経済的自立のため、小品を書きまくる。作曲家セシル・シャミナードの生き残り戦略

突然ですが、みなさんは「音楽室」にまつわる思い出はありますか? 筆者が通っていた中学校では、休み時間などに音楽室があいていると遊ばせてもらえることがあって、たとえばわたしが音楽室の鍵を借りるときは友人を4・5人連れ立って、ピアノやヴァイオリンを囲んで過ごしました。音楽室というのは授業中に音を出すために、大概どこの学校でも校舎の端っこにあるもの。教室の喧騒(けんそう)から離れて、気心知れた友達と過ごす時間は、目まぐるしい学校生活の中でひとときの安らぎでした。

ところでそんな音楽室には、作曲家の肖像画が掲示されていることが多いですよね。だいたいパレストリーナやヴィヴァルディあたりから、バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンと来て、シベリウス、ラフマニノフやストラヴィンスキーあたりまでが定番でしょうか。みなさんは、考えたことがあるでしょうか、この壁には、男性作曲家しか掲げられていないということを……。

前置きが長くなりましたが、わたくしヴァイオリン弾きの卑弥呼こと原田真帆と申します。わたしは2016年に東京藝術大学を卒業したのち渡英し、ロンドンは英国王立音楽院にて学んでいます。現在は博士課程にて、ヴァイオリン奏法とジェンダーの関係についての研究に勤しんでおります。

みなさまご存知の通り、イギリスは2020年のパンデミックで深刻な状況に陥った国のひとつで、昨年は実に多くの時間を家で過ごしておりました。ヴァイオリニストとして舞台を踏むことが難しい中で、本番の感覚を忘れないようにするにはどうしたらよいだろうか……と考えた結果、「週に1本、YouTube に動画を投稿する」というノルマを己に課すようになりました。そうして投稿する動画の中に、『#MakeTeaPlayMusic』というシリーズがあります。

このシリーズ動画のコンセプトは「おいしくお茶を飲むための音楽」というもので、わたしの演奏をバックに、毎回異なるお茶を淹れる、というのがその内容です。わたしはもともとお茶が好きなのですが、英国に住まってからというもの、拍車をかけてお茶にのめっておりまして、音楽とお茶、好きなものを動画に詰め込みました、というわけです。

これまでYouTubeで投稿してきましたが、この動画シリーズには並々ならぬこだわりがありまして、それをとても動画の概要欄では語りきれないので、動画と連動したコラムをしたためることにいたしました。

「放課後の音楽室」開始にあたって

この動画シリーズでは以下の2つのことをめざしています。

  • 小品のレパートリーの開拓
  • シリーズ内で扱う作曲家のジェンダー比を男女半々にする

小品というのは、レストランで言えばアラカルトなどの単品で頼めるお料理のような立ち位置です。いわゆるコンチェルトやソナタといった作品に対して、より肩肘張らずに楽しめるのが小品だと言えます。残念ながらどうしても「家で」「ひとりで」録音することになるので、ソナタのように「誰かと一緒に演奏する」ことで成り立つ室内楽をヴァイオリン1挺でお聞かせするのは限界があります。ヴァイオリンのための小品も、その多くがピアノ伴奏を伴うので、こちらも完全な形でお届けすることは叶いませんが、それでもヴァイオリンだけで演奏しても何とか鑑賞に耐えるような曲を選んでいます。

作曲家の男女比については、ジェンダーを男女二元論で語るのも間違っていることは承知ながら、まずはクラシック音楽の歴史の中で脈々と受け継がれてきてしまった「死んだ白人男性の作品が多く取り上げられる」という背景に抗うべく、「歴史が無視してきた」女性作曲家の存在にスポットライトを当てたいという思いで掲げた公約です。そもそも今日ちまたに溢れているクラシック音楽は、男性作曲家が作ったものがほとんどです。女性が「女性である」というだけで取り上げてもらえる機会がなかったことを念頭に、女性作曲家の作品を舞台に乗せることから始めたいと思いました。

女性作曲家という存在

と言いましても、わたし自身「女性作曲家」の存在を「知らなかった」ところから始まっています。もちろん今日では音大には多くの女子学生・女性教員が作曲科にいるため、音大生だったら生きている女性作曲家を目にしている人は多いと思いますが、果たして歴史上の女性作曲家をわたしたちはどれだけ挙げられるでしょうか。ましてや、代表作を挙げることはより難しいでしょうし、作品を聴いたことがある人はごく限られるでしょう。

事実、恥ずかしながら、ステイホームをし始めてこの動画シリーズの構想を思いついた当初は、わたしも「女性作曲家の作品」を取り上げることまで思い至っていませんでした。そして何本も動画を撮ってから気づいたのです。「あれ、ここに並んでいる作曲家、男性しかいないのだが…?」。

