進学校からパリ国立音楽院へ。ピアニスト鈴木隆太郎の歩んできた道のり

こんにちは、ヴァイオリニストのハルカです!

今回は、自身初となるインタビュー記事をお届けします。お話を伺ったのは、友人でもあり、尊敬するピアニストである鈴木隆太郎さん。鈴木さんは高校卒業後に名門のパリ国立高等音楽院に留学し、卒業後の現在はフランスを中心にヨーロッパ、ときどき日本で演奏活動をされています。

私と鈴木さんの出会いは、一昨年の音楽祭でのこと。その繊細な音色と情熱的な演奏を聴き、すっかり魅了されてしまったことを覚えています。演奏はとてもセンシティブですが、普段の鈴木さんはとても陽気で朗らかな方。自分のまわりにはあまりいないタイプの方だったので、第一印象は「なんだか日本人離れした方だなあ」というものでした(笑)。

実は鈴木さんは、中学・高校は進学校に通っていたという、文武両道を実現されてきた方。私の目線ではまさに「なんでもできちゃうすごい人」であり、一体どうしたらそんな多才になれるのかを聞いてみたいと常々思っておりました! 今回は鈴木さんとピアノの出会いから、パリへの留学を決めたきっかけや今後のビジョンまで、たっぷりとお話を伺うことができました♪


鈴木 隆太郎(すずき りゅうたろう)

1990年、鎌倉生まれ。栄光学園高等学校を卒業後、パリ国立高等音楽院、修士課程を首席で卒業。2000年全日本学生音楽コンクール小学生の部全国大会第 1 位、 ‘15年イルドフランス国際ピアノコンクール第 1 位(仏)、カンピージョス国際ピアノコンクール第 2 位(西)、及びエミール・ギレリス国際ピアノコンクール第 2 位(ウクライナ)。これまでに、神奈川フィルハーモニー管弦楽団、パリ音楽院管弦楽団などと共演。


1日10分しか練習しなかった幼少期

クラシック音楽好きのご両親の元に生まれた鈴木さん。幼少期から音楽は身近な存在で、3歳からピアノを習い始めたそうです。

「実は最初に憧れを抱いたのは、ヴァイオリニストだったんです。NHKテレビ番組『N響アワー』を見て、オーケストラで演奏しているヴァイオリニストがかっこいいなぁと思って。けれど両親の意向でまずはピアノから、ということになり、両親のツテで先生を紹介してもらいました。そうなったらなったですっかりピアノに夢中になって、『将来はピアニストになりたい』と言うように(笑)。と言っても、現実を知らずに漠然と言っていただけです。小さい頃は練習は1日10分とかでしたから」

−10分! 幼少期からたくさん練習されているものだと思っていました。

「いえ、小学生から高校生まで練習時間は1〜2時間でした。コンクール前でも2時間くらいでしょうか。中高一貫の進学校に在学していたので勉強もしないといけなくて、とにかく時間がなかったです。僕の周りは難関大学を目指している人ばかりでした」

−それでも小学生のときからコンクールで結果を残してきているのですから、本当にすごすぎます…! ご自身は音楽の道に進むと決意していたんですか?

「進路については、まず中学の終わりにそのまま中高一貫の高校に進むか、日本の音楽高校に進むか悩みました。中高一貫教育の学校だったので、そこでは結局、普通高校への進学を選んだのですが、自分の中ではまだ結論は出ていなくて。将来どうしたいかを見極めるためにも、高校卒業後は海外へ出ようと決めました」

−いきなり音楽を学ぶために海外へ出るというのは、大きな決断ですよね。

「中学生のときに海外のマスタークラスを受講して以来、留学への興味関心をずっと抱いていたんです。それに、母校の先生方も『2年くらいフランスでがむしゃらにやって、ダメだったらまた戻っておいで(浪人して勉強を頑張る)』と背中を押してくださって。

加えて、当時師事していた先生に留学を勧められていたことや、音楽留学ではないですが母が学生時代にフランスに2年間留学していたこともあって、国外へ出ることに対する大変さはあまり感じませんでした」

フランス留学を決めて…

−留学を決めてから、どのように準備を進めたのか教えてください。

「まず高校3年生の秋に書類を取り寄せました。周りも受験の時期で『◯◯大学合格に向けて頑張るぞ!』と言っていた中で、『俺もパリ国立音楽院合格に向けて頑張るぞ! 』と同じように意識を高めることができました。といってもあくまで勉強との両立が必須だったため、たくさん練習しても3時間くらいだったかな。試験直前1、2週間はもっと練習しましたけど」

−ということは、語学対策はもうバッチリだったんですか?

