知られざる絵画と音楽の関係を紐解いていくこの連載。今回は19世紀後半から20世紀前半を生きたフランス人画家ラウル・デュフィと、彼が生涯描いた音楽の絵画についてお話ししていきます。フランスの洗練されたカルチャー、お洒落なデザインや音楽に興味のある方には、わくわくしていただけるのではないかと思います。
というのもデュフィは油彩、水彩、版画、加えて布地(テキスタイル)や家具・インテリアのデザインにも挑戦し、彼の作品は観賞する絵画だけでなく、雑誌の挿絵や洋服やタペストリーに使われる布にまで幅広く取り入れられてきたのです。彼の作品はどの形態であっても、いつも優雅でありながらカラフルで軽やか、そしてフランス人らしいエスプリが漂います。そして彼を語るときに欠かせないのが音楽です。
ヴァイオリンをたしなみ、パリでは演奏会に足繁く通っていたデュフィは、音楽をテーマにした絵を描くことに生涯取り組んでいました。彼が実際に交流をもった音楽家や、同時代に音楽界を席巻した作曲家たち「フランス六人組」に触れながら、デュフィが表現しようとした芸術にせまっていきたいと思います。
生粋のフランス人画家ラウル・デュフィ
1877年、デュフィはフランスの港町ル・アーブルに生まれました。父親は会社員ながらもふたつの教会で指揮をするセミプロの音楽家であり、デュフィの兄弟もピアノ教師や音楽記者または画家の道へ進み、またデュフィ自身もヴァイオリンを愛好するといったアーティスティックな環境で育ちました。
一方で家族の家計は苦しく、デュフィは14歳から事務員として働きながら夜間学校で絵画を学んでいました。その後奨学金を得てパリの美術学校で学び、印象派の絵画に影響を受けながらも、マティスのフォービズム絵画に衝撃を受け、その画風に近づきつつ自身のオリジナルを確立していったのです。彼の作品は日常的な風景をテーマに、光に満ちたカラフルで軽やかな喜びを感じさせます。
デュフィの絵は、輪郭にこだわらず、光に左右される色が自由に動く躍動感を持っています。当時パリではキャバレーやショービジネスが流行していましたが(ロートレックやドガはその様子を多く描いています)、デュフィの関心は劇場やホールで演奏されるクラシック音楽に向いていたそうです。兄が音楽記者をしていたこともあり、コンサート会場に頻繁に出入りしたことから、次第に音楽そのものを絵に取り込むことに熱中するようになります。そしてオーケストラをスケッチした連作や作曲家にオマージュを捧げた絵画が誕生したのです。
音楽との深いつながり、キャンバスに響くハーモニー
デュフィが特に親交を深めた音楽家は2人います。1人は指揮者のシャルル・ミュンシュです。パリ音楽院管弦楽団指揮者として在任していた1946年まで、ミュンシュはデュフィがオーケストラを描くためリハーサルにもぐりこむことを許した、温かい友人またはパトロンでもありました。ミュンシュ自身もその思い出を嬉しそうに語っており、ふたりの友情がみえます。
親しくしていたもう1人の音楽家は、伝説的チェロ奏者パブロ・カザルスです。デュフィはカザルスがピアノとのデュオ曲や、ヴァイオリン・チェロ・ピアノのトリオ曲を演奏する様子をデッサンしています。
ちなみにピアノを演奏しているのはイヴォンヌ・ルフェビュールという20世紀フランスを代表する女性ピアニストの1人です。信じられないほど豪華な音楽家のリハーサル風景を、デュフィはスケッチしていたのです。
カザルスはデュフィについてとても興味深い言葉を残しています。
「デュフィの作品を見ていると、その曲目までは分からないものの、何調で演奏されているかは一目で分かる」
Dora Perez-Tibi著『Dufy』より引用
さて、カザルスはどうしてそんな風に考えることができたのでしょうか。そこにはデュフィの絵画が放つ圧倒的な光と色の力が関係しているのかもしれません。
一生をかけて実験し続けた「色彩」の表現
印象派の淡い色彩や光と影を追求するスタイルに惹かれ、その後、線を強調した力強い色彩のフォービズムに移っていったデュフィでしたが、キャリアを重ねるうちに彼の作風は驚くほどシンプルに、素材も限られていくようになります。晩年デュフィは音楽のテーマを描くことに力を注ぎますが、その際に試みていた手法が「調性画法」と呼ばれるものでした。これは、ひとつの作品ごとにある一色を基調とする手法で、限られた色だけが用いられるというものです。
バッハ、モーツァルト、ドビュッシーなどデュフィの愛した作曲家をオマージュした絵を描くとき、彼はまずいくつか色を設定しそこから制作をしていました。デュフィが作曲家そのものをイメージしたのか、ヴァイオリンやピアノの音色を思い浮かべたのか、それともハ長調やロ短調といった調性を具体的に色としたのか、定かではありません。