作曲家のジェンダー非対称性を指摘するなら、まずは自分が選曲における非対称性を克服する必要があると考えました。それが2021年を生きる演奏家としての責任です。この記事を執筆している時点で17本の動画があり、うち男性12本、女性5本です。現在進行形で、女性作曲家の、かつヴァイオリン1本でも映える曲を探す作業に取り組んでいます。

作品探し・動画作りと連動して、このコラムではその楽曲・作曲家にまつわるお話と、その動画で淹れたお茶の解説をしていきたいと思います。作曲家の男女比は半々をめざしているということで、動画シリーズ自体には男性作曲家の作品も登場していますが、女性作曲家の作品をみなさまに知っていただきたいという思いもあり、このコラムでは彼女たちの作品を取り上げることが多いと思います。コラムを重ねるほど、先ほど挙げたジェンダー比率は変わっていきます。

いつか、音楽室の壁にも女性作曲家が並ぶようになってほしいという願いを込めて、連載タイトルに「音楽室」とつけてみました。放課後になって音楽室に遊びに行くと、ちょっと変わり者の音楽の先生がいて、お茶を淹れながら「今の教科書」に載っていない音楽の話をしてくれる……そんなふうに、この連載をお楽しみいただけたら嬉しいです。

C. Chaminade: Capriccio Op. 18

本日取り上げるのは、セシル・シャミナードが作曲した『ヴァイオリンとピアノのためのカプリッチョ』です。まずは動画をご覧にいれます。

シャミナードは1857年パリに生まれた、ピアニストであり作曲家です。今日もっとも演奏されているのは『フルートとオーケストラのためのコンチェルティーノ Op. 107』でしょうか、フルーティストの方にとっては馴染みのある作曲家かと思います。

シャミナードは幼い頃に、作曲家ジョルジュ・ビゼーに出会う機会を得たことで、作曲を始めます。ビゼーは彼女がパリ音楽院に入学できるよう取り計らおうとしましたが、よくある話で、シャミナードの親は彼女を音楽学校に送ることをよしとしなかったそうです。当時は、いえ現代でも言う人がいるでしょうが、「妻となり母となるのが女の幸せ」という考えがあったために、女子がそうした高等教育を受けることはしばしば反対されたわけです。でも、彼女が個人的に音楽院の教授たちのレッスンを受けることは認められたため、そのおかげでこの才能は摘まれることなく育てられていきます。

そんな彼女が最初に作品を発表する場所となったのが、「サロン」です。当時のフランスは18世紀から続くサロン文化が活発でした。今日よく知られている「音楽史」の中でも、たとえばショパンが恋人ジョルジュ・サンドと出会ったのは「サロン」である、という具合に「サロン」の存在が語られていますが、特に18世紀には、プロとして表立って演奏活動することをよしとされなかった女性たちは、アマチュアという仮面をかぶって、サロンの中で作品発表をしていたと言われています。ゆえに当時の女性作曲家の作品には、「サロン映え」する小品が数多く見られます。

シャミナードの初期の作品は、彼女の自宅で開かれていたサロンで披露されました。先述のビゼーやサン=サーンスらがそこに出入りしていたと言われており、彼らに聴いてもらい、意見を交わす機会もあったはずです。結果、彼女はそうした作曲家たちの後押しを受けて、1880年に「国民音楽協会」の演奏会でデビューを果たします。これはサン=サーンスやマスネといった作曲家が、若手の作品発表の機会を設けることを目的に設立した組織でした。

シャミナードはサロンで培った小品づくりのセンスを生かし、生涯でおよそ200のサロン用ピアノ曲を書き、125を超える歌曲を作っています。これが非常に高い人気を誇り、アメリカ大陸では「シャミナード・クラブ」というファン組織が複数生まれたり(しかも一部はまだ存続している)、イギリスでは彼女の名前を冠した香水が販売されるほどのセンセーションでした(下の写真はイギリスのヴィンテージショップのインスタグラムで見つけた、1910年ごろの製品パッケージ、香水メーカーから同名のヴァニシングクリームも発売されていた模様)。

 

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彼女はこうした珠玉の小品を引っ提げて欧州各地やアメリカでツアーをおこない、経済的自立を実現しました。しかしそうした歌曲を作れば批評家に「女性の作品というのは男性のものよりずっと優雅で上品で、強い感情の振れ幅の効果みたいなものはかけているようだ」なんて言われてしまいます。

実は1880年のデビュー以降は、サロンにとどまらない大きな規模の音楽、オペラや管弦楽曲なども挑戦したのですが、それがゆえに「女性作曲家なのに(大作を書くなんて)内容が男性的すぎる」と批判されます。ここから、当時は大作を作ることが「男性的」だと見なされていたことがわかります。女っぽいと言ったり、男っぽいと言ったり……一体どっちやねん!! いちゃもんつけたいだけやん! という感想を、わたしは時の批評家たちに対して抱くわけです。

