進め!ヴァイオリンおけいこ道 第1話「発表会の朝は」

みなさまはじめまして。
わたくしは、卑弥呼こと、原田真帆と申します。

わたくしの経歴を簡単にご紹介すると……

 

3歳からヴァイオリンを始め、東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校を経て、東京藝術大学音楽学部器楽科へ進学。
そしてこの春大学を卒業し、次の9月からイギリスの英国王立音楽院の修士課程に進学予定───

 

という具合に、ヴァイオリンおけいこ道のいわゆる「王道」を通ってきました。

おけいこ道は山あり谷あり
本人以上に、お母さま・お父さまが「やきもき」される場面も多いでしょう。
現にわたくしは、母をやきもきさせている真っ最中です……

このコラムでは、そんな現役やきもき親子の幼少期から現在まで、
実際にあった「ずっこけエピソード」や、
今だから笑える修羅場まで?!綴りたいと思います。

まだまだ未熟者のわたくしです、険しいおけいこ道の「道しるべ」にはなれませんが、ちょっとした息抜き、オアシスとしてお楽しみいただければ幸いです。

 

■発表会の朝

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それは3月に行われた、年に一度の発表会の日の出来事でした。
我が家から会場は、車で1時間弱。娘の晴れ姿を見ようと仕事を休んだ父の運転で向かいます。

その時わたしは6歳で、3度目の発表会でした。
前年は「白い教本(『新しいバイオリン教本(2)』兎束龍夫・篠崎弘嗣・鷲見三郎/著、音楽之友社)」の2巻の最初の方の小品を2曲弾きましたが、今年はいよいよコンチェルト。
教本の2巻から、リーディングのト長調のコンチェルト第1楽章です。

お正月に、自宅のある栃木から東京のデパートまで行って、
きれいなラベンダー色の(かつわたしの「ノースリーブ断固拒否」という要望も叶えた)ドレスを購入し、前日には試着済み。
その頃身長がニョキニョキと伸びていたわたしは、エナメルの黒靴も前年のものでは足が入らず、新たなサイズのものを用意しました。

午前中に先生監修のもと舞台でリハーサルをして、午後から開演するのが例年おきまりのスケジュールです。
わたしはそれまで「年少者」特典で午前中一番遅い枠をいただいていましたが、その年は

「今年は早く来てみる? 客席に人が少なくてのびのびできるよ!」

と先生の勧めで、朝イチ枠にリハーサルをすることに。

おむすびの入ったお弁当を作り、朝ごはんもわたしに食べさせて、母はとても慌ただしい朝だったことでしょう。
わたしはあいにく、その朝をどう感じていたか覚えていません。

ただ、車に乗ると、いつもは後部座席でひとりなのに、
ドレスやらお弁当やら、ビデオカメラと三脚やら、隣に誰かがいるかのように荷物がたくさん乗っていて、
まるで遠足に行くときのようにテンションが上がったのを記憶しています。

道中もいつものドライブのように、両親に向かってゴキゲンに何かを話し続けていました。

■え…嘘でしょ?!

栃木県は宇都宮、県庁の目の前にあるホールが発表会場です。
宇都宮に来る時といえば、もっぱらデパートにお買い物でしたから、お出かけの時と同じ車窓にやはりテンションを上げるわたし。

しかし会場に着くと、さすがに

「いよいよ発表会じゃ!」

と、気持ちを引き締めて車を降りました。

駐車場が遠いので、ひとまずホールの楽屋口の前に一時停止して荷物を下ろします。

わたしの隣の席の荷物を降ろす両親。それをぼんやりと見つめるわたし。
そして母が気付きます。

「あれ、ヴァイオリンは……?」

母の声に、慌てて父がもう一度車の中に向かって屈み込むも、

「ない……」

巨大なホール棟を前に、家族3人、青ざめた瞬間でした。

■不幸中の幸い

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わたしと母はホールの中へ赴き、先生に事情をお話しします。まさかの事態に先生ももはや笑っておいででした。

朝イチ枠でのお約束が幸いして、楽器を取りに帰っても午前中最後にリハーサルができそうだということで、父がすぐに車を走らせ、家まで楽器を取りに向かいました。

伴奏の先生にも恥ずかしさと情けなさから平謝り。
なんせ家族の誰もが、会場に着くまで気づきませんでしたからね、母としても「どうして忘れたんだろう……」という思いでいっぱいだったと思います。

わたしは当時荷物はおろか、楽器すら親に任せきりという、過保護の極みみたいな幼稚園児でしたから、これからは自分自身で楽器に責任を持つべきだな、と幼いながらに反省しました。

教訓■本番の朝は指差し確認

以来、発表会の日など、本番に出かける時は

「ドレス! 靴! ストッキング! 楽譜! 食料! ヴァイオリン!」

と、忘れたら困る荷物を「指差し確認」するようにしました。

今のところ、この時以来楽器を忘れたことはありませんが、やはり「ストッキング」や「ドレス用の下着」など、細かいものは未だに忘れてしまう日もあります。

しかし本番を経るごとに、「絶対に忘れたら困るグッズ」を死ぬ気で持つことを覚え、「忘れたときの代用品」のアイデアが増えました。

小さいうちはついつい、親御さんがすべて用意しがちです。その方が早いし効率もいいですからね。

しかし、時間は倍かかるとしても、幼いうちから「本番の荷物」を自分で用意する習慣づけをしてあげることは、将来きっと役立ちます。

バレエや新体操の子は、荷物の準備やヘアセットも、小学生のうちから自分でちょちょいとやっている子が少なくありません。それは、ひとりの自立した舞台人になるために大切なことかもしれません。

はじめのうちは親御さんと一緒に指差し確認。慣れてきたら一緒に、そのうちお子さんひとりで! 本番のお支度ができると、「ヴァイオリニスト」へまた一歩近づきます。

ちなみに、我が家ではその後しばらく……

「ドレス、靴、ストッキング、楽譜持ったよね?」

「楽器、持ったよね?」

「真帆ちゃんも乗せたよね?」

と、わたしの存在までも「指差し確認」していましたとさ……。

 

原田 真帆

 

 

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栃木県出身。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校、同大学器楽科卒業、同声会賞を受賞。英国王立音楽院修士課程修了、ディプロマ・オブ・ロイヤルアカデミー、ドリス・フォークナー賞を受賞。2018年9月より同音楽院博士課程に進学。第12回大阪国際音楽コンクール弦楽器部門Age-H第1位。第10回現代音楽演奏コンクール“競楽X”審査委員特別奨励賞。弦楽器情報サイト「アッコルド」、日本現代音楽協会HPにてコラムを連載。