ピン)を上に引っ張ったり、逆に下に押したりすることで音の高さが変わるので、これを一本一本おこなっていきます。
ちなみに私は何をお手伝いするかというと…ひたすら鍵盤を押して音を出す係です。パイプと鍵盤が離れていますから、調律する人と鍵盤を押す人、常に2人必要なのです。
プロフェッショナルな仕事
パイプは温度や湿度に影響を受けやすく、調律してもすぐに狂ってきてしまうこともあります。本番の日に一番よい状態にできるよう、計算して調律しなければなりません。途方のない作業に思えますが、さすが関口さん。手際よく作業をおこない、調律は2時間ほどで終わりました。
実はオルガニストも音があまりにも狂っていたりする場合、自分で調律することもあるのですが、やはりプロの方にきちんと調律していただくと、その楽器の音が何倍にもよくなります。
時代を見守るオルガン
調律後、関口さんと一緒に誰もいない宮殿をぜい沢に見学することができました。
フランスが歩んできた歴史に思いを馳せ、17世紀から何百年もの間、それらを見守ってきたオルガンを思うと、オルガンというのは「楽器」という枠を超えた存在であるように感じられます。オルガンの音色に感じる荘厳さの裏に、時の重みを感じる体験となりました。
もしオルガンに興味をもってくださった方は、オルガンの基本構造などについては以前に書いた記事でも紹介しているので、ぜひそちらもお読みいただけると嬉しいです。(▷ストップやアシスタントの存在にびっくり!「楽器の王様」と呼ばれるオルガンの仕組みを解説)
阿部 翠
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