加えて、当時は女性音楽家が指揮者や音楽監督などの要職に就ける機会はなく、経済的自立を得るためには小品をたくさん書いて売ることが何よりの方法だったこともあって、彼女は1890年代以降、そちらの活動に注力していったと見られています。生涯で400余りの楽曲を残した多作ぶりの背景には、彼女が直面した男性優位社会の壁と、それに対峙する生き残り戦略があるわけです。

今回演奏したカプリッチョは作品番号18ということで、国民音楽協会でのデビューを果たした1880年に発表した『ピアノ三重奏 Op. 11』と、翌年の同じ演奏会で披露した『オーケストラ組曲 Op. 20』の間に書かれた作品ということになります。つまり、かなり初期の作品です。

ヴァイオリン弾きとして言わせてもらえば、短い曲の中でも非常にヴァイオリン的な技巧(ワンボウスタッカート、ピッツィカートなど)を散りばめながらもそれが押し付けがましくなく洒落ていて、4本の弦を生かした音域の使い方は見事ですし、ヴァイオリンという楽器をよく聞かせられる作品に仕上がっていると感じます。哀愁を帯びた短調の旋律を繰り返す初めと終わりのセクションで、長調の中間部を挟みますが、中間部がちょうど回想か夢のように儚く消えてテーマに戻っていく推移は巧みです。

本日のお茶:Whittard ‘Spice Imperial’

さて、この曲に合わせて淹れたお茶は、ウィッタードの「スパイス・インペリアル」というブレンドです。柑橘とクローヴ、マダガスカン・バニラの香りが効いた個性的な香りの紅茶で、今回はティーバッグなので見えませんが、茶葉の中にサフランの黄色い花びらも混ざっています。

ウィッタードは1886年にロンドンで創業されたティーブランドで、100種類あまりあるその豊富なフレーバーのラインアップと、ファンシーなパッケージが特徴で、若年層に特に人気があります。近年だと日本でも、百貨店の英国フェアなどで並びますね。


出典:Amazon.co.jp 

柑橘とクローヴのお茶というのは、イギリスにおいてはクリスマスのお茶の香りとされています。実際ウィッタードのクリスマス・ティーも飲んだことがありますが、こちらスパイス・インペリアルとかなり似ている(ほとんど同じような)味わいでした。

なお今回はちょうど焼いてあったスコーンがあったので、お茶に添えてあります。当方スコーンを焼くのが趣味でして……。この曲を聴いたときに思い浮かんだのが「橙色」だったので、オレンジのジャム、柑橘系の茶葉で揃えてみました。

本シリーズでは今後もこのような調子で、わたしがお部屋で演奏した音楽と、お茶のお話をつづっていきたいと思います。こんなご時世で好きな人と好きなようにお茶をすることもなかなか叶わない日々ですが、画面の上で、読者のみなさまと一緒にお茶を楽しめたら、筆者はとても嬉しいです。それではまた近いうちにお会いいたしましょう。

参考文献

Citron, Marcia J. “Chaminade, Cécile (Louise Stéphanie)” Grove Music Online. Published in print: 20 January 2001 Published online: 2001. Accessed 17 September 2021. https://doi.org/10.1093/gmo/9781561592630.article.05388.

Elsen, Arthur. Woman’s Work in Music.” Boston, MAL. C. Page & Co., 1904.

Finck, Henry T. Songs and Songwriters.” LondonJohn Murray1901.

Fuller, Sophie. “The Cambridge Companion to Women in Music since 1900.” Edited by Laura Hamer. Cambridge: Cambridge University Press, Online publication: April 2021. Accessed 17 September 2021. https://doi.org/10.1017/9781108556491.002.

HARADA Maho. “Maho plays Capriccio by C. Chaminade #maketeaplaymusic.” YouTube video, 00:07:04. 16 February 2021. Accessed 17 September 2021. https://youtu.be/hqHunxIak0k.

Whittard of Chelsea. “Spice Imperial Loose Tea.” Accessed 17 September 2021. https://www.whittard.co.uk/tea/tea-type/black-tea/spice-imperial-loose-tea-MSTR314617.html.

Wikipedia in English. “Cécile Chaminade.” Accessed 17 September 2021. https://en.wikipedia.org/wiki/C%C3%A9cile_Chaminade.

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栃木県出身。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校、同大学器楽科卒業、同声会賞を受賞。英国王立音楽院修士課程修了、ディプロマ・オブ・ロイヤルアカデミー、ドリス・フォークナー賞を受賞。2018年9月より同音楽院博士課程に進学。第12回大阪国際音楽コンクール弦楽器部門Age-H第1位。第10回現代音楽演奏コンクール“競楽X”審査委員特別奨励賞。弦楽器情報サイト「アッコルド」、日本現代音楽協会HPにてコラムを連載。