こんにちは。ヴァイオリニストの卑弥呼こと原田真帆です。海外の音楽シーンを日本のみなさまにお伝えしていく企画「World Concert Tour」、第3弾はイタリアからお届けします!
夏休みを利用してイタリアへ行ったその目的は、講習会への参加。夏は世界各地で1週間から2週間泊まりがけの講習会がおこなわれていて、音大生はそうした機会に普段習えない先生のもとで学んだり、憧れの土地を訪れたりします。
今回レポートする演奏会は、わたしが参加した講習会を主催した音楽祭のプログラムのひとつ。イタリア北部のヴェネチア州ポルトグルアーロという街でおこなわれているこの音楽祭は、今年35回目を迎えました。毎年テーマを設けて、それに沿った演奏会が毎晩街のどこかで開かれています。
クレーメルが設立した楽団
この日のメインの出演はクレメラータ・バルティカ。これは世界的巨匠ヴァイオリニストであるギドン・クレーメルが、自身の故郷であるバルト三国周辺のすばらしい音楽家を集めて設立した凄腕弦楽合奏団です。発足は1997年と新しいにも関わらず、クレーメルの手によって瞬く間に世界一流の楽壇を股にかける楽団になりました。
クレーメル自身、古典から “現代音楽”・自国の音楽家の作品を多く取り上げるため、クレメラータ・バルティカは世界的にも音源が少ない楽曲を多く録音しています。おかげで、わたしもその音源を何度も参考にしたことがあります。まさか講習会のためにほんの一週間だけ滞在したイタリアの片田舎で実演に出会えるとは…。個人的には非常に “胸アツ” です。
演奏会の前に“おもてなし”?!
そしてこの日の演奏会の前には、地域の企業との連携により “プチ・ビュッフェ” が催されました!
赤白ワインにスパークリングワイン、そして様々な軽食がホワイエを盛り上げます。わたしもひとつ、いただきました。
すっかり気分がよくなったところで、いよいよ開演です!
テーマは “モーツァルト”
この音楽祭の今年のテーマが「モーツァルト」となっており、クレメラータ・バルティカ公演も例にもれずモーツァルトづくしのプログラムです。ふたりのイタリア人ピアニストを迎えて、それぞれピアノ協奏曲を披露、そこにバルティカらしく “かっちょいい” 楽曲を織り交ぜたような内容でした。
まずはモーツァルトの「アダージョとフーガ ハ短調 KV.546」。こちらは「2台のためのピアノのフーガ ハ短調 KV.426」を弦楽合奏用に作曲者自身が編曲し、アダージョを付け加えた曲です。モーツァルトはベースが強く効いた音楽を好まず、ゆえにチェロが嫌いだったと言われるほど。しかしこの曲はチェロどころかコントラバスもぶいぶい鳴っていて、ベートーヴェンかしら? と思わずにはいられませんでした。モーツァルトの新しい一面を見た気分です。
続いてはひとつめのピアノ協奏曲。曲は「ピアノ協奏曲 第12番 イ長調 KV.414」で、ソリストはクリーヴランドやクライバーンといった国際コンクールの覇者であるロベルト・プラーノです。先ほどの「フーガ」とは打って変わって明るい響き。これがわたしたちの思う “モーツァルト像” です。そのギャップにふと、天才の苦悩へ思いを馳せましたが、そんな考えはすぐピアノの明快な音の粒に絡め取られていきました。
カーテンコールののち、ソリストはまたピアノ椅子に座って、おもむろに「トルコ行進曲」を弾き始めたかと思えば…おっと、何かがおかしいぞ? なんとジャズを織り交ぜたアレンジで、超楽しい! 現在はアメリカで教鞭を取っているという彼の音楽の幅に魅せられました。
20世紀の音楽とモーツァルト
後半1曲目はレポ・スメラという20世紀のエストニアの作曲家の「打楽器と弦楽合奏のためのシンフォニア」。クレメラータ・バルティカにとっては同郷の作曲家です。
一聴すると、本当に複雑な楽曲よりは幾分シンプルなアンサンブルのようでしたが、だからこそズレたらすぐにバレそうです。そこはさすがクレメラータ・バルティカ、そんな曲を指揮者なしで弾いちゃいます。最後の音がバリッと決まった瞬間は、すごくかっこよかったです。
最後にもうひとつのコンチェルト。「第14番 変ホ長調 KV.449」です。今度のソリスト、アレッサンドロ・タベルナは、音楽祭が行われている地元の音大を卒業して世界的に活躍しているピアニストです。曲については、ひとくちに協奏曲と言っても、こうして並べてみると曲ごとにかなり性格が違うなぁ、と感じた次第です。恥ずかしながらモーツァルトのピアノ協奏曲には明るくないので、聴き比べながらしみじみとその “個性” を楽しみました。
ほっこり! 街のお客さん
イタリアの演奏会は通常9時から催されます。夕食を食べたあと家族みんなでゆったりとコンサートに出かけるのです。もちろん日本だってほかのヨーロッパの国だって、演奏会場というのはみんなの “ワクワク感” が漂うものですが、イタリアのそれは非常にリラックスした雰囲気でした。
この日の演奏会、プログラムの合間でピアノの蓋の開閉が必要だったので、黒子のスタッフさんが登場したのですが、一部のお客さんがソリストの登場と勘違いして拍手してしまいました。しかしみなさんすぐに気づいて思わず客席には笑いが広がります。
でもそれで終わらないのがイタリア流。スタッフさんが舞台から下がる瞬間に、その仕事をたたえるように大きな拍手が湧きました。スタッフさんもすぐさま応じ、恭しくお辞儀をして去っていきました。そしてもちろん、本物のソリストが登場したら拍手はより盛大に、「Molto Forte(モルト・フォルテ)」です!
イタリアで聴く演奏会は終了後特別に幸せ感がある気がします。もちろん夏のバカンスシーズンだから、ということもあるでしょうが、これもひとつ、“明るい国民性” が生む空気なのだろうな、などと考えながら会場をあとにしました。
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