名曲紹介:フランドルで栄華を極めたルネサンス音楽

音楽史を追いながら各時代の名曲を紹介していくこの連載。前回は中世の音楽史をかなりサラッと概観しましたが、今回はその次のルネサンスと呼ばれる時代について学びたいと思います!

ルネサンスの音楽

フランドル・ルネサンス

いつからをルネサンスとするのか、何をルネサンスの音楽と定義するのかというのは厳密に定められていませんが、年代で言うとだいたい1450年頃〜1600年頃のことで、その発祥は現在の東フランスからベルギーにかけての地域「フランドル」であると言って差し支えないかと思います。

ルネサンスの音楽を語るのに外せないふたりがいます。それは、ルネサンス音楽の父と称されるギョーム・デュファイ(1397年頃〜1474)と、ルネサンス音楽を完成させたとされるジョスカン・デ・プレ(1440年頃〜1511)です。

まずはデュファイの楽曲をご紹介します。

『Missa Ave regina caelorum(めでたし天の女王)』

北フランスで生まれたデュファイは、少年合唱団で音楽教育を受け才能を開花させました。ミサ曲、モテトゥス(ミサ曲以外のポリフォニーの宗教曲)、シャンソンを中心に生涯で約200曲を作曲。それまでの音楽とは違い、非常に自由で滑らかな旋律、柔らかいハーモニーを生み出しました。

こちらの『アヴェ・レジーナ・チェロールム』は、晩年の最高傑作と言われている4声ミサ曲です。

デュファイ以降、フランドルでは音楽家が盛んに養成され、技術を得た彼らがヨーロッパ中に散らばることでその音楽様式は全土へと広がりました。当時、史上初の『レクイエム』を作曲したのがヨハンネス・オケゲムという人なのですが、このオケゲムが亡くなったときに書かれた詩に曲をつけたのがジョスカン・デ・プレです。

生前から一流の作曲家として認められていたジョスカンは、18曲のミサやさまざまな形式の作品を残しています。複旋律と単旋律をバランス良く巧みに使い分け、宗教改革で知られるマルティン・ルターにも「他の音楽家は音に支配されているが、ジョスカンだけは音を意のままに支配している」と称賛されています。

『Ave Maria  benedicta tu』

ルネサンス音楽は、フランドル地方以外にも、イタリアやドイツ、イギリスなどでそれぞれ発展していきました。

イタリアについて少しお話すると、1490年頃、フランドル出身のアドリアンという人がヴェニツィアのサン・マルコ寺院の楽長に就任したことをきっかけに、「ヴェネツィア楽派」が生まれました。ヴェネツィア楽派で最も有名なのがジョヴァンニ・カブリエーリ(1557〜1612)。ちょうどルネサンス音楽からバロック音楽への過度期に活躍し、その後の音楽史の礎を築きました。

ガブリエーリは、サン・マルコ寺院の特殊な空間を生かしてさまざまな合唱曲や器楽曲を作りました。こちらの『ピアノとフォルテのソナタ』は、中でも代表的な作品。

『ピアノとフォルテのソナタ』

非常に開放的でさわやかな楽曲。日曜の午後にぴったりの楽曲だと思うのですがいかがでしょうか?

 

では、次週はいよいよバロック音楽をご紹介します。この時代、フランドルは政情不安に陥り、音楽の中心がイタリアへと移っていきます。そこで現れるのが、クラウディオ・モンテヴェルディ。彼が、すでに成熟していたルネサンス音楽をバロック音楽へと変容させたのです。

ではまた次週お会いしましょう!

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ノリコ・ニョキニョキ

COSMUSICA発起人/編集長。1989年生。ハープ勉強中。東邦大学医学部医学科中退、東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科卒業。インハウスライターをしながら副業で執筆仕事をお引き受けしています(文字単価10円目安)。お気軽にお問い合わせください。