「オペラやっぱ楽しかったわ。」Nr.6

本コラムは、声楽家・平山 里奈がベルリンで学ぶ中で、オペラの魅力を再発見していく様子を思うままにつづる連載作品です。


前回のコラム(▷「オペラやっぱ楽しかったわ。」Nr.5 )ではイースター休暇前後のベルリンの様子や、その期間におこなわれたシュターツオーパーの「フェストターゲ」についてをお伝えした。実はこの「フェストターゲ」期間中、私はもう一作品観劇していた。今日はその作品のことを綴りたいと思う。

ワーグナー最後の舞台作品『パルジファル』

ドイツと言えばこの作曲家、そう、ワーグナーである。ワーグナーが作り上げる音楽は、壮大で芸術的。ひとたびワーグナーの持つ魅力に気付いてしまうと虜(とりこ)になってしまい、もはやワーグナーから抜け出せなくなってしまうという熱狂的ファン(通称「ワグネリアン」)を持つ作曲家でもある。ワーグナーは多くのオペラ作品を残しているが、今回は彼の最後の作品『パルジファル』をシュターツオーパーにて観劇した。

正直言ってこの作品は私にとって非常に難解だった。なんと言っても題材がキリスト教やら王やら呪いやらなんやらかんやらで、あまりに浮世離れしているからだ。それもそのはず、この作品はフリードリヒⅡ世のために作られた作品だ。フリードリヒⅡ世は、世界で最も有名な箱もの建造物 「ノイシュヴァンシュタイン城」(ディズニーランドのお城のモデル)を建てたことで知られる。フリードリヒⅡ世は言わずと知れたワグネリアンで、ノイシュヴァンシュタイン城の中にもワーグナーの作品を模した部屋を作っちゃうような、とんだぶっ飛びファンだった。

そう、ファンのための作品だ、そりゃあその世界観は特別にワーグナー的であり、大衆にこびる必要なんてないのだ。そして、今の日本で生まれ育った生粋の江戸っ子の私にその世界が共感できる訳もないのだ。そんなものなんなら共感しなくていいのだ。難しいことはさておき、私は音楽を楽しみに来ているのだから!

覚悟がいるよ! ワーグナー鑑賞

そう割り切っても、私のワーグナーへの苦手意識は根強かった。というのも、6〜7年前の事だろうか、正確な年は覚えていないのだが、まだまだオペラの楽しみ方もよくわからず、とりあえず見慣れるためにせっせと劇場に足を運んでいた頃、ある日の演目は私にとって初めてのワーグナー作品『ジークフリート』だった。今まで聞いたこのない複雑な音楽、世界観、そして何よりものすごく長い!!

第3幕を観劇中に悲劇は突然訪れた。何の前触れもなく、ツーっと流れ落ちる鼻血…このとき私は自らの限界を感じた。音楽や舞台から懸命に学び取ろうと、果敢に挑んだが、自らの意思とは裏腹に体は悲鳴をあげてしまったのだ…あのときの私にまだワーグナーは早かった…!

しかし今の私はもうあの頃の私とは違う! ワーグナーを楽しめるはずだ!! それにあのとき私は思った。学ばせてもらおうなんぞ、生半可な気持ちでワーグナー作品に挑んではいけないのだ。本気で楽しみにいく覚悟を持った者しか、ワーグナーに打ち勝つことはできないのだ…! 私は今回の「フェストターゲ」での観劇のために、週頭から体調を整え、毎日しっかりと睡眠をとり、前日も夜更かしすることなく、万全の体調をもって劇場に足を運んだ。結論から申し上げると、今回は完璧だった。なぜなら私は心からワーグナーの作品を楽しむことができたからである!

厳かなるオペラ

(出典:morgenpost

この『パルジファル』という演目は「舞台神聖祝典劇」という、うやうやしい名前がつけられており、先に話したように非常に宗教色の強い作品である。今でも、ウィーンや初演の地バイロイトでは、上演にあたりその宗教性と作曲者ワーグナーの意図を重んじて、上演中の拍手を禁じることがある。そんなとても特別な作品にフラ〜っと参加してしまった私は、開演前の雰囲気からただならぬものを感じていた。

通常、開演前の客席は音が聞こえるギリギリまで何かと騒がしいことが多いのだが、今回はオーケストラが音合わせを始めるやいなやシーンと静まり返り、その静寂は幕開けに向けた期待を物語ると共に、劇場がまるで教会に様変わりしたような、そんな神聖な空気を感じた。

静寂のなかから静かに紡ぎ始められる序曲の美しさは格別で、この静寂の中からしかその緊張感と繊細さが生み出されないのかと思うと、観客はそれを良くわかっていたからこそ静寂を作り出し、音楽の効果を高めるために一役かったというわけか…と、ベルリンの観客の民度の高さを改めて実感することにもなった。

物語はキリストの脇腹をつらぬいた聖槍「ロンギヌスの槍」と「聖杯」を守るお城が舞台となっている。「ロンギヌスの槍」と言えば日本人の若者にとってはもしかしたらテレビアニメ作品『新世紀エヴァンゲリオン』のイメージの方が強いかもしれない。あの“ロンギヌスの槍”だ。守ってるのはNERV(ネルフ)ではない。

聖杯伝説をよく知らない私にとっては様々な疑問が浮かぶ物語であったが、そんな疑問を吹き飛ばすほどに美しい音楽がひたすらに奏でられていく。特に第3幕の音楽の美しさは格別だ。しかしそこまでたどり着くまですでに2時間半も経過している。休憩を入れて約 5 時間の大作、歌うほうは命を削るほどのエネルギーを要するように思われる。

しかし我々観客も、それ相応の覚悟を持ってでしかワーグナーのオペラを楽しむことは難しい(慣れるまでは)。でも、たどり着いた先に見えてくるその無限に広がる美しい音楽の世界は、もう何ものにも代え難く、その長丁場をも忘れさせてくれるほどの感動がそこにはあるのだ。

それになんだかかっこいいじゃないか、ワーグナーを嗜むとか。「好きなオペラ作曲家は?」「ワーグナーを少々…嗜む程度ですが」「ワーグナーですか! それはすごい!」うん。いい感じだ。

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輪湖 里奈

東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。同大学院音楽研究科修士課程独唱専攻卒業。学部卒業時にアカンサス音楽賞、同声会賞を受賞し、同声会新人演奏会に出演。東京藝術大学新卒業生紹介演奏会にて藝大フィルハーモアと共演。2014年夏には松尾葉子指揮によるグノー作曲「レクイエム」に出演。これまでに声楽を千葉道代、三林輝夫、寺谷千枝子、Caren van Oijen各氏に師事。