アニメ「ピアノの森」で学ぶクラシック(後編)

注意
本コラムにはアニメ『ピアノの森」第1シリーズ・第2シリーズのネタバレとなる内容が多分に含まれます。ご覧いただく際はご留意ください。

前回のコラム▷アニメ「ピアノの森」で学ぶクラシック(前編)

TVアニメ『ピアノの森』の第2シリーズでは、17歳になったカイがショパン・コンクールに挑みます。小学校で出会って以来よきライバルである修平をはじめとして、名だたるコンテスタントたちがエントリーするコンクールで、カイのピアノはどのように評価されるのでしょうか…?

主人公のカイはもちろん、登場人物一人ひとりにドラマがあり魅力的なキャラクターになっているため、「もう誰が優勝でもいいからみんな実力を出し切って…!」という気持ちになってしまう “母ちゃん世代殺し” の第2シリーズ。本コラムでは前回に引き続き、ピアノの森のストーリーに沿ってコンクールの解説や楽曲紹介をしていきます。

精鋭たちが挑むショパン・コンクール

作中での「ショパン・コンクール」は、言わずもがな「ショパコン」こと「ショパン国際ピアノコンクール」がモデルになっています。ショパコンは1927年に第一回が開催されて以来、基本的には5年おきに、これまでに17回開催されています(次回は2020年予定)。会場は、ショパンの生まれた国であるポーランドの首都ワルシャワにある国立ワルシャワ・フィルハーモニック・ホールです。

課題曲はすべてショパンの作品であり、(書類審査、予備予選を経て、)1次予選、2次予選、3次予選、本選までとにかくショパン尽くし! 審査理念として「ショパンの真の解釈者を発掘すること」を掲げていて、どれだけショパンの心を表現できるかが問われる難しいコンクールです。

“ピアノの詩人” ショパンの悲しみが生んだ名曲

ショパンの作った曲はほとんどがピアノ独奏曲で、その多彩な表現様式から「ピアノの詩人」と称されています。

ショパンは20年間を祖国で過ごしましたが、ロシアがポーランドに侵攻してきたときにパリへ移住し、その後二度と祖国へ帰ることはできませんでした。ショパンの多くの作品の裏には強い祖国愛が見え隠れしており、たとえば「練習曲 Op.10-12《革命》」はワルシャワが侵攻されたときの怒りの感情をぶつけて作曲されたものだと言われています。

前奏曲第15番 変ニ長調 Op.28-15 《雨だれ》(ショパン)

カイがコンクールの一次予選で演奏した『雨だれ』は、ショパンが作曲した24の前奏曲の中の第6番にあたる曲。ショパンの「前奏曲」はJ.S.バッハの平均律クラヴィーア曲集における「前奏曲」へのオマージュ的な作品であり、バッハのもの同様に24のすべての調に対応した曲集となっています。

曲集完成当時、からだの弱かったショパンは療養のためスペインのマヨルカ島を訪れていました。しかしマヨルカ島の冬は厳しい気候で、さらにショパンに結核の疑いがあったため当初の滞在先から追い出されてしまい、しかも送っていたはずのショパンのピアノは税関で何週間も足止めを食らう…とかなり悲惨な滞在でした。

しかしこういった悲劇のもとでありながら、マヨルカ島での冬はショパンの人生においてももっとも創作的な期間だったとされています。おそるべし、ショパン。こうして改めて「雨だれ」を聴いてみると、降りしきる雨の中、ショパンがピアノに向かう姿がなんとなく浮かんでくるような気がしませんか。

バラード第4番 ヘ短調 Op.52(ショパン)

バラードとはもともと古いヨーロッパの詩の様式のことですが、ショパンがそれを器楽曲の様式のひとつとして使い始めました。文学的(物語的)な雰囲気の作品をさしていると考えればよいようです。

ショパンのバラードは全4曲で、この第4番は最後に作曲したもの。当時32歳だったショパンは円熟期を迎えており、中でもバラード第4番は彼の最高傑作だとする声も多くあります。

序盤はゆったりと憂いをおびた調子ですが、クライマックスにはそれが嘘のように猛々しい展開を迎え、激しいコーダで曲を締めくくるドラマチックな作品。高い表現力と技術力が求められますが、カイは森のピアノが焼失したときの悲しみを表現に昇華させて、見事に弾ききりました。

それにしても、ショパンのバラードは相当胸に迫るものがあり、聴いているだけで精神的に疲れてしまうのは私だけでしょうか…。元気なときしか聴けません…(笑)。

ポロネーズ第6番 変イ長調 作品53 『英雄』(ショパン)

2次審査でカイが演奏した英雄ポロネーズ。バラードとはうって変わって陽気な3拍子。「ポロネーズ」とはポーランドの民族舞曲で、ややゆったりめのテンポが特徴です。

ちなみに「マズルカ」もポーランドの民族舞曲ですが、マズルカは農民の間で伝承され、ポロネーズは貴族の間で親しまれていたという違いがあります。これらは祖国愛にあふれたショパンにとって、まさに真骨頂といえる作品群となっています。

変イ長調の有名な主題はまさに「英雄がきた!」という感じの力強いフレーズですよね。カイは指の強さを生かして二度目の主題をフォルティッシッシモで威風堂々と演奏し観客を魅了していました。

いよいよ決勝の舞台へ

ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 作品11(ショパン)

ショパコンのファイナルではオーケストラと共演する「ピアノ協奏曲(ピアノコンチェルト)」が課題となっていますが、ショパンの作曲したピアノ協奏曲は全2曲しかありませんので必然的に2択となります。ちなみに、第2番はショパンが19歳のとき、第1番は20歳のときに作曲されていますが、第1番が先に出版されたため、このような番号付けになっています。

アニメ内でも解説されている通り、第1番は第2番に比べてオーケストラ編成がやや大きく華やかな響きであるため、第1番を選択するコンテスタントが多い傾向にあります。こちらの動画は2015年のショパコンにて日本人唯一のファイナリストである小林愛実さんが演奏した第1番です。

さて、アニメにおけるカイの協奏曲第1番ですが、クライマックスにおけるこのシーンの重要性を鑑みなんと! ワルシャワフィルハーモニーホールにおいて、前回のショパコンで指揮したヤツェク・カスプシク氏とワルシャワ国立フィルハーモニーを迎えてレコーディングを敢行したとのこと!

本格的な音源はCD発売もされていますので、気になる方はぜひチェックしてください。


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それぞれのコンテスタントたちの想い、そして審査員たちのさまざまな思惑が入り乱れ、最終的に優勝を手にしたのは…? 未視聴の方は、結果はぜひアニメ(もしくはまんが)をご覧になってくださいね!

アニメ『ピアノの森』−−−私はなんの前情報もない状態で視聴を開始しましたが、見終わったときにはなんだか自分も走りきったかのような気持ちのよい爽快感がありました。なんと言っても、よい意味で野生児のような主人公のキャラクターがすばらしい。あっけらかんと音楽を愛している点がもはや人間離れしていて、神々しいのです。

以上でこのコラムも完結です。前後編にわたってお付き合いいただきありがとうございます。もしおすすめのアニメやまんががありましたら、ぜひ編集部に情報をお寄せください♪

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ノリコ・ニョキニョキ

COSMUSICA発起人/編集長。1989年生。ハープ勉強中。東邦大学医学部医学科中退、東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科卒業。インハウスライターをしながら副業で執筆仕事をお引き受けしています(文字単価10円目安)。お気軽にお問い合わせください。