卑弥呼のバッハ探究2「無伴奏パルティータ第3番 ルール」


こんにちは、ヴァイオリニストの卑弥呼こと原田真帆です。前回の連載から1カ月も空いてしまったのには理由があります。それは…

今日の曲はわたしがこの「無伴奏ヴァイオリンのための3つのソナタと3つのパルティータ」の中でもっとも苦手とする曲だからです。

しかし何度も動画を撮って自分の演奏を聴いてみると、これまでどうしてうまく弾けなかったのかちょっとだけ見えてきました。それではいざ本編にまいりましょう!

パルティータ第3番 BWV1006「ルール」

バグパイプで演奏された?

「Loure」とは同名の楽器の名前であったと言われております。ゆったりとしたテンポによる6拍子舞曲で、それは「Loure」という名のバグパイプに似た楽器で演奏されていたゆえだろうという説が濃厚です。

この曲の難しいポイントとしては、まず拍子感覚でしょうか。4分の6拍子という複合拍子で、8分の6拍子と同じく3拍子のまとまりは聞かせながらも、「4」つまり四分音符が生む時間の感覚をつかむのに苦労します。またルールの特徴である付点のリズムが、ヴァイオリン属にとっては弓の配分の難しさを感じさせます。

しかもこの曲はアウフタクト(弱起)で始まるのが、余計にテンポを取りづらくさせます。本当に、この最初の不完全小節だけを何度弾いたことか…! ええ、決まらないのですよなかなか!(自分のテンポをいい加減決めろ)

個人的な感覚ですが、日本文化にはあまり「優雅」という感覚は多くない気がします。「雅」と「優雅」ではまた雰囲気が違いますし、「優美」と「優雅」も似ているけれどまた少し違う…何か優雅という言葉は欧州の王室に似合うような気がするのです。

たとえば「太陽王」ルイ14世に使えた音楽家で舞踏家のリュリ(1632-1687)も有名な「ルール」を残していることから、宮廷で貴族たちが洒落(シャレ)で “バグパイプ様の民族音楽” を取り入れたのではないか、と推測されます。わたくしあいにく庶民なもので、優雅の表現は難しく感じます。

声部の弾きわけ

さて、技術面に目を向ければ、この曲は2つあるいは3つの声部がずっと存在しているため、弾き分けにかなり気を遣います。たとえばフーガなどはときどき「おやすみポイント」があって、本来は複数の声部が存在するのにわざと楽譜に書かないことで、バッハは「聴き手の想像力に任せる」聴かせ方をする箇所を作りました。

しかしこの曲をはじめとするいくつかのゆったりとした楽章には、「おやすみポイント」がありません。これ、地味にしんどいと思いませんか

特に下の声部の音の残り方や、和音と和音のコネクションには細心の注意を払う必要があり、これをしっかり自分の耳で聴くのが難所です(わたしだけ?)。弓や左手のシフトチェンジの速度、和音の音量バランスを考えることで、なめらかな旋律を生むことが可能と考えます(まだうまくできないけど!!)。

トリル、下から入れるか? 上から入れるか?

まるで某映画のタイトルのようですね。バロックの音楽において、トリルは基本的に上から入れることが多いのですが、たとえば旋律が上行していく最中のトリルや、前の音とトリルの上の音が重なってしまう場合などは議論の余地があります。

たとえばこの曲で言えば終わりの部分。「シドレドレドシドレー」と入れる方もいれば「シレドレドレドシドレー」と入れる方もいらっしゃいます。個人的には上から入れるのが好みですが、現状では理由が「好きだから」しかないので、もう少し学術的な理由を探しています。

わたしの思う「ルール」

最後にわたしがこの曲に抱くイメージのお話をさせてください。

わたしはこの曲に、「日向を歩く猫」をイメージしています。とくに、冬の昼下がり、やわらかな日差しの中で優雅にゆらりと尻尾を揺らして歩く猫です。決して急ぐことはなく、かといってその歩みのペースを止めることもありません。

なおわたしにとっての冬のイメージは、自分が育った「太平洋型気候の穏やかな雲ひとつない冬晴れ」であることは付記しておきます。基本雲ひとつない快晴ですが、たまに雲が風に乗ってその影を大地に落とし、徐々にまた陽の光が姿を表す様をわたしは非常に美しいと思っています。

そしてもちろん気温は低いのですが、朝のうちは暖房を効かせた屋内に、日が高くなってそんな日差しが差し込むと、真冬でも暖房が要らなくなるほどに暖かくなるのです。きっと猫なら、そんな部屋の日向でとても気持ちよさそうに昼寝をすることでしょう、それはもう、優雅に。

わたしは曲にイメージを持つときに、このように情景であったりストーリーを伴うことが多いです。イメージはひとそれぞれ、もっと色彩的なイメージを持つ人や、絵画的、あるいは触覚や嗅覚のようなものから印象を見出す人もいるかと思います。

次回はたのしいガヴォットです! どうぞお楽しみに! なおわたくしのInstagramでは、記事の配信に先行して動画を見ることができますよ。ぜひチェックしてみてくださいね♪

参考▷卑弥呼のInstagram


ABOUTこの記事をかいた人

原田 真帆

栃木県出身。3歳からヴァイオリンを始める。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校・同大学器楽科卒業、同声会賞を受賞。英国王立音楽院修士課程2年在学中。第12回大阪国際音楽コンクール弦楽器部門Age-H第1位。第10回現代音楽演奏コンクール“競楽X”審査委員特別奨励賞。佐々木美子、山﨑貴子、澤和樹、ジェラール・プーレ、小林美恵、ジャック・リーベックの各氏に師事。弦楽器情報サイト「アッコルド」、日本現代音楽協会HPにてコラムを連載。