今週もおけいこ道のお時間がやってまいりました。ヴァイオリン弾きの卑弥呼こと原田真帆がお送りいたします。
今日は貸しスタジオを借りた時のエピソードをいくつかご紹介します。
藝高受験当日@東京
受験の日の朝、学校へ行く前に近辺の音楽スタジオを借りて、指慣らしをしてから受験に臨みました。すると、近いとあって同じように楽器を持った親子が見受けられたり、受験の課題曲が聞こえてきたりと、なかなか緊張感のある空間でした。
とはいえ、腹が減っては戦はできぬ、ということで、練習の合間にわたしはバナナをほおばっておりました(本当は部屋の中での飲食は禁止だったと思います、ごめんなさい)。すると窓のある扉の前を、知り合いの親子が通り過ぎます。目があったのでわたしは何の気なしに会釈しましたが、相手からすると「バナナ食べてる…笑」とちょっと和む光景だったようです。
同じスタジオにて起きた小話をもうひとつ。スタジオ内は土足禁止のため、それぞれの個室の扉の前には利用者の靴が並んでいます。とある受験生の子は、スタジオの廊下を歩いていたら靴が 3 つ並ぶ部屋を見かけて驚いたそうです。3 足ではありません、3 つ、いうなれば 1.5 足です。実はその犯人は、ワケあって松葉杖で受験したわたくし。左足はギブスを巻いておりましたので、靴を履いていません。母の靴と、わたしの右足用の靴が置いてあったのでした。
そして、わたしがバナナを食べているところを見た子も、片方だけの靴で驚かせてしまった子も、めでたくのちの同級生となりました。
コンクール前後@神戸
高校生のときに、神戸にコンクールを受けに行ったことがありました。某楽器店のスタジオは、あまりに知っている人に会いそうで嫌だなぁと思ったわたしは、コンクール事務局に勧められたもうひとつのスタジオに行ってみることにしました。
そこはクラシック用というよりは、バンドの練習がメインのスタジオ。前日に前乗りしたもので暇だったわたしはビルの中を何度か引越しながら一日中スタジオを借りたものの、行く部屋行く部屋にドラムあり、アンプあり、なぜかバレエのバーもあり! 一見古びたビルですが、神戸は週末バンドがとても盛んな街なので、特に休日はとても混雑するとのことでした。
古びていると言いましたが、それもそのはず、そのビルは見かけのアンティークさから、かの北野監督の映画『アウトレージ』の撮影に使われたほど。真ん中に渡された太い太い岩綿(ロックウール、石綿ではない)の柱のおかげで阪神淡路大震災をも耐え抜いたのだと、管理人のおじさんが教えてくれました。
部屋の鍵を借りに行くたびにおじさんが変わるので「どんだけおじさんいるの!」と思いつつも、「コンクールなんです!」と言えば「がんばれよっ」と声をかけてくれて、翌日「実はきのう優勝したんです」と言ったら手を握って喜んでくれたおじさんたちとの、心温まるふれあいは忘れがたいものです。
南国のしろくま@沖縄
ところ変わって、沖縄にコンクールを受けに行ったときも、練習場所を求めて事前にネットでスタジオを探していました。すると沖縄にはどう考えても不似合いながら「しろくま」というかわいい名前のスタジオを見つけて、ゆいレールに乗って行ってみることにしました。
ゆいレールを降りると目の前に大きなイオンがあり、ここでもイオンかぁと思いつつ中に入っておむすびを買おうとすれば、具が沖縄らしいものばかりでテンションが上がります。ジューシー(混ぜご飯)のおむすびと沖縄伊藤園のさんぴん茶を手に、いざ「しろくま」を探します。
着いてみると、自宅の一角を改装したようなこじんまりとしたところで、お部屋はたったふたつ。戸を開けると、幼稚園生と思しき姉弟をあやすご両親に迎えられました。お姉ちゃんのほうは何事にも興味津々の年頃と見え、ことあるごとに「見て〜!」と言っては何かを教えてくれる、人懐っこい子でした。
そのあまりの雰囲気のゆるさ沖縄らしさに、コンクールのために張り詰めていた気持ちも、ちょっとほっこり。かなり和み系のスタジオでした。
スタジオは一期一会
今回は各地のスタジオを借りたときの「出会い」をテーマに、3 つのエピソードをつづってみました。
スタジオを借りる、という行為は、大概が本番など別の目的をともなうと思います。最終目的ではない場所ながら、思いがけない出会いや交流があるスタジオ。それぞれの利用者に人生のドラマがあって、この部屋はそれぞれの通過点なんだな、そして管理人さんはたくさんの通過点を見つめて、送り出してきたんだな、と思うと、なんだか部屋を見る目が変わります。
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