本質的な音楽への興味を育てる。ピアニスト池邊啓一郎のマイペースなピアノ人生


指先から優雅に音楽を奏で、聴く人を魅了するピアニスト。ですが、そこに至るまでの道のりは厳しく、毎日何時間にも及ぶ練習を幼少期から続け、日常では自由に遊ぶことも叶わない……

……

というイメージを勝手に抱いていたのですが。

今回インタビューさせていただくピアニストの池邊 啓一郎さんは、現在東京藝術大学の大学院で学んでいらっしゃいますが、なんと中学生のときにバッハのインベンションやツェルニー 30 番を勉強していたと言うではありませんか。

池邊さんは、一体どのような経緯でプロを志すようになったのでしょうか。お話を伺っていきます。


池邊 啓一郎(いけべ けいいちろう)

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1993年福岡県出身。東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校、東京芸術大学を経て同大学院在学中。現在、同大学院を休学しミュンヘン音楽演劇大学マスタークラス在学中。大学卒業時に同声会賞受賞。
第10回別府アルゲリッチ音楽祭にて松本和将氏のマスタークラス受講。第11回ショパン国際ピアノコンクール in ASIAコンチェルトB部門アジア大会銀賞。第21回日本クラシック音楽コンクール高校男子の部最高位。第17回フッペル鳥栖ピアノコンクール第1位及び月光賞、ならびに九州交響楽団とショパン作曲ピアノ協奏曲第2番を共演。第58回西日本国際音楽コンクール西日本新聞社賞。第4回ショパン国際ピアノコンクール in ASIA派遣部門最終審査合格。2016年春季ミュンヘン国際音楽セミナーにてM.Schäfer氏に師事、修了コンサートにて審査員賞受賞ならびに受賞者記念演奏会に出演。
これまでにピアノを高橋香、安村真紀、横山幸雄、多美智子、江口玲、Michael Schäferの各氏に、室内楽を津田裕也、上森祥平の各氏に師事。


ピアノとの出会い

−池邊さんは藝高からの方なので、特に厳しい幼少期を送ってこられたのかと思っていましたが、中学生でツェルニー 30 番と聞いて驚きました。池邊さんがピアノを始めたのは何歳の頃でしたか?

「ピアノを始めたのは、6 歳に限りなく近い 5 歳のときでした。そのときの先生の方針で、最初は簡単なソルフェージュやリズムを学んで、ピアノを弾く時間自体はあまり多くありませんでした。先生と一緒に、ピアノの一番下と上から白鍵と黒鍵を押していって、ぶつかったらじゃんけんして負けたら戻る…という遊びをしたりとか」

−か、かわいい…! それは幼いうちにピアノを嫌いにならないための工夫だったのでしょうか?

「そうだと思います。優しい先生でしたが、厳しい方でした。ただ、受験生を見る先生ではなかったので、中学生のときに別の先生を紹介していただきました」

−その頃ですよね、インベンションやツェルニー 30 番をやっていたのは。

「そうです。そうしたら案の定、『そんな進度じゃ今から何やっても間に合わないよ!』って言われて…。とりあえずこれやってきてって出されたのが、当時の自分からしたら2レベルくらい高い課題でした。それを必死にこなしているうちに、なんとか追いつけたという感じです」

−そこから藝高を目指したのは、すごいですよね!

「元々、大学は藝大を受けたいなと思っていたのですが、藝高の存在は知らずにいたんです。ですが、中学校 2 年生に上がる直前、ショパンコンクール in Asia でお声掛けいただいた先生から、『藝高というのがあるわよ』と伺って…。そこで高校があるなら行きたいと思ったんです」

人生を変えたCDとの出会い

当時からはっきりと藝大・藝高への進学の意志を固めていたという池邊さん。一体何が彼をピアノの道へ駆り立てたのでしょうか。

「うちは音楽一家でもありませんし、母にピアノを強要されたこともありません。実際、小学生のときなんて一日一時間練習すればいい方で…僕もさほどピアノが好きということもなくて、ピアノ曲も全然知りませんでした。

でも小学校 5 年生のとき、先生が『ピアノ曲聴いた方がいいよ』と言ってCDを 3 枚ほど貸してくれたんです。そのときに聴いたベロフのドビュッシーのCDにすっかりハマってしまって。本当に、ずーっと聴いていました。そこからピアノを好きになったんです」


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「特にこれに入っているアラベスクの第 2 曲が大好きで、小学校 6 年生になったときに『発表会で何やりたい?』って言われてコレ! って即答しました。当時の僕にはだいぶ背伸びだったんですけどね…」

ドビュッシー/2 つのアラベスク 第 2 曲

かつて世界展開したセガ歴代コンソール(セガ・マークIII、メガドライブ、ゲームギア、セガサターン、ドリームキャスト)の中で唯一、1,000万台を下回るなど、全世界累計で最も売れなかったハードである

−ドビュッシーだったらあの、なんとかかんとか博士が好きです。

「グラドゥス・アド・パルナッスム博士ですよね」

−すごいスラスラ言いますね…!

