演奏家のみなさまにおかれましては、本番への向き合い方について日々悩んでいらっしゃると思います。おそらく、幼い頃は何も緊張せずにステージに上がれたものの、思春期あたりから緊張に踊らされてしまうようになった、という人が多いのではないでしょうか。
わたし自身、自分のマインドコントロールについて深く悩んでいたときに、楽器店で見つけた一冊の本を手に取りました。本日はそちらの本のレビューをお送りしたいと思います!
演奏家のあがり×スポーツ心理学
今日ご紹介したいのはこちら、『ジュリアードで実践している 演奏者の必勝メンタルトレーニング』です。
ジュリアードで実践している 演奏者の必勝メンタルトレーニング
Amazon.co.jp
本書は2人の若い音楽家と筆者グリーン氏の個人セッションの記録が、グリーン氏の視点から描かれています。声楽家のヴェロニカとホルン奏者・ブライアン、それぞれ抱える問題は異なるようで、似ている部分もあり…読者はそれぞれの変化の経過を追うわけです。
ヴェロニカとブライアンが交わることは全くなく、またふたりのエピソードが交互に組まれているので、その形式をわかって読まないと少し混乱しますが、読むことに慣れると非常におもしろくなって、わたしの場合、後半部分は一気に読みました。
著者のドン・グリーン氏は、もともとスポーツ心理学を用いてオリンピックの選手などにメンタルトレーニングを指導していましたが、あるきっかけで音楽家のメンタルトレーニングにも関わるようになります。
また日本語版の監訳者・辻秀一氏も、ご自身のメソッドを確立して、スポーツ選手や演奏家のメンタルトレーニングに取り組まれています。
なお、タイトルに『ジュリアードで実践している』とあるので、てっきりジュリアード音楽院での授業の様子を描いているのかな、と思って読み始めたら、そういうことではなく、グリーン氏がジュリアードでも指導をおこなっている、という意味でした。
緊張を擬人化してみると…
この本の中でわたしがもっともおもしろいなと思ったアイデアが、パフォーマンス中に演奏家たちの足を引っ張るネガティヴな感情に、名前をつけて向き合っていくこと。ヴェロニカとグリーン氏はセッションの始めのほうで、この“緊張”に「サム」と名付けました。「サム」は不都合なときにやってくるの、と訴えるヴェロニカに、グリーン氏が「サム」との接し方を説いていきます。
緊張を擬人化することで、演奏家は緊張を客観視することができます。かつてわたしは本番前に緊張したときに、自分をもうひとりの自分から見るつもりになって「うわぁ、わたしこんなに緊張してるの? まじウケる」と客観視する方法を編み出して、何度か試していたのですが、この方法は結局いくらか自虐的なのでネガティヴな方法かもしれません。
その点「サム」という存在を作り出す方法は、「サム」と闘う自分という構図が生まれて、ポジティヴなアイデアと言えそうです。
本文中ではこの「サム」の事例のように、グリーン氏がヴェロニカやブライアンと話す中で彼らの中の問題を見出して、それにどう向き合っていくか考えていくセッションがいくつも描かれます。
自分なりの方法を見つけるべし
この本の読む人に向けてグリーン氏が強調しているのが、本書に書かれた事例はあくまでヴェロニカとブライアンのケースで、全員にあてはまるものではない、ということ。メンタルの状態はひとりひとり違うものなので、自分に合った解決策を探していかなくてはいけません。
わたしはこの本を非常に興味深く読んで、いろいろなインスピレーションを得ましたが、結局この本の中で紹介されているトレーニングを全部試したわけではありません。読むことによって、緊張の悪影響のメカニズムを理解したら、不思議と読んだだけで緊張に向き合いやすくなったというか…実際、この本を読んだあと最初に迎えた本番では、大人になってから一番落ち着いた状態で演奏することができました。
とはいえ、そのときも前日までは家族に心配をかけるほどメンタル的に追い詰められていたり、決してトータルで良い状態だったとは言い難く、メンタルの持ち方については現在も継続して研究中です。ただ、読む前と読んだあとで考え方が変わったな、とは感じています。
読んですぐに何かが変わるわけではなく、読むことによってヒントがもらえる、かもしれない。そんな気持ちで読んでみると、いろいろな発見をできるのではないかな、と思います。
なおこの本と同じくグリーン氏と辻氏のタッグで、「あがり」に関する本がもう一冊出版されています。わたしは未読なので、読んだらまたレビューしてみたいと思います♪
本番に強くなる! ~演奏者の必勝メンタルトレーニング~
Amazon.co.jp
最新記事 by 原田 真帆 (全て見る)
- 次々に演奏し、ばんばん出版。作曲家エミーリエ・マイヤーが19世紀に見せた奇跡的な活躍 - 24.05.18
- ふたりで掴んだローマ賞。ナディア&リリ・ブーランジェ、作曲家姉妹のがっちりタッグ - 23.10.30
- 投獄されても怯まず、歯ブラシで合唱を指揮。作曲家エセル・スマイスがネクタイを締めた理由 - 22.11.07
- 飛び抜けた才能ゆえ失脚の憂き目も経験。音楽家・幸田延が牽引した日本の西洋音楽黎明期 - 22.09.28
- 「暗譜」の習慣を作ったのは彼女だった。クララ・シューマンという音楽家のカリスマ性 - 22.01.30