合奏の授業で取り合った懐かしの「マリンバ」、大人になってから弾いてみた(PR)

現代社会で、音楽と生きる道

実は当記事が企画されたのは、昨年度舞いこんだあるニュースがきっかけでした。

それは、マリンバやヴィブラフォンなどのブランド「サイトウ」を展開していた鍵盤打楽器の専門メーカー、斉藤楽器製作所が倒産したこと。

斉藤楽器製作所は、日本国内では唯一の自社一貫製造を実施し、(機械を多用しない)職人によるハンドメイド製造で良質な楽器を生産。日本人の体格に合わせた楽器のつくり、すなおでクセのない音などが支持され、1947年の創業以来、プロの演奏家はもちろんのこと、教育現場でも多く採択されてきました。

出典:斉藤楽器製作所ホームページ(現在は閉鎖)

しかし残念ながら、2017年11月に自己破産。ワシントン条約で、マリンバの音板に使われるローズウッドの輸出入が規制されたこと、そもそも打楽器市場が縮小していたことから赤字が続き、事業の継続が困難となったそうです。

こうした残念なニュースも含め、日本の音楽環境は将来的に明るいとは言えない状況です。音楽を取り巻く環境も年々変わっていく中で、音楽家たちは時代に即した生き残り戦略を立てていく必要があります。

ここからは、永野仁美さんがどのようにマリンバと出会い、マリンバと生きていくことを決めたのかという経緯をインタビュー。演奏家がどのような思いで日々音楽と向き合っているのか、普段はなかなか知る機会のない横顔を覗きます。

マリンバとの出会い

ニョキ「永野さんはなぜ音楽の道に進まれたのですか?」

永野「物心ついた頃から音楽が好きで、中学校に入学するときには吹奏楽部に入りたいと心に決めていました。打楽器を選んだ理由は、母が昔からよく『打楽器がやりたかったけど機会がなかったから残念だ』と繰り返し言っていたことに影響を受けたからです。吹奏楽部に入ったとき、打楽器以外の楽器をほとんど知らなかったくらいなんですよ(笑)」

ニョキ「極端ですね(笑)。そもそもお母様はなぜ打楽器に惹かれていたのでしょう?」

永野「それがよくわからないのですけれど、どうやら祖母が打楽器大好きだったようで、その影響だそうです」

ニョキ「すごい、打楽器好きの血が流れているんですね! 打楽器の中でも、マリンバには特に惹かれたのですよね?」

永野「元々ピアノをやっていたこともあり、マリンバは音階がある打楽器なのでいいなあと。それに、元々じっとしていられないタイプなので、動きながら演奏できるという点も合っていたようです。高校にあがるときに、普通コースではなく芸術コースというのを選択し、その段階で、音大への進学を決意していました」

ニョキ「音大に入ってからはどうですか? 入学してから、身の振り方に悩む学生は多いように思えます」

永野「そうですね…、音楽をやっているときが一番楽しくて、音楽を通じて人のためになることをしたいと思う気持ちがずっと変わらなかったので、そういう意味での迷いはありませんでした。この厳しいご時世に、ここまで続けさせてくれて応援してくれた両親に恩返ししたいという気持ちも大きかったですし。音楽家としてやっていくことを決意したというよりは、音楽家としてやっていけるように自分を高め、信じてやってきた、という方が近いかもしれません」

音楽家の苦難と決意

ニョキ「音楽家として身を立てていくうえで、苦労されていることはありますか?」

永野「フリーランスで活動しているため、常に自分で仕事を作っていかなくてはなりません。そのためには日頃から探究心・向上心を持ち、多方面にアンテナを張り、人とのご縁を大切にしていく必要があるので、元来消極的な性格の自分にとっては日々 “自分との戦い” です」

ニョキ「さらに今の日本は、クラシック音楽は特にですが、活躍の場が多いとは言えない状況ですよね」

永野「そうですね。なので新たな道を模索するクリエイティブさ、貪欲さ、先見力が求められるのも、大変な世界に入ってしまったなと感じるポイントです。ふとしたときに人と比べてしまったり、うまくいかなかったりすると『向いてないのかも…』『もっと安定した仕事についた方がいいのかな…』などしょっちゅう気弱になっています(笑)」

ニョキ「音楽家のみなさんは、多かれ少なかれ、そういう思いを日々乗り越えているのですね…」

永野「私の場合、ずっと変わらないのは先ほども言ったように『人のためになることがしたい』という気持ちなんです。これまでに乳幼児や障害を持った方、高齢者など、普段コンサートに足を運ぶのが難しい方に音楽を届ける活動を何度かやっていて、これをライフワークにしたいと思っています。そういう方々に演奏をお届けしたときに、『癒やされた』『元気をもらった』『ありがとう』『こういう活動をぜひ続けてね』などと言葉をかけていただくと、本当に音楽をやっていてよかったなと感じます」

ニョキ「音楽療法などもありますが、音楽の力は本当にすごいですよね。音楽の歴史は途方もなく長いですし、誰もが生まれながらに音楽を楽しむ心を持っていると思います」

永野「音楽の必要性を言葉にするのはとても難しいことですが、人間の営みの中に絶対に必要なものだと思っています。これを少しでも感じられるときが、私にとってのやりがいを感じるときなのかもしれません」


音楽家にとって、音楽は仕事であり、生きがいであり、そして希望でもあると思います。

私自身、日頃の慌ただしさにかまけて、ときには音楽における目標を見失いそうになることもありますが、今回のマリンバ体験を通して、久しぶりに新鮮な気持ちで音楽と向き合うことができ、音楽の力を再確認することとなりました。

音楽がつないでくれた数多くの縁に感謝しながら、この記事を締めたいと思います。これからもみなさんの心の中に音楽がありますように。

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ノリコ・ニョキニョキ

COSMUSICA発起人/編集長。1989年生。ハープ勉強中。東邦大学医学部医学科中退、東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科卒業。インハウスライターをしながら副業で執筆仕事をお引き受けしています(文字単価10円目安)。お気軽にお問い合わせください。