本場のジュニア・アカデミーとは
お待たせいたしました。それでは本場のジュニア・アカデミーについてお伝えします。
まず、そのアカデミーが存在するのは、英国王立音楽院。英語名「 Royal Academy Of Music 」ということで、本家の名称をもじったのが「 Junior Academy 」というわけです。
どんなコースがあるの?
王立音楽院のジュニア・アカデミーは、4 歳から 6 歳向けの「ビギナーズ・コース」、8 歳から 12 歳向けの「プライマリー・アカデミー」、13 歳から 18 歳向けの「ジュニア・アカデミー」といったコース分け。また学部にはジャズ専攻があるため、ジュニア・アカデミーにも 14 歳から 18 歳のために「ジュニア・ジャズ」コースがあります。
授業日は主に土曜日。大学生はお休みのこの日、校舎は子供が駆け回ります。これ、比喩ではなく、学校に行ったらリアルに階段を駆け下りる子供たちに何度も遭遇しました。
入試や開校期間は?
ジュニア・アカデミーも、学部と同じく 9 月始まりで、9 月から 12 月の秋学期、1 月から 3 月の春学期、4 月から 7 月までの夏学期から成ります。
入試は 3 月。なおどの年齢からでも入校できますが、「ジュニア・アカデミーに 2 年未満しか在籍できない者の入学は通常認めない」とのことで、18 歳 19 歳で卒業することから、入学は 15 歳までということでしょうか。
入校のレベルとしては、イギリス発の音楽力を証明する国際的な検定「英国王立音楽検定(ABRSM)」でグレード 6 から 7 程度の力があると望ましいとされています。これはありとあらゆる楽器で受験できる検定ですが、専攻実技に加えて聴音と初見演奏、そして全員にピアノの試験あり。グレード 6・7 の副科ピアノはツェルニー 40 番は弾けるくらいの力が必要だとか(ちなみに日本でも受験可)。
学費はどれくらい?
年間 £ 3,300( 2016 年度 )ということで、現在円高ではありますが約 40 万ちょっとです。第二専攻のレッスンを取ったりするとオプション料金がかかります。そして奨学金制度も用意されており、こちらは試験で優秀な成績を修める必要があります。
授業日の様子
とある土曜日、わたしはジュニア・アカデミーが開かれている校舎に赴きました。まず玄関を入ると、そこにはいつもはない掲示板が立てられていました。
その辺をうろうろしていたら、警備員のおじさんに「ヘイ、何か探してる? 君はココの生徒? ああ生徒なのね、何だか迷っているように見えたから声かけたよ」と言われてしまい、写真が撮りづらい状況になってしまったので、イメージ画像でお許しください。
この日は「第 4 週」。本日の時間割が中央に掲げられており、2 つの科目名が書いてありました。ちょうど授業が終わった頃だったのでしょう、学食でコーヒーを飲みながら待つ家族の元へ走っていく女の子に遭遇しました。
何を学んでいるの?
驚いたのが、この日のメインと思われる講座が「アレキサンダー・テクニック」のクラスだったこと。これは「心身の不必要な自動的な反応に気づき、それをやめていくことを学習する方法(引用:Wikipedia)」で、「一般には、背中や腰の痛みの原因を改善、事故後のリハビリテーション、呼吸法の改善、楽器演奏法、発声法や演技を妨げる癖の改善などに推奨されることが多い(引用:同上)」、いわば体の使い方を学ぶもの。
日本では近年ようやく、音楽界にも「体の使い方を科学的に考える」学問が浸透してきたところです。これまでも骨格に着目して演奏されてきた方は多くいらっしゃいますが、「指が思い通りに動かないこと」「本番で上がってしまって力を発揮できないこと」について、どうしても「精神論」「根性論」で片付けられてしまうことが多く、これは奏者に自信を失わせるひとつの大きな原因でした。
しかし緊張して体が動かなくなることにはメカニズムがあり、その思考を紐解いていくことで楽に演奏できるようになる、という考え方が、現在の欧米のスタンダード。またこの手の学問は、腱鞘炎など体の故障を患った時にも役立ちます。
日本ではこう言った学問に出会うチャンスがまだ少なく、知ったところで高校生や大学生など、結構大きくなってから。しかしバリバリ弾ける中高生の頃に、フィジカル面の不調にぶつかる人が少なくありません。そのときに体の使い方の知識があるのとないのとでは、対応が大きく異なることでしょう。
また本番恐怖症が過剰になるなどの問題が発生しがちなのも思春期やその先の時期。メンタルの不安をフィジカル面から解消できれば、かなり楽になります。
幼いうちからこのような知識を身につけるチャンスがあるのは、将来非常に役立つだろうなと思ったのと同時に、小学校高学年から中学にかけて肘の不調を患った経験がある身としては、大変うらやましく思いました。
イギリスには音教が多い
イギリスはここ英国王立音楽院のみならず、メニューイン・スクールやパーセル音楽学校など、いわゆる「音教」はたくさんあります。
まだ現地に来て一ヶ月程度なのでよくわかりませんが、学食で見かけたジュニア・アカデミーの生徒さんや親御さんの雰囲気はとても和やかに見えて、イメージしていた「受験予備校」のギスギス感が感じられませんでした。それとも本当はギスギスしているのか、あるいはイギリス国民は受験でギスギスしないのか、真相はちょっとわかりませんが、雰囲気は民族が異なっても正しく感じられたと思いたいです。
何より、アレクサンダー・テクニックを早い段階で学ばせるあたり、目先のことで焦らずに、長期的な目で将来を見据えた教育をしている証拠だと思います。
音楽教育と受験戦争とその後
近年日本の音楽界では、トップではない人間がどう生きていくか、どう食べていくか、という問題がクローズアップされることが多く、これは文化振興の意味でも非常に重要なことだと思います。そのため、藝大の一連の新企画は、一見その流れに反しているように見えます。しかしこれは、現代に対する藝大なりの危機感とその対応策なのかもしれません。
なんとなく上昇志向がとう汰され、イマイチ活気のない現代社会にあって、だれが世を牽引していくのか。リーダーの輩出は、長年日本の芸術シーンを引率してきた藝大という学府に求められた責任ではなかろうか。なんだかそんな意図が込められている気がします。
この新しい教育機関の登場によって、おけいこ界に新たなギスギスが発生することは不可避、いいえすでにしているでしょう。しかしおけいこ界の皆さまの心に留めておいていただきたいのが、ギスギスは皆さまご自身が生んでいるということ、そしてギスギスでお子さんを圧迫しないでほしいということ。
親御さんの期待に応えようという責任感や切迫感から、音楽に楽しさを見出せなくなったり、無茶な練習をして体を壊したら本末転倒です。本来の目的「音楽家を育てる」ということを、どうか忘れないでください。
またジュニア・アカデミーや、母体である藝大・藝高にも、ギスギスを超えた次元で音楽を学べるようお願いしたい次第です。トップ陣を預かるからこそ、まだ日本では研究が少ない音楽家のフィジカルとメンタルに関する学問もぜひ取り入れていただければと思います。
参考:東京藝術大学ホームページ・英国王立音楽院ホームページ・公益財団法人かけはし芸術文化振興財団ホームページ
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