「その曲好きすぎて、いまだに暗譜で弾けます。僕、高校生のときにコンチェルトを弾ける機会があったんですけど、ドビュッシーが好きすぎて、『ピアノと管弦楽のための幻想曲』を弾きたいって先生に言ったくらいなんです。『後々使える曲にしようね』って言われて却下でしたけど(笑)」

−(笑)結局何を弾いたんですか?

「ショパンの 2 番*を弾きました。それも先生の反対を押し切って…先生は『チャイコフスキーにしたら?』っておっしゃっていたんですけど、『ショパンがいいです』って押し切りました。『一生懸命練習するので…!』ってメールした記憶があります」

*ショパン/ピアノ協奏曲第 2 番 ヘ短調 Op.21 CT48

−意志が強い(笑)

「コンチェルトなんて滅多にできないですからね…」

−そうですよね…。池邊さんは本格的に弾き始めたのがだいぶ遅いほうかと思うのですが、まわりにもそういう方はいらっしゃるんですか?

「多くはないですが、いますね。小学校 5 年生くらいに始めて、すごく良く指がまわるという人もいますし…。幼少期から音楽に触れていればもちろんそれはそれで良い影響があると思うんですが、技術面だけで言ったら必ずしも 4 歳や 5 歳から始める必要はないのかもしれません」

自分の興味を育てるということ

音楽や自分自身と向き合い続ける必要のある音楽家としての生活は、ともすれば凝り固まった価値観を生んでしまいそうですが、池邊さんはどことなく奔放で、自然体という印象を受けました。これまでの人生で、どのようなことに興味関心を持ってきたのでしょうか。

−クラシック以外だと、どんな音楽を聴かれるんですか?

「さだまさしが好きです。若い頃の曲が情緒的で好きなので、2012 年くらいまでのアルバムをよく聴きます。あとロックバンドが好きなのですが、最近はずっとエレファントカシマシを聴いていますね」

−ロック聴くんですか! ちょっと意外です。

「聴くのはロックかクラシックかっていう両極端なんですよ。クラシックだったら、好きな演奏家はウラディミール・ホロヴィッツ、アレクセイ・スルタノフやイグナーツ・フリードマンですね。かなりクセのある演奏をする奏者ばかりですけど」

−本は読まれますか?

「中学生のときからいろいろ読んでいるんですが、特に大衆文学を読むことが多いです。おすすめの書籍は、貴志祐介さんの『天使のさえずり』。

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小さい頃は『かいぞくポケット』シリーズのようなファンタジーも読みましたし、あと僕、図鑑が大好きで。学校の図書館は図鑑系の貸し出しをしていなかったので、通いつめてアラスカの動物図鑑をずっと見ていました」

−図鑑良いですよね! 私も大好きです。他に、好きで日常的におこなっている習慣などはありますか?

「うーん、散歩ですかね。何も考えずぼーっと歩く時間が好きです。そういうふうにガス抜きする時間がないと、息が詰まってしまうんです。だからすごく忙しく飛び回っている友人を見たりすると、すごいなあって(笑)」

穏やかに笑いながら散歩愛を語る池邊さん。やっぱりどこかマイペースなんだけれど、なんとなく安心してしまうような不思議な魅力があります。

−最後に、池邊さんが目指すのはどんなピアニストなのか、教えてください。

「難しい質問ですね(笑)尊敬するピアニストを挙げると、今までついた先生方はみんな尊敬していて……あとは演奏家でいうと、最近好きなピアニストが多いから悩めるところですが、先ほども出てきたスルタノフやホロヴィッツ、それからウィリアム・カペルも好きです。理想像としてそういったピアニストの姿があります。

お金持ちになりたいという願望も特にありませんし…。僕は、音楽が純粋に好きなんです」

とても自然体で穏やかな池邊さん。お話する中で、ピアノが好きという純粋な気持ちでこれまで音楽と寄り添ってきたのだろうなということが伝わってきました。

音楽は学び始めると「音学」になり、「音が苦」になって、そしてまた「音楽」になるとはよく言われている話ですが、最終的には「好き」という気持ちが豊かな音楽を生み出すのだと改めて思うインタビューとなりました。


ABOUTこの記事をかいた人

ノリコ・ニョキニョキ

COSMUSICA編集長。1989年イギリス生まれ。東邦大学医学部医学科中途退学、東京芸術大学音楽学部音楽環境創造科卒。週末を楽しみに日々ライティング業に勤しむ普通のOL。2016年6月20日にCOSMUSICA立ち上げ。ハープ修行中。