「いや、その頃フランス語は話せませんでした。僕が受験した頃は入学するまでにフランス語を取得すればよかったので、受験段階ではやりとりや質問などはすべて英語で。合格してからフランス語を頑張って勉強しました」
※現在はフランス語を取得していないと受験資格を得られないそうなので気をつけてください。

−留学するとなると師事する先生との縁も重要になってきますよね。出会いはどのようなものでしたか?

「僕が日本で受けたコンクールに審査員としていらしていて、そのとき僕にずいぶんと高い点数をつけてくれたのが先生でした。それから、先生の公開レッスンを聴講しに行ったり、CDやコンサートで演奏を聴いたりして…実際にアポイントメントを取ったのはニースの夏期講習会でレッスンを受けたときです。『先生の教えてらっしゃるパリ国立音楽院に入学して、指導を受けたい』とお伝えしました」

−先生選びの際に重視したことはありますか?

「人と人としての付き合いになるので、自分と先生のフィーリングが合うかどうかに重点を置いています。誰かの“良い”という感覚が自分と合うとは限らないし、人の評判に左右されるのは違うなと。もちろんいろいろな先生のレッスンを受けてみることは大事なのですが、最終的に自分に合った先生を見つけるには、先生の演奏から学び得るものがあって、なおかつ“この先生がいいなぁ”と自分が感じることがなにより大切なんだと思います」

コンクールで頭が真っ白に・・・!?

−学士課程、修士課程(首席卒業! )、第3高等課程(Diplôme d’Artiste Interprète)を修了なんて、人生の成功者に見えます…失敗談があれば、ぜひ聞きたいのですが…!(笑)

「もちろんありますよ! 留学して1年生が終わる頃に、フランスに留学して初めて出場した南フランスでのコンクールのセミファイナルで、ラヴェルの『クープランの墓』とベートーヴェンの『熱情』ソナタを弾きました。そしたら『熱情』ソナタの1楽章の最後の1ページで頭が真っ白になってしまったんです」

−えっ! そんなことが!! そのあとどうしたんですか?

「とりあえず、お辞儀をして帰りました。そのあと、審査員全員が控え室に来て『弾き続けないか』と提案してくれたのですが、もうあまりにもショックで何も言えず、審査員の背中を見送ることしかできませんでした」

−つらいですね…そこからどうやって立ち直ったのでしょう。

「僕は基本的に楽観的なのでずっと落ち込むことはありませんでした。まぁ、したことと言えばその曲をしばらく弾かなかったことくらいですかね(笑)」

−その割り切り感、憧れます!(笑)留学生活で得たものは、ずばりなんですか?

「留学して、これまでの人生観と社会観が変わりました。外国に出て、音楽家に限らずいろんなバックグラウンドを持った人たちに出会って、自分と違う人たちがいるんだということを受け入れられて視野が広がったと感じています。日本にいたら気がつかなかったかもしれません」

−音楽に限らず、柔軟になったということですね。

「あともう一つは“ピアノを自分の職業にする”と覚悟を決められたこと。パリ国立音楽院に入学してからもしばらくは漠然と考えていたのですが、3年生になった21歳のときに決意することができました」

−それは、何かきっかけがあったのでしょうか?

「進学校に通っていた頃は音楽にさける時間が限られていましたが、留学してからはピアノと正面から向き合うことができるようになって。自分で音楽を作れるようになってきたことで、自信をつけました」

−なるほど。音楽性はあらゆる面で養えると思うのですが、ピアノ以外にはどんなことがお好きですか?

「中学生の時から本を読むことが好きです。歴史、地理、政治などの分野が特に好きで、もしピアノ以外の道を歩むならこの分野の仕事についていたかもしれません。もうひとつはお天気がいい日や時間があるときに友達とカフェに行きますね。練習の息抜きになります。あと、週末に演奏会がないときはラテンダンスを踊ります」

−ラテンダンスとは、明るい人柄を見事に裏付ける趣味ですね! どうして始めたのですか?

「ラテン系の友達が多いので友達に習いました。3〜4年ほど、楽しみ程度に続けています」

−演奏家にとって、体を動かす趣味は大切ですよね。私も今ジム通い頑張っています…!