しかしただ音楽好きだからといってどんなモチーフ・色・構成を使って描くか、を選ぶことは決して簡単な作業ではないはずです。実際、モーツァルトの絵にはクラリネットやヴァイオリン、ドビュッシーの絵にはピアノ、というようにそれぞれの作曲家の良さがよくわかる楽器が用いられています。デュフィがそれぞれの音楽について十分な知識と理解を持っていたことがよく分かります。クラシック音楽と共に育ち、生涯音楽を愛したデュフィならではの視点といえるでしょう。
調性画法に象徴されるように、デュフィは余分な部分をどんどんそぎ落とし、単純化されたものに鮮やかな色と動きを加えます。その明快さからは、フランス文化ならではの洗練された洒落っ気が感じられます。フランス人作曲家フランシス・プーランクはデュフィのファンだったそうです。プーランクは「ドビュッシーは昔からずっとモーツァルトに次いで私の好きな音楽家」と述べており、興味深いことに、デュフィの好みとよく似ています。
ここで私が触れてみたいのは、プーランクが一員であった同世代のフランス人音楽家集団「フランス六人組」です。彼らが創り出そうとした新しいフランス音楽の形には、デュフィの画風と似たものを感じるのです。
フランス六人組
「フランス六人組」は1920年、ある批評家が「ロシア五人組」と比較して、思いついたフランス人作曲家を6人あげたことから生まれました。ミヨー、オネゲル、デュレ、プーランク、オーリック、タイユフェールの6人です。彼らはみずからグループを作ったわけではないので、作風はそれぞれ違ってはいるものの、「ラモーやクープランの古き良きフランス音楽を継承した、新しいフランス音楽を創作する」という共通理念をもっていました。
「彼ら(フランス六人組)は新しい音楽を提案した。それは聖音階(ドレミファソラシド)に最後の可能性を求めたものであったため、儚い試みではあった。しかし、歌うことのできる音楽が、人間の、少なくとも音楽好きの者にとって、最高の喜びとして生きていることをわからせてくれたのである」
エヴリン=ユラール・ヴィルタール著『フランス六人組』より引用
それぞれの作曲における個性はあれども、共通していたのは率直な美しさ、親しみやすいメロディ、時にそれらを際立たせるため明快な音を持つ管楽器も多く取り入れられました。特にプーランクの管楽器の使い方は見事で、クリアでユーモアあふれるメロディを響かせます。
プーランク『ピアノ、オーボエとファゴットのための三重奏曲 第三楽章』
シンプルに聴きやすく、冗談めかすような軽妙さもあり、純粋に聴いていて楽しくなる音楽ではないでしょうか。
もう一曲、フランス六人組で唯一の女性作曲家タイユフェールのピアノ曲をご紹介します。たゆたうように繊細にうつりかわるハーモニーと、ちょっぴり切ない憂いが見え隠れする1分ほどの短い楽曲です。
タイユフェール『ヴァルス・レント』
喜びの表現を追い求めた芸術家たち
デュフィは晩年リウマチを患い、手の痛みに苦しんでいたと言われています。過去の偉大な芸術家は、彼らのプライベートな状況や感情を作品に反映してきました。その表現はときにあまりにも苦しく鑑賞者の胸をえぐることさえあります。しかしデュフィは違いました。病気によって変形してしまった手のことなどちっとも感じさせず、色とりどりの自由な筆の動きとその透明感が失われることはありませんでした。
「重要な点は、いかなる輪郭も固定しないで、喜びを表現することである」と語ったデュフィ。彼の情熱は、同時代を生きたフランス六人組の「最高の喜び」を表現しようとする姿勢と共鳴しあいます。音楽であっても美術であっても、彼らの手にかかればネガティブな要素も軽やかに、洒落っ気あるユーモアに、まるで魔法のように姿を変えてしまいます。そんな美しい魔法に触れるとき、私たちの気分はパッと彩りよく、そして足取りは軽やかになるような、そんな気がします。
今日ご紹介したデュフィやフランス六人組は、芸術史の中では大きく取り上げられることは少ないですが、フランス19・20世紀の芸術はルノワールやモネ、ラヴェルやドビュッシーだけではありません。私は個人的にパリ・パリジェンヌのエスプリなどと聞くとデュフィやプーランクの洗練されたアートを思い浮かべます。ぜひ彼らの世界観をのぞいてみてほしいと思います。
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