成長し続けるために…

−最後に、鈴木さんの目指していることを教えてください。

「キャリアに関して言うと、日本とフランスなどヨーロッパの両方でキャリアを築いていきたいと思っています。

自分に関して言うと、自己管理能力を向上させたいです。というのも、学生のときは授業があって、試験という目標があって、常に先生のレッスンが受けられて、いつも友達がいました。しかし卒業してプロになると、授業も試験もなく、友達たちはライバルになります。この中でいかに自分を高めていくか、自分自身との戦いなんですよね。卒業して2年になるのですが、この部分を非常に痛感しています」

−学生モードからプロの演奏家モードに切り替えることですね。

「僕たちの職業は自由な分、成長し続けないといけないですからね。ひとつだけ言えることは“練習はとても大事だ”ということです。以前、テレビでピアニストの中村紘子先生が『練習は裏切りません』とおっしゃっていたことがとても印象的で、僕にとって何かと思い出されるものです」

人当たりの良い鈴木さんですが、お話を伺ってみると非常にストイック。それでいて、挫折や苦難に直面したときは、ある程度楽観的になってマインドコントロールできてしまうという絶妙なバランス感覚の持ち主です。これは音楽家として生きるうえで大きな強みであると感じました。

出演コンサートのお知らせ

さて、そんな鈴木さんの演奏を、今年の夏に横浜で聴くことができます!

「栄光学園創立70周年記念コンサート」
鈴木さんの母校、栄光学園主催のコンサートです。栄光学園創立70周年記念管弦楽団 × 栄光メサイアソサイエティ × 若手卒業生アーティストに加え、豪華ゲストソリストによる特別プログラムも。鈴木さんはラヴェルのピアノ協奏曲を演奏されるそうです。

日時:2017年8月6(日)13:00 開演(12:20 開場)
会場:横浜みなとみらいホール 大ホール(横浜市西区みなとみらい2-3-6)
入場料:S席 ¥2,000 / A席 ¥1,500 / B席 ¥1,000

詳細はこちらから!

また、まもなく鈴木さん初となるアルバムがスイスのレーベルよりリリースされるそうですのでぜひチェックしてください♪曲目はラヴェルの『クープランの墓』、リストの『ドン・ジョヴァンニの回想』などなど


鈴木隆太郎プロフィール全文

1990年、鎌倉生まれ。2008年に栄光学園高等学校を卒業後、パリ国立高等音楽院のBruno Rigutto氏のクラスに入学。Rigutto氏の退官に伴って2010年度よりHortense Cartier-Bresson氏に師事。2013年5月に同修士課程を首席で卒業後、同年9月に、同第3高等課程への入学を許され、2015年に卒業するまでにCartier-Bresson氏の他、Michel Dalberto、Michel Beroff両氏にも師事した。パリ音楽院在学中は、学内奨学金を2度受賞。現在は、イタリア・フィレンツェにおいてEliso Virsaladze氏の下で研鑽を積んでいる。 3歳よりピアノを始め、これまでに山下亜紀子、日比谷友妃子、横山幸雄、浦壁信二、平井京子、Gabriel Tacchinoの各氏に師事した。又ヨーロッパ各地の夏期マスタークラスなどで、Sergio Perticaroli、Victor Teuflmayr、Philippe Entrement、Vladimir Krainev、Dimitri Bashkirov等の各氏に師事。最近では、世界的ピアニスト、Murray Perahia氏の薫陶も受けた。2000年全日本学生音楽コンクール小学生の部全国大会第 1 位、‘01年鎌倉市小・中・高・学生音楽コンクール総合第 1 位、‘13年フェロール国際ピアノコンクール特別賞(西)、‘15年イルドフランス国際ピアノコンクール第 1 位 (仏)、カンピージョス国際ピアノコンクール第 2 位(西)、及びエミール・ギレリス国際ピアノコンクール第2位(ウクライナ)。 これまでに、神奈川フィルハーモニー管弦楽団、パリ音楽院管弦楽団、ルイジアナフィルハーモニック管弦楽団、オデッサ国立管弦楽団等と共演しているほか、フランスをはじめ、スイスやスペイン、ドイツ、イギリスなどで音楽祭への出演やリサイタル開催をしている。2008年よりパリ在住。

ABOUTこの記事をかいた人

長崎県出身。3歳よりヴァイオリンを始める。田代典子、木野雅之各氏に師事。これまでに、エドゥアルド・オクーン氏、豊嶋泰嗣氏、大山平一郎氏、ロバート・ダヴィドヴィチ氏、ハビブ・カヤレイ氏、加藤知子氏、小栗まち絵氏のマスタークラスを受講。また、ながさき音楽祭、球磨川音楽祭、霧島国際音楽祭、NAGANO国際音楽祭に参加、マスタークラス修了。各地で演奏活動を行う。西南学院大学 国際文化学部卒業。福岡教育大学 大学院 音楽科 修士課程